ep1魔法少女に倒される日常
歌って、踊って、スターになり。そうして手にした希望の力で戦う。世界一眩しい太陽たちのことを人は魔法少女と呼ぶ。
魔法少女が世界に現れるきっかけとなったのは、目が眩むほどに神秘的な長い冬の後だった。
ある日、金色の雪が空から降り注いだ。いかなる分野の学者もその正体を判別することはできず、一週間もその雪が降り続き、世界を包み込んでしまった。
現代に於いて『星の紀元節』と呼ばれる期間を経て、人類の身体能力は飛躍的に向上した。あらゆるスポーツの分野で世界新記録が大幅に更新され、誰もが超人級になった。学者たちは現代人を『星人』と呼ぶ。
しかし、人類の変化はここに留まらなかったのである。
それこそが『異能力』の覚醒だ。
星人たちの中に、身体能力以外の特殊な能力を持つ者が現れたのだ。
ある者は火を吹き、ある者は分身し、ある者は動物に変身をする。まるでマンガの世界のような力を、人々は異能力と呼ぶ。学者が名付けた名称もあるにはあるが、現代では誰も使っていないだろう。
異能力には、たとえばこんなものがある。
「各戦闘員に次ぐ。只今より〈ライブ〉を展開する。展開完了後、手筈通り五人一班で作戦を執行せよ」
【イエス、マイボス】
頭に直接、複数人の部下の声が響く。同時に複数人と念話するのが、俺のスキル〈インカム〉だ。
そして今からもう一つスキル〈ライブ〉を発動する。異能力を獲得した際には苦労したが、いざ慣れてしまえば発動方法を説明するのが逆に難しくなる。
【うぉぉぉぉぉっ! いきますっ】
明らかに高揚した部下たちの声が聞こえる。今回も無事、〈ライブ〉は発動できているようだ。
〈ライブ〉はゲームで言うところのバフかけにあたるスキルだ。様々な能力を底上げすることができるが、作戦ではもっぽら部下たちの頑強性(=防御力)をメインに上昇させていた。
異能力は通常、単一な能力に留まらない。
俺が生まれつき持っている異能力【プロデューサー】は、他者を支援する能力全般を扱う。〈インカム〉での意思疎通は〈ライブ〉での能力補助などのスキルは自身の異能力を技へと昇華したものになる。
「さて、と……俺にできることはこれくらいか」
俺は完全なる支援特化だ。一応〈ライブ〉で自己強化も可能だが、どう足掻いたところで一般の星人に毛が生えた程度で留まってしまう。
もっとも、それは俺の部下たちも同様だ。あいつらに関して言えば異能力すら持ってはいない。それなのに戦地に赴かせているのは……ひとえに上司である俺の不甲斐なさのせいだ。
【ぐへぇっ!】
どうか今回こそは勝ってくれ。
そんな願いも虚しく、部下のうめき声が聞こえてきた。何が起きたか、なんてわざわざ尋ねはしない。おおかた察しはついているので、確認のために部下の一人と視覚および聴覚の共有を行う。
スキル〈カメラシェア〉発動。
『やらせない! 私たちが皆を守るわ!』
真っ先に飛び込んできたのは、赤いドレスを身に纏う女性だった。年の頃は二十代前半。動きやすさを意識しているためか丈の短いドレスのスカートが、炎のようにごうごうと燃えて見える。
その衣装に負けないくらいに熱く燃えているように見えるのが、彼女の赤いポニーテールだ。
『ええ、必ずあなたたちは倒します。皆さんの明日のために』
赤髪の女性の隣に並ぶのは、金髪ロングの女性。年齢は赤髪と同じくらいだ。
赤髪の方とは打って変わり、金髪が身に纏っているのはチャイナドレスだった。すらりとした流線型の肢体は、さしもの俺でもつい見惚れてしまうほど。
俺は彼女たちを知っている。
何しろ彼女たちは現在俺が所属している団体にとっての最大の敵――魔法少女なのだから。
「総員、バディ体制をとり互いを守りあえ。ヴィランのエネルギーが貯まるまでの辛抱だ」
【イエス、マイボ――ぐへっ】
「くそっ」
〈インカム〉を通して全体の混乱を防ごうとしている間にも、二人の魔法少女は部下たちを倒していく。
赤髪の魔法少女フレアは火を纏ったレイピアを、金髪の魔法少女スパークスは電流を帯びたヌンチャクを巧みに扱う。その華麗さにはつくづく溜息が出る。
異能力は人類の五割に発現した。だがその五割のうちほとんどが女性だったのだ。
俺のように男でありながら異能力を持つ者は少ない。とはいえ総人口が母数なので、男性異能力者の人数自体はそれなりにいるわけだが……まぁ、そこはいい。
異能力が人々に発現してから、それを利用して他者に危害を加えるような者が現れた。彼らは『怪人』と呼ばれ、それと対比して怪人たちを取り締まる職業としてのヒーローが誕生する。それこそが『魔法少女』だ。
『ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!』
思考をぶち切るように、戦地で獣じみた雄叫びが轟いた。自分の口角がくい、と上がるのを自覚する。
「喜べお前ら。ヴィランのエネルギーが貯まった。今から撤退させる」
【はい!!!!】
スキル〈リターン〉発動。
予め定めておいた対象に限り、俺の位置までテレポートさせるスキルだ。傷ついている部下も含め、ほぼ全員を帰還させる。
ただ一人、偵察が得意な部下だけを残らせた。視覚と聴覚を共有し、状況を知るためだ。
「よくやった! 〈ブレイクタイム〉は既に発動しているから、それぞれ回復するのを待ってくれ。万が一〈ブレイクタイム〉で足りない重傷を負った者は報告せよ。俺はヴィランと魔法少女の戦いを確認する」
「「「「イエス、マイボス!!!!」」」」
部下たちは皆、達成感に満ち溢れた返事をくれた。多少なりとも負傷している者はいるだろうが、彼らが着用している戦闘員服は丈夫だ。そのおかげでかなりの元気は残っているらしい。
また労わないとな……と思いつつ、今は戦況を確認する。
『ぐぉぉぉぉぉ! オマエラ、嚙ミ砕ク』
そう叫んだのは、見れば一発で分かるレベルの化け物だ。
人間の顔があるべきところには目つきが悪く狂暴そうな犬の頭がある。右腕と左腕ももはや腕の体をなしてはおらず、肘のあたりからぱっくりと割れて大きな口になっている。鋭い牙がギラリと輝いていて不吉だ。
奴はヴィランB‐256、コードネーム:ケルベロス二号。俺が所属する組織が人工的に作り上げた異形の怪物だ。
奴らヴィランは、星人をはるかに凌駕する力を持つ。だがその力を十二分に発揮させるためには人々の負の感情が必要……らしい。上の奴らに言われただけなので実際のところは知らん。
ケルベロス二号が地を蹴り、あっという間にフレアとスパークスに接近する。
同時に右の口でスパークス、左の口でフレアのことを殴った。その馬鹿力に、二人は呆気なく吹き飛ばされてしまう。
いや噛み砕かないんかい、とツッコみそうになってやめた。独り言だとしても上の連中に聞かれる可能性がある。そうなれば幹部の中でも立場が弱い俺は組織から追放されてしまうはずだ。
『〈フレイムソードダンス〉』
『〈稲妻之蝶〉』
フレアとスパークスも諦めはしない。二人ともスキルを発動した。
――が、その攻撃をケルベロス二号は受け止めてしまう。そりゃそうだ。上の連中は今回、本気でフレアとスパークスを倒しに来ている。ケルベロス二号には耐火・耐電の改造をしているはずだ。
『〈カウンター〉』
『『きゃぁぁぁぁっ!』』
うわ、えげつない……。
ケルベロス二号は攻撃型に見えたが、実際には防御し相手のスキルを跳ね返すタイプらしい。フレアとスパークスは自分たちのスキルを真っ向から受け、大ダメージを受けた。
甲高い悲鳴、そして彼女たちが纏う服も傷つく。魔法少女たちのドレスは戦闘員服以上に丈夫だから破けることは早々ないにしても、ところどころ焦げていて痛ましい。
『コレデ、終ワリダ』
地面に這いつくばる二人の頭を噛み砕こうと右と左の口が近づいていく。
魔法少女にしろ怪人にしろ、いつだって死と隣り合わせにいる。もちろん怪人は犯罪者で、魔法少女はヒーローだ、それでも異能力を用いて争う以上、死なない保障なんてないのだ。
これでフレアとスパークスは終わ――
『まだ、負けられ、ない!』
『皆さんの、笑顔を……失くさないためにっ!』
――らなかった。
突如、魔法少女たちが煌めき始める。いや、突如という言い方は適切ではない。この現象は魔法少女の武器の一つであり、俺だって何度も見てきているのだから。
ヴィランが負のエネルギーによって力を発揮するように、魔法少女たちは人々のプラスのエネルギーを受けて強くなる。というか、原理原則から言えば異能力は全て人々のプラスのエネルギーによって強化されるのだ。
この現象を『偶像深化』と呼ぶ。
『〈フレイムエクスカリバー〉』
『〈稲妻之天馬〉』
先ほどのスキルを遥かに超える力。直視してはいられないほどの眩しさが、〈カメラシェア〉越しにひしひしと伝わってくる。
だがケルベロス二号が耐火・耐電であることは変わらない。
『〈カウンター〉』
さっきの展開の焼き直し――なんてことにはならなかった。
〈カウンター〉を放ったはずのケルベロス二号だが、ちっともフレアとスパークスのスキルを跳ね返せていなかった。それどころかジリジリと押されており、スキルに耐えきれなそうに見える。
そして――
『ぐがぁっっっ』
ケルベロス二号は二人のスキルに押し負け、その場に倒れた。ヴィランとしての機能を失ったことの証明のように、奴の腕がどろどろに溶けていく。
今回もまた、ヴィランが負けた。
怪人組織『ジャークネス』の作戦はまたしても失敗したのだ。
遅ればせながら、自己紹介をしようか。
俺は一号。
生まれてすぐに親にジャークネスに売られ、ずっと戦闘員たちの指揮を行っている、どこにでもいる普通の怪人だ。
一話を読んでくださってありがとうございます。
この作品はとにかく明るい魔法少女&アイドルものとなっております。
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