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理想郷

 人工衛星メサイアにより、世界は変わった。


 ゴーグルのような装置を着用した忍者たちが、銃のようなデバイスを片手に街のあちこちを練り歩いている。

「この付近に人間の存在を感知した。マイクロチップは……未実装みたいだな」

「マイクロチップを実装していない市民は、直ちに名乗り出なさい! 抵抗する者は反逆者とみなし、抹殺しますよー!」

「そこの奥さん! 大人しくマイクロチップを埋め込ませなさい!」

 社会の在り方は大きく変わってしまった。善良な市民たちは忍者の指示に従い、しぶしぶ表に姿を現す。そんな彼らのこめかみに銃のような機械の先端を突きつけては、忍者たちはトリガーを引いていく。この機械は攻撃のためのものではなく、それゆえに銃声のようなものも聞こえてはこない。

「これで施術は終わりです。マイクロチップは脳細胞と結合しますので、無理に摘出しようとしない方が良いですよ」

「は……はい。しかし何故、私たちの脳にマイクロチップを……」

「あなたたちを管理するためです。あなたたちは管理されることで守られているのです」

 市民を徹底的に管理し、監視する社会――――それが夢玄(むくろ)の望んだ理想郷である。


 国家に雇われた清掃員たちが、街の至るところを掃除している。地域の治安によっては、死体が転がっていることさえ珍しくはない。彼らは反乱分子として国家に抹殺されたのだ。こんな社会がもたらされているのは、かつて「日本」と呼ばれていた土地だけではない。今や、世界中が管理社会となっているも同然だ。


 かつて「アメリカ合衆国」と呼ばれていた土地の一角にあるスラム街には、三人の忍者がいる。彼らはテトラのディスクジャケットを手に取り、眉をひそめていた。

「Damn it, this guy can't get enough of owning CDs, he's going out in the open wearing a Tetra T-shirt. (コイツ……CDを所持するだけじゃ飽き足らず、テトラのTシャツを着て表を出歩くとはな)」

「We're gonna keep seizing anti-social materials at this rate. (この調子で反社会的な表現物を押収し続けるぞ)」

「Of course! Disrupting the order of a utopia is a capital crime. Those who disrespect the lord Mukuro cannot be allowed to survive! (もちろんだ! 理想郷の秩序を乱すことは、万死に値する罪だ。夢玄様を愚弄する者は、生かしてはおけない!)」

 夢玄が星の支配者となった今、彼と敵対していたテトラは反社会的勢力として扱われている。ゆえに彼らの表現物は、今や検閲の対象となっているようだ。更に言うならば、今の地球には国境というものが存在していない。全ての大陸は、「理想郷」という国の領土である。全ての海は、その排他的経済水域だ。



 かつては軍需産業であった風林火山も、今となっては理想郷の国家機関だ。その本社の社屋にある社長室にて、夢玄はグラス入りのワインを飲みながらノートパソコンを操作していた。

「私の開発した人工知能は正常に機能しているみたいですね。理想郷に相応しくないウェブサイトが、全くと言って良いほど表示されなくなりましたよ」

 彼は人工知能により、インターネット上の様々なウェブサイトを自動的に規制していた。今の世界では彼が法であり、彼が秩序を保っている。そんな彼の元に一人、筋肉質な男が訪ねてきた。

「薬はあるか?」

 突如開かれる、社長室の扉。そこから姿を見せたのは、夢玄に人生を狂わされた男――――獅子食竜牙(ししばみりゅうが)であった。


 無論、夢玄は薬を持っている。

「もちろんですよ。貴方にも忍者として、反乱分子を粛清していただかなければなりませんからね」

「ほう……世界平和を維持するためには、この獅子食竜牙の偉大なる力が必要になるということか。面白い! 引き受けてやるぞ……霊峰夢玄(れいほうむくろ)!」

「頼みましたよ」

 彼は薬の入った封筒を引き出しから取り出し、それを竜牙に手渡した。竜牙は薬を受け取り、すぐに社長室を後にした。


 開け放されたままの扉から、二人目の来客が顔を覗かせる。

「失礼します」

――天音(あまね)の声である。


 夢玄はすぐに彼女を招き入れた。

「お待ちしておりましたよ……天音さん。今日貴方をお呼びしたのは、ある重要な役割を背負ってもらうためです」

 何やら穏やかな話ではなさそうだ。

「重要な……役割ですか」

「天音さん……貴方を理想郷親衛隊の隊長に任命します。これからは私の護衛に努めてください」

「身に余る光栄です……夢玄様」

 天音は微笑み、夢玄の前に跪く。メサイアの放つ電波により、彼女もすっかり洗脳されているようだ。


 こうして彼女は、政府直属の正式な親衛隊の隊長となった。

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