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力の暴走

 やがて光が収まった時、そこには全身の傷の回復した天音(あまね)の姿があった。彼女は目を丸くし、辺りを見回した。そんな彼女の頬に平手打ちを食らわせ、(まもる)は泣きながら怒号を上げた。

「誰も、天音さんに死んで欲しくなんかありません! 皆、悲しかったんですよ!」

 彼の言葉に、(やなぎ)愛海(あみ)は静かにうなずいた。これで一先ず、事態は丸く収まった――――かのように思われた。

「クックック……キミたちは本当に愚かだねぇ」

 突如、天音は不気味な微笑みを浮かべつつ、黒いエネルギーのようなものを体にまとい始めた。夜空は赤と青と黒の入り混じったような禍々しい色に染まっていき、地上では木々や花が次々と枯れていく。


 守は目を疑った。

「天音さん……⁉」

 彼の目の前では今、天音が大いなる力に溺れている。彼女の全身の血管は赤く発光し、口からは煙のようなものが漏れ出している。彼女は頭を押さえつつ、おぼつかない足取りで自らの体を支えている。この時、天音は今までにない感覚を味わっていた。

(頭に血が上る……血管がピクピクする。頭痛もひどいし、なんだか平衡感覚も狂ってるような……)

 強大な力を制御しきれず、彼女の体には凄まじい反動が出ている。天音が限界を迎えるのも時間の問題だろう。しかし彼女の自我は、すでに闘争心に呑まれつつある。

「キミたちは霊峰夢玄(れいほうむくろ)の大切な商品だ! それを壊そうとすれば、夢玄はボクの所まで出向いてくれるはずだ! 風林火山の創始者である彼がどんな力を持っているのか……それをこの目で確かめてやる!」

 天音は息を荒げつつ、凄まじい速さでブランクに構文を書き込む。彼女の周囲には粘り気のある黒い物体が生み出され、守たちの体を包み込んでいく。

「天音……さん……!」

「やめろ……天音!」

「天音様!」

「目を覚ませ……御子神天音(みこがみあまね)!」

 四人は体に黒い稲妻のようなものを流し込まれ、一斉に変身を解除されていく。天音は四人を拘束したまま、自らの肉体に降りかかる反動に苦しんでいる。

(息が……上手く出来ない。体と力が追いかけっこをしているような……そんな感覚だ! このままだとまずい……だけど、止められない……!)

 もはや誰にも彼女を止めることは出来ないだろう。


 ただ一人、霊峰夢玄を除いては。


 立ち入り禁止区域に、狩衣に身を包んだ一人の男が姿を現した。

「派手にやってくれましたね……天音さん」

――夢玄のおでましだ。

「会いたかったよ……霊峰夢玄」

 天音は忍術を解き、守たちを解放する。ここからは一対一の戦いだ。彼女は期待に胸を躍らせ、より一層呼吸を乱している。夢玄は右袖から巻物を取り出し、それを彼女の方へとかざした。

「『バリアブル』……『ディスクロナイザー』」

 巻物は眩い光を放った。


 この瞬間、世界の時間は止まった。


 この場で動ける者はただ一人――夢玄だけだ。彼は左袖から小刀を取り出し、天音の体を容赦なく切りつけていく。無論、彼女は今、抵抗すらままならない状態にある。そんな彼女の腹部に小刀を突き刺し、夢玄は言う。

「……心配には及びません。利用価値のある商品は、そう簡単には処分しませんから」

 巻物の光が消え、世界の時間が動き出す。全身の切り傷から血を噴き出しつつ、天音は膝から崩れ落ちる。


 彼女の変身は解け、血管の発光も収まった。


 禍々しい色に染め上げられていた空は何変哲の無い夜空へと変化した。この光景を前にして、守たちは度肝を抜かれた。特に、誰よりも天音の強さを信頼してきた愛海は、取り乱さずにはいられない。

「あり得ないッス……こんなのあり得ないッス! この一瞬の間に何があったのかはわからないッスけど、天音様がこんな一瞬で負けるなんて……そんなの……!」

 彼女が恐怖に震えている横で、天音は両腕に力を籠めながらおもむろに上体を起こす。そして眼前の強敵を睨みつけつつ、天音は声を絞り出す。

「キミの持っている小刀の刀身に、ボクのものと思しき血がついている。そして……キミは一瞬にしてボクとの間合いを詰めた。まさか……時間を止めたというのかい……?」

 どうやら彼女は、ただで転ぶような女ではないようだ。あの一瞬のうちに、彼女は夢玄の攻撃の正体を見抜いていた。そんな天音に拍手を送りつつ、夢玄は笑う。

「流石は天音さんですね……大正解です」

「……ここ最近、日本の技術をめぐって、忍者たちが戦争をしている。全ては、キミが仕組んだことだね?」

「そうですね……そろそろ、全てを明らかにしても良い頃合いでしょう」

 彼の笑みは余裕に満ち溢れており、かつ不穏な空気を感じさせるものである。

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