新たな巻物
ある日、天音はいつもの地下放水路にて、守たちを呼び出した。彼女が四人を呼んだのは他でもない。彼女の手には、橙色の巻物が握られている。
天音は言った。
「あれからボクは、巻物の開発に没頭してきた。霊峰夢玄を倒す――そのためにね」
この巻物は、あのブランクやトリプレイを生み出した彼女が、時間をかけて作り上げた代物だ。その性能には充分期待できる。
愛海は目の前のビッグニュースに食いついた。
「流石、天音様ッス! それで、これは一体どんな巻物なんスか⁉」
彼女だけではない。その場にいる全員が、天音の新発明に興味を抱いている。天音は得意げな顔つきで、新しい巻物について説明する。
「これは『モフモフ・キツネX』……使用者から狐の耳と尻尾が生える巻物だよ」
……四人は耳を疑い、怪訝な顔をした。強力な巻物の登場が期待されていた矢先に、彼らの目の前には血迷ったような駄作が突きつけられたのだ。場の空気が凍り付く中、柳は呆れたような表情で訊ねる。
「おい天音……気は確かなのか?」
彼女がそう思うのも無理はない。今四人の前に掲げられている巻物は、戦闘における有用性をまるで感じさせない代物だ。無論、天音の正気を疑っているのは柳だけではない。守、愛海、竜牙の三人もまた、モフモフ・キツネXに対する不満を口にしていく。
「天音さん。今はふざけている場合ではありませんよ……」
「そうッスよ! そんな巻物がどう役に立つんスか!」
「何がモフモフ・キツネXだ! 馬鹿馬鹿しい!」
当然の反応である。この巻物はどう考えても、夢玄を倒す切り札に相応しいものではないだろう。
しかし天音は本気である。彼女は決して血迷ったわけではない。
「バリアブルのクラウドストレージは、全地上で生み出された巻物のデータを自動的に集めて保存している。つまり裏を返せば、馬鹿げた巻物を大量に生み出せば、そのクラウドストレージをパンクさせることも出来るというわけだ」
そう――彼女は意図的に馬鹿馬鹿しい巻物を生み出していたのだ。彼女の思惑を知り、守は胸を撫で下ろした。
「全く……それを先に言ってくださいよ……」
「ちなみにモフモフ・キツネXで生えてくる耳と尻尾の色は、RGB値によって決まるんだ。そして巻物一本につき、使える色は一種類だけ。ボクはモフモフ・キツネXのデータの製造をブランクで自動化し、256の三乗……つまり1677万7216通りのパターンのデータを生み出した」
「巻物のデータが、約1500万個分……それだけあれば、きっとバリアブルを無力化できますね!」
「しかもこの巻物は、体毛一本一本の長さや太さを個別に設定してある。モフモフ・キツネX一本分のデータの重さは、平均的な巻物の十倍以上にも及ぶんだ。これを設定していくのは本当に大変だったよ」
凄まじい執念である。これで一先ず、夢玄との決着をつける準備は整ったと言えよう。
その時である。
「話は全て聞かせてもらいました」
地下放水路に、夢玄の声がこだました。守たちはすぐに辺りを見渡したが、彼の姿はどこにも見当たらない。
「……ここですよ」
突如、天音の足下に、黒い染みのようなものが滲み出る。そこからは黒い粒子のようなものが放出され、一人の男性の形をかたどっていく。そして粒子の塊は禍々しい光を放ち、生身の肉体へと変化する。
夢玄の登場だ。
彼は天音の肩に手を置き、彼女に絶望的な現実を突きつけた。
「巻物の開発、ご苦労様です。ここで一つ、バリアブルのクラウドストレージに搭載された高性能のAIについて話をしましょう」
「高性能のAI……?」
「このAIは巻物のデータを自動的に分析し、保存すべきデータを選別します。そして選ばれたデータだけがストレージに保存されていくのです。天音さん……貴方の約一ヶ月間の努力は、全て無意味だったということですよ」
どうやら夢玄は一枚上手だったようだ。天音の考案した戦法は、最初から彼の想定内にあったらしい。
クラウドストレージをパンクさせるという手段はもう通用しない。それでも、天音は依然として強気な態度を保っている。
「それでも、世界中がキミの敵であることに違いはない。バリアブルを破る技術が確立されるのも、時間の問題だよ」
今の夢玄は世界中から追われている身だ。四六時中命を狙われている彼にとっては、ほん一瞬の油断さえも命取りとなる。




