切り札
この時、反乱軍は勝利を確信していた。事実、拡張パックを使いこなせるようになった時点で、今の彼らは夢玄にも勝利し得る強さを手にしたのも同然だ。夢玄はその気になれば、いつでも戦線を離脱できる。それでも彼は戦い続ける。それが理想郷を背負う者の覚悟なのだろう。
夢玄は歯を食い縛り、何かを待っていた。
(もう少し……時間を稼ぐ必要がありますね。獅子は兎を狩るにも全力を尽くしますからね……あらかじめ『あれ』の開発を指示しておいて正解でしたよ)
バリアブルとホメオスタシスだけが彼の全てではない。彼にはまだ秘策があった。幸い、その準備は整っていないようだ。夢玄は瞬間移動を繰り返し、反乱軍の攻撃を次々とかわしていく。
「私はこの世界において……誰よりも平和を愛する者です。こんなところで、全人類の安息を約束された理想郷を手放すわけには、いかないのですよ!」
その眼差しには一切の迷いがない。それは紛れもなく、本気で世界平和を願う者の眼差しだった。彼はバリアブルを発動させ、辺り一帯を巻き込む大爆発を引き起こす。そして爆炎が鎮まった時――――
「……早く降参してください、夢玄さん」
――――夢玄の目の前には無傷の守の姿があった。夢玄は腹部を勢いよく斬りつけられ、そのまま後方へと吹っ飛ばされる。
(刀を振るだけでこの威力……どうやら愛海さんの力によって、彼の力は本来の三倍にまで引き上げられているようですね)
その推測は当たっていたらしく、彼の体には三回分の切り傷が追加された。三倍の威力にされた攻撃が、三回分追加される。実質、夢玄の受けるダメージは十二倍にも膨れ上がる計算になる。
その背後で彼を待ち構えていたのは、竜牙である。
「貴様が頂に立つ時代は終わったのだ! 霊峰夢玄! 新しい時代の絶対王者は、この俺たちなのだ!」
これまでは「この俺」だった彼の言葉は、いつの間にか「この俺たち」になっていた。竜牙は仲間意識に目覚め、自分一人ではなく自分たちに誇りを持つようになったらしい。彼は夢玄の腹を蹴り上げ、柳の方へと目を遣る。柳は小さく頷き、アームマスターからガンマ線を放出する。
「任せな、竜牙!」
眩い光を放つ光線は、容赦なく夢玄の身に降りかかる。
「バリアブル……『ジェイルブレイカー』」
彼は例の如く瞬間移動を行い、すぐにガンマ線のビームから脱出する。しかしここからは先ほどまでと違う。
「……どういうことです?」
今の彼はガンマ線ブラスターを浴びていないはずだ。そんな彼は今、見えない力によって全身の皮膚を削り取られている。この状況を脱するべく、夢玄は瞬間移動を繰り返していく。それでも彼の体に起きている異変は治まらない。
(まさか……)
彼はすぐに、天音の方へと目を遣った。そして目を凝らし、夢玄は長方形のホログラムに表示されている構文を解析していく。
「これは……任意のオブジェクトを私と同一の座標に位置させ続けるスクリプトですね」
往々にしてブランクの力を借りているだけのことはあり、彼にはある程度スクリプトが読めるようだ。
彼に構文の内容を言い当てられ、天音は言う。
「正解だよ、夢玄。キミがいくら瞬間移動を繰り返しても、もうボクたちの攻撃をかわすことは出来ない。さあ、そろそろ万策尽きたんじゃないかな」
反乱軍のチームワークは極めて良好だ。このままでは夢玄に勝ち目はないだろう。
「私は絶対に諦めません。私には、この命に替えてでも守りたい世界があるのです……!」
彼はバリアブルにスクリプトを書き込み、己の体を回復させていく。その体にはノイズのようなものが走り始めており、それは彼の体が悲鳴をあげ始めていることを意味している。夢玄は震える両足で体を支え、咳き込みながら吐血する。この姿を目の前にして、彼が形勢を逆転させる可能性を考える者などどこにもいないだろう。
まさにそんな時、夢玄の脳内には突如ボイスメッセージが送られてきた。
『Uhh, Mr. Mukuro. Uhh, I have just completed the new makimono, Genocide. (んー……夢玄様。んー……ついに新たな巻物……ジェノサイドが完成しましたよ)』
それは彼にとって、この上なく喜ばしい吉報だ。彼は不敵な笑みを浮かべ、バリアブルを上空に掲げた。
辺り一帯が眩い光に包まれたのも束の間、反乱軍の五人は一瞬にしてその場から消滅した。
その場に残されたのはただ一人――――ジェノサイドの力を使った夢玄だけだ。
(指定した範囲内にいる敵を、生物だろうとウィルスだろうと、機械だろうと、はたまた神であろうと一瞬にして消滅させる……それがジェノサイドの力。やはり貴方は優秀な科学者ですよ……デビッドさん)




