御子神天音
三人の攻撃を浴びる直前、天音は自らの意志で変身を解除した。この一瞬、彼女は確かに優しい微笑みを浮かべていた。守たちが目を疑ったのも束の間、天音は彼らの全力の攻撃を一斉に受けた。
口から血を流しつつ、彼女は膝から崩れ落ちた。彼女の体は光の粒となり、徐々に宙へと消えていく。攻撃を仕掛けた三人が困惑する中、愛海は天音の方へと駆け寄った。
「天音様! 一体、どういうつもりッスか⁉」
「……ここ最近、ボクはずっと戦闘中毒の症状に悩まされてきた。このまま症状が進行したら、ボクは多くの命を奪うようになるだろう」
「だからって……そんな……」
愛海はその場にしゃがみ込み、天音を抱きかかえた。天音の体は、依然としてゆっくりと消えていく最中だ。
「最初は、一人で勝手に死ぬつもりだったよ。だけどね……これから先、キミたちだけでこの国を守れるかが気掛かりだった。だから最期に、キミたちの力を確かめておきたかったんだ」
「最期なんて言わないで欲しいッス! 天音様がいなくなったら、アタシは……アタシたちは、一体どうしたら良いんスか⁉」
「ごめん愛海ちゃん。こうするしか……なかったんだ……」
彼女の身はそう長くはない。変身していない状態で三人の全力の攻撃を食らおうものならば、彼女とてひとたまりもないだろう。
守は二人の方へと走り寄り、天音からブランクと筆を奪い取った。彼はブランクを広げ、そのままオートパイロットを発動する。
柳は叫んだ。
「やめろ守! その巻物は、お前には使いこなせねぇ!」
そんな忠告を無視し、守はブランクにスクリプトを書き込んでいく。
「オートパイロットは体を自動的に動かしてくれます。よって、天音さんを蘇生するのに最適なスクリプトを書き込んでくれるはずです!」
「ブランクは、スクリプトさえ書ければ使いこなせるような代物じゃねぇ! あんなものを使って体に負担がかからねぇのは、天音くらいのもんだぞ!」
「それでも! 僕は仲間を見殺しには出来ません!」
師匠譲りの熱意は揺るがない。その身の至る所にノイズを走らせつつも、構文を書き終えた彼はブランクに忍者力を注いでいく。彼の体の節々からは、鮮血が弾け出していく。しかし天音の消滅が止まる様子はない。
天音は言う。
「やめなよ。守くんは、ボクの道連れになるつもりなのかい? 仮にもしボクが助かったとして、戦闘中毒を治療できる見込みはあるのかい?」
無論そんな見込みはない。それでも守は、彼女を蘇生することをやめようとはしない。そんな彼に続き、一人の男が彼女の蘇生を手伝おうとする。
「こんな決着は認められぬぞ! 御子神天音!」
――――竜牙だ。彼は守の真横にしゃがみ、ブランクに両手をかざす。彼の掌から放たれる忍者力は、ブランクに注入されていく。
「竜牙……くん……?」
「この獅子食竜牙の勝利は、常に鮮やかなものでなければならぬ! 俺は本気の貴様と本気で戦い、本気で勝利を手にせねばならぬのだ!」
それが竜牙の想いである。そんな彼に続き、愛海もブランクに手をかざした。
「オートパイロットなら、戦闘中毒を治す構文を導き出せるかも知れないッス! 諦めちゃ駄目ッスよ! 天音様!」
こうして、天音の巻物には更にもう一人分の忍者力が追加されていく。柳は小さなため息をつき、その後に続いた。
「……こうなりゃ、イチかバチかだな!」
こうして、四人全員の忍者力がブランクに流し込まれた。そんな彼らを止めようと、天音は必死に声を張り上げる。
「やめてくれ! 今日ボクを助けたことで、明日キミたちはボクに殺されるかも知れない! ボクの理性が完全に消し飛ぶのは、もはや時間の問題なんだよ!」
今の彼女に、生存の意思はない。自らが人々を脅かす存在になる前に、その生涯を終えること――それが彼女の望みだ。
そんな天音に一喝を入れたのは、竜牙であった。
「タカシは文字を書けないことを克服した! なのに貴様は、戦闘中毒を克服することから逃げようと言うのか! タカシの言葉を思い出してみろ! 御子神天音!」
その言葉に、天音は胸を打たれた。それでも彼女にはまだ迷いがある。されど彼女に選択の余地はない。五人中四人が彼女の復活を望み、彼女の蘇生に尽力しているのだから。
「僕は……皆を守るために忍者になったんです! 天音さんのことだって、絶対に救ってみせます!」
「なんでも一人で抱え込むんじゃねぇ! オレたちを信じろ! 天音!」
「例えアタシの命に替えても、天音様のことは絶対に死なせないッス!」
「いつか必ず、本気の貴様を倒してやる! 勝手に死ぬような真似は許さぬぞ!」
彼らの力は一つとなり、立ち入り禁止区域は真っ白な光に包まれた。




