閾値
あれから約二週間――――天音は巻物の拡張パックの開発に取り組んだ。その間、残る四人は競い合うように戦闘を繰り広げ、己の忍者レベルを鍛え上げていった。宇宙から切り離された異空間であれば、いくら暴れても無関係者を巻き込むことはない。守と柳はペアを組み、愛海と竜牙のペアを相手にしている。彼らは皆、すでに満身創痍に近い有様だ。しかし四人は立ち上がる。数多の傷を負っても、どれほどの血が流れても、彼らは己を磨き続けていくのだ。全ては、霊峰夢玄を倒すために。
守チームは背中合わせになり、肩で呼吸をしながら身構えている。
「二人とも……強いですね……」
「だろうよ。相手は化け物じみた筋力を誇る竜牙と、あの重い一撃を三回まで繰り返せる愛海なんだから」
無論、緊張感を覚えているのは彼らだけではない。愛海たちもまた、守たちの強さに苦戦している。
「守さんはオートパイロットによって動いているわけッスから、常に柳さんと息の合った動きが取れるということになるッス。何より向こうは、飛び道具を持っているわけッスからね……その点でもアタシらに対して有利ッスよ!」
「面白い。ならば見せてやろう……この獅子食竜牙の圧倒的な力というものを!」
「ちょっと待つッス! アンタ一人じゃなくて、アタシたちの力を見せるんスよ! もっと仲間を信じるッス!」
……どうやらこちらのチームには、少々難があるようだ。
守の体術が炸裂する。柳による銃撃が猛威を振るう。竜牙の拳は二人を容赦なく殴り飛ばし、その打撃による衝撃は愛海の忍術によって繰り返される。そんな戦いが続いていった末に、三人の忍者は変身の解けた状態で地に膝をつく。
最後に残っていた一人は、竜牙だ。
鮮やかな勝利を飾り、彼は上機嫌である。
「ガハハハハ! これなら、天音を倒せるようになる日も近いだろう! 俺が最強の忍者になれる日は目前だ!」
彼は全身に傷を負っているが、それでも身に余るほどの元気を有している。もはやこの男は不死身に近いと言えるだろう。守たちはゆっくりと起き上がり、呆れたような苦笑いをした。
そんな彼らの傍らで、女部屋の扉が開かれた。天音が部屋から出てきたのは、実に二週間ぶりのことである。
「やあ皆……良いニュースと悪いニュースがある」
それが天音の第一声である。彼女の声に、守たちは一斉に振り向いた。そんな彼女の肩に手を置き、柳は言う。
「連絡事項があるということは、何かしらの進捗があるということだな。お前にはいつも世話になってるぜ……ありがとな、天音」
付き合いが長いだけのことはあり、柳は天音のことをよく理解していた。そんな彼女に続き、愛海と守も天音への感謝を口にする。
「アタシからも言わせてもらうッス! いつもありがとッス!」
「いつもありがとうございます……天音さん」
これで感謝を述べるべき人間は、あと一人だ。三人は目を細め、竜牙の方をじっと見つめている。彼らの圧力に屈し、竜牙は言う。
「フン……まあ、感謝してやらんこともないぞ」
何やら彼は、あまり素直な性格ではないらしい。天音は苦笑いを浮かべた。
彼女は守たちに、五枚の手裏剣のようなものを見せた。
「先ずは良いニュースから。ついに完成したよ……ボクたちの巻物を強化するための拡張パックがね。使い方は簡単だ……これを巻物に突き刺せば良い」
巻物だけが天音の生み出せるすべてではない。その優れた技術力をもってすれば、巻物の「周辺機器」を作ることも出来るようだ。
柳は訊ねた。
「それで、悪いニュースは?」
夢玄を倒すことは、この場にいる全員にとっての最重要課題だ。悪いニュースを聞いておかない手はないだろう。天音は深いため息をつき、彼らに真実を告げる。
「オートパイロットくん曰く……これ以上キミたち同士で戦っていても、もう忍者レベルが上がることはない。しかしボクたちの忍者レベルは、まだ拡張パックを扱える閾値には達していないんだよ」
彼女の口から語られた真実に、守たちは動揺を隠せなかった。
「お、おい……それって……」
そう柳が言いかけたのを遮り、天音は淡々と説明を続ける。
「……先ずは、従来の巻物のままで夢玄と戦うことになる。そして命を賭した戦いの中で、忍者レベルを限界まで高めるんだ。今のボクたちの忍者レベルを上げられる程の強敵は、あの男――――霊峰夢玄をおいて他にいない」
事態は極めて絶望的である。兎にも角にも、彼らは夢玄と戦うしかない。天音は忍術を解除し、四人と共に異空間を出た。続いて彼女は、ブランクに次の構文を書き込み、彼ら全員の体を回復させる。
五人はいよいよ、夢玄と戦うこととなる。




