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無力感

 いつの間にか日は沈み、空は暗くなっていた。



 竜牙(りゅうが)は敗北した。彼はその結果に納得がいかなかった。満身創痍の体をゆっくりと起こし、彼は変身を試みようとする。無論、その体で変身することは難しく、竜牙の体の節々には黒い電流が発生している。

「俺は……この獅子食竜牙(ししばみりゅうが)は、勝者であらねばならぬのだ! 俺は強者であらねばならぬのだ!」

 己の勝利、己の力、そして己のアイデンティティ。それらに対し、彼は底知れぬ執念を抱いている。


 天音(あまね)は彼に助言した。

「もしもキミが自らの運命を受け入れることが出来れば、それはまぎれもなく強さだよ」

 そんな言葉は竜牙にとって、気休めにすらなり得ない。

「黙れ! 貴様は忍術を使えるからそんなことが言えるのだ! 忍者適性の高さゆえに選ばれた貴様に、忍者適性の低さゆえに選ばれた俺の気持ちなどわかるものか!」

 彼の境遇を考えれば、その言い分が出るのも当然であると言えるだろう。彼に「運命を受け入れろ」と諭している女は、運命に恵まれた強者だ。


 天音は変身を解除し、ズボンのポケットから一枚のメモ用紙を取り出した。それは小汚い文字で「おねちやんありかとう」と書かれた、タカシの遺した形見である。彼女はそれを竜牙に見せ、タカシの生き様について語り始めた。

「これは、読み書きの出来ない病気を抱えた子供が……タカシくんがボクに充てて書いたものだ。あの子はずっと病気のせいで苦しんできたし、周りからも散々いじめられてきたんだ」

「フン……弱い者は虐げられる。ただそれだけのことだ」

「……そこでボクは、あの子に護身術を教え込んだんだ。それからタカシくんは修行を重ね、もう二度といじめられないくらい強くなった。タカシくんはきっと、修行を通して様々なものを培ってきたんじゃないかな」

 あの子供との出会いは、今もなお天音の心に残っていた。物憂げな眼差しでメモ用紙を見つめつつ、彼女は当時のことを思い返していた。当然、そんな話を口頭で説明されたところで、彼女の伝えたいことの全てが伝わるわけではない。竜牙は深いため息をつき、天音に訊ねた。

「様々なものとはなんだ? 具体例を挙げてみろ」

 これは彼にとっての死活問題だ。決して抽象的な言葉で誤魔化せるものではない。天音はタカシが培ってきたものを挙げていく。

「先ずタカシくんは、人を許す強さを手に入れた。そのおかげで、あの子には二人の友達が出来た」

「……くだらんな」

「あの子が培ってきたもう一つのものは、挑戦する勇気だ。タカシくんは護身術の修行に挑戦したことで、自らの意志で文字を書くことにも挑戦した。そしてあの子は、ボクに感謝の気持ちを伝えることが出来たんだ」

「挑戦する……勇気……」

「タカシくんは本当に、強い子になったよ。結局、あの子はアヤカシになってしまったけどね……」

 心地の良い夜風を浴びつつ、天音は遠方へと目を遣った。地上では街が光輝き、空では数多の星が瞬いていた。


 竜牙の心境に、少しばかり変化が生まれた。

「確かに強い少年だな。自分が人より文字を書けないことをわかっていながら、貴様に感謝を伝えるとはな」

 意外にも、彼はタカシの強さを認めた。それは力を具有している強さではなく、人間性の強さだ。天音は自嘲的な愛想笑いを浮かべ、話を続けた。

「だけどボクは、アヤカシになったタカシくんを殺した。ボクはそのアヤカシがあの子だったことを知らなかったんだ。もちろん、それを知っていたところで、結果は同じなんだけどね」

「……それは残念だったな」

「確かにボクは忍者適性に恵まれているし、ブランクを使いこなすことだって出来る。だけど、それだけでは守れないものだってあるんだよ。それがボクの受け入れるべき運命だ」

 この時、彼女の脳裏には、タカシの友人であるユウキの姿がよぎっていた。彼女の中で、彼の言葉が反響する。


『大人はおれを助けてくれないですよね? 子供が殴られたり蹴られたりしても、大人は手を出せないんですよね?』


 天音は竜牙の方へと振り向き、こう言った。

「少なくとも、ボクは知っているよ。無力感……というものをね」

 事情を知らない竜牙からすれば、それは信じがたい言葉である。しかしタカシを失っただけでも、無力感を覚えるには充分すぎるだろう。

「その無力感は、力に恵まれぬ者でも覚えるものだ。貴様がどんな御託を並べようと、力を持つに越したことはない! 力こそが全てだ!」

……竜牙は相変わらず竜牙だった。

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