体への負担
翌朝、竜牙は風林火山の本社を訪ねた。彼は社長室の扉を開き、夢玄と対面する。夢玄はズボンのポケットから封筒を取り出し、それを目の前の訪問客に差し出した。封筒には、「薬 一ヶ月分」と書かれている。
竜牙はすぐに封筒を開き、三錠の薬を飲んだ。なお、彼がこの場所を訪れた理由は、この薬だけではない。
「さあ、白峰守の居場所を教えろ!」
「私が貴方の命を繋いでいるというのに……高圧的な態度ですね」
「忍者同士が戦っている方が、貴様にとっても都合が良いのだろう?」
「フフッ……その通りですよ」
「フン……この俺にとっても不本意だが、俺たちの利害は一致しているのだ。忍者は体内に埋め込まれたマイクロチップにより、貴様に監視されているのだからな」
守を倒すこと――――それが彼のもう一つの目的だ。その目的を果たす上で、忍者の居所を特定できる人材の手を借りることは極めて重要であると言える。夢玄は妖しげな微笑みを浮かべ、デスクの引き出しを開いた。その中にはノートパソコンが収納されており、彼はそれを操作し始める。
「守さんなら今、ここから東側にある墓地にいるようです。そこには彼の弟が眠っていますからね」
「……ご苦労。ここから東側に突き進んでいけば、後は『臭い』を追えば良いというわけだな」
相変わらず、竜牙は人間離れした男である。
「竜牙さん……貴方は本当に人間ですか?」
夢玄は苦笑いを浮かべた。
竜牙は社屋を後にした。彼は路上に飛び出し、走行中の車を右手だけで止めた。続いて彼はフロントガラスを叩き割り、運転手を車から引きずり下ろす。それから竜牙はすぐに運転席に乗り込み、奪い取った車で爆走する。信号無視はもはや当たり前。もちろん制限速度も守らない。例え人を跳ね飛ばそうと、あるいは轢き殺そうと、そんなことは彼にとっては至極どうでもいいことだ。
彼の人生においては、彼自身こそが絶対のルールである。
竜牙はすぐに墓地に到着した。
「見つけた……!」
彼はすぐに車から飛び出した。彼の視線の先には守がいる。守はすぐに敵意に気づき、咄嗟に変身した。それに続き、竜牙もすぐに変身する。目にも止まらぬ速さで拳を突き出していく竜牙。そんな彼に応戦するように、オートパイロットの力によって巧みな体術をこなす守。両者の力は拮抗している。
「オートパイロットを使えるようになった貴様と戦うのは初めてだな。この俺を……この獅子食竜牙を満たしてみろ! 白峰守!」
「墓場で戦いを仕掛けてくるなんて……あなたという人は……!」
「崇高な意志のない人間など、タンパク質の塊でしかない! そんなものを敬う必要がどこにあるというのだ!」
竜牙はどこまでも守を追い掛け回す。守は墓地を離れようとする。ぶつかり合うのは二人の拳だけではない。両者の想いもまた、火花を散らしながら衝突し合っていた。
戦いながらの移動を繰り返していった末に、守たちは駅前の広場にたどり着いた。竜牙はほとんど息を切らしていないが、守は肩で呼吸をしているも同然である。
「ゼェ……ゼェ……あなたがいくら攻撃をしても、僕には当たりませんよ……!」
「だが激しく動き続けたことで、体に大きな負担が出ているようだな。特に、頭を激しく振り続ける動作は、脳震盪を引き起こす危険性も孕んでいる! 無論、直接頭を殴られても、やはり脳震盪を患うリスクは付きまとうぞ!」
「厄介ですね……」
このままでは彼が意識を失うのも時間の問題だ。依然として攻撃の手を緩めない竜牙は、彼の顔面に何度も打撃を加えていく。
「白峰守! 貴様は今、粗末なハードウェアで優れたソフトウェアを起動しているような状態にある! 例え巻物の処理能力が優れていても、貴様の肉体がそれに耐えきれなければなんの意味もない!」
「まさか……オートパイロットをもってしても、勝てないなんて……」
「そろそろ頭部を動かしすぎて、目眩や頭痛を感じてきた頃合いだろう? どうやら仕上がってきたようだな……これで終わりだ!」
竜牙は守の顎の下を勢いよく蹴り上げる。守の体は上空へと舞い、それから地面に向かって勢いよく落下していく。幸い、アスファルトに体を打ち付けられる直前、彼の落下速度はオートパイロットの力によって減速した。守はかろうじて、落下による打撲を負うことだけは避けることが出来たようだ。彼は変身を解除した。
「頭が……グラグラします。こんな状態じゃ、戦えませんよ……」
もはや彼の体は限界を迎えている。守は意識を失い、その場に倒れた。
これで竜牙の倒すべき相手は、後一人だけである。
「次こそは貴様を倒すぞ……御子神天音!」
燃え上がる闘志を胸に抱き、彼は己の握り拳を見つめた。




