ホメオスタシス
守は刀を構え、竜牙は全身に忍者力をまとい、夢玄の方へと駆け寄った。夢玄は瞬間移動で彼らの攻撃をかわし、先ほどまで自分のいた場所を灼熱の炎に包み込む。
「ぐはっ……近距離攻撃では、太刀打ち出来ませんね……!」
「ちぃっ……厄介な巻物だ!」
業火は容赦なく二人を呑みこんでいった。その傍ら、柳は荷電粒子砲を放つ。この砲撃が愛海によって三回繰り返されたのち、彼女らの目の前を覆う黒煙は徐々に空気中へと溶け込んでいく。
柳たちの目の前に飛び込んできたものは、黒みを帯びた半透明の結晶に身を包んだ夢玄の姿であった。
「そんなものでは、私を倒すことは出来ませんよ」
彼はまったくの無傷だ。彼はバリアブルを荷電粒子砲に変形させ、柳たちに反撃を仕掛けた。続いて、彼はこの攻撃による衝撃を三回繰り返し、彼女らに更なる追い打ちをかけていく。
「アイツ……アームマスターの力を……!」
「それにトリプレイの力まで……! こんなの反則ッスよ!」
計四回にもわたる攻撃を受け、柳たちは体の節々から出血している。先ほどの炎を抜け出してきた守たちも、その身にひどい火傷を負っている。
ここで天音の出番である。
「これで終わりだ……霊峰夢玄!」
守たちが戦っている間、彼女は何やら複雑な構文をブランクに書き込んでいたようだ。彼女がスクリプトを実行するや否や、ブランクは白く発光した。
死闘の最中、夢玄はすぐに異変に気付いた。
「……おや? バリアブルが使えなくなりましたね」
何を隠そう、あのスクリプトはバリアブルの力を無効化するためのものだったらしい。無論、守たちはそのチャンスを逃しはしない。
「天音さん、流石です!」
守は夢玄との間合いを詰め、刀を振り上げる。
「でかしたぞ、天音!」
柳はアームマスターの銃口に、荷電粒子を溜め込んでいく。
「今しかないッス!」
愛海はトリプレイを構え、味方が忍術を発揮するのを待つ。
「どけ! 俺がやる!」
竜牙は前方へと勢いよく飛び出し、眼前の宿敵に拳を叩きつけようとする。
「ふふ……無駄なことを……」
夢玄は瞬間移動により、その場から姿を消した。直後、守たちは激しい爆発に襲われ、宙に放り投げられた。
天音はそのまま地面に叩きつけられ、震える両腕で上体を起こす。彼女は守の方に目を遣り、指示を下す。
「……オートパイロットに喋らせてくれ。彼が今何をしたのか、ボクたちはそれを知る必要がある」
冷静な判断である。守は小さく頷き、自らの肉体の主導権をオートパイロットに明け渡した。
『夢玄はバリアブルの他にも、ホメオスタシスという巻物を持ち歩いている。それは巻物を正常に機能させる力を持つ巻物。夢玄はホメオスタシスを使い、バリアブルを正常に使える状態へと戻した』
「ならば、ホメオスタシスを無効化すれば……」
『それは無意味。ホメオスタシスは常時、自身を正常に機能させ続けている。よって、ホメオスタシスを無効化する手段は存在しない』
……戦況は極めて絶望的だ。五人の忍者レベルはまだ、拡張パックを使える閾値に達していない。ブランクの力によってバリアブルを無効化しても、すぐに対処されてしまう。夢玄の無双は留まるところを知らないようだ。
夢玄は反乱軍を圧倒する力を有しているが、決して油断はしない。彼は天音の方へと目を遣り、彼女の思惑を言い当てた。
「貴方がたの巻物を無効化させるよう誘導し、私にバリアブルを使わせる……それが貴方の狙いでしょう。そして、そうなった場合においても、竜牙さんだけは普段と変わらぬ力を発揮できますよね」
「やれやれ……『巻物の無効化』というヒントを与えるのが、少々わざとらしすぎたみたいだね」
「見事な演技でしたよ……天音さん。しかしそんな見え透いた罠では、私を欺くことは出来ませんよ」
守たちの知らないところで、二人は高度な読み合いを展開していたようだ。二人のやり取りに聞き入りつつ、守は思った。
(凄い……二人とも、僕と同じ戦場にいるはずなのに、まるで全く別の次元で戦いを繰り広げているみたいです……! 僕も、負けていられませんね!)
彼の心に火がついた。その真横では、竜牙が得意げな笑みを浮かべている。
「あの天音が……俺の力を宛にしていたのか。面白い……やはりアイツも、この獅子食竜牙の実力を認めていたというわけだ!」
自分が目標とする人物に認められ、彼はすっかり上機嫌だった。




