異常事態
その日のコンサートは大盛況だった。柳の歌声は観客たちの心を震わせ、朱雀を失ったテトラに再び息を吹き込んだ。演奏の合間、彼女は呼吸を整えながら観客席を見渡した。
(あの日、オレは音楽を失った……はずだった。だけど、オレの音楽は今生きている! 楓の意志は、今確かに音楽として生きている!)
この時、彼女は本心から笑っていた。この瞬間、彼女は全ての苦しみから解き放たれていた。
その頃、ライブハウスの外には、五十体前後のアヤカシが出現していた。守はすぐに変身し、柳から授かった刀でアヤカシと戦っていく。源治との戦いで成長した彼は、オートパイロットの力によって空中をも自在に移動することが出来る。その忍術と刀の組み合わせはまさしく、鬼に金棒と言ったところである。彼に続き、天音もすぐに忍者の装束に身を包む。竜牙は相変わらず変身せず、普段着のままでアヤカシに挑んでいく。
眼前に広がる異様な光景に、天音は違和感を覚えていた。
「……二人とも、何か変だと思わないかい?」
彼女は様々な忍術で獲物を一網打尽にしていきつつ、守たちに尋ねた。無論、二人はそれとなく現状の異常性に気付いている。
「妙に多いですよね、アヤカシが」
「もう空蝉源治はこの世には居ないはずだが……誰の介入もなくアヤカシがここまで急激に増えるとは考えにくいな」
従来のアヤカシは、源治がネオペストを使用することによってその個体数を増していた。無論、あの化け物たちは罪のない市民をアヤカシ化させたり、産卵したりすることによっても繁殖を繰り返してはいた。しかし忍者が街の治安を維持している以上、今のアヤカシがここまで急激に増えることは先ずあり得ない。
天音は竜牙から話を聞き出していく。
「竜牙くんは確か、忍者になった数日後……銀髪の男に巻物を手渡されたと言っていたね」
「ああ、そうだが……」
怪訝な顔をする竜牙。そんな彼にペースを合わせるように、天音はゆっくりと話を進めていく。
「彼から報酬を受け取ったりはした?」
「もちろんだ。まさか、その男の手にもネオペストが渡っているのか……?」
「おそらくは……ね」
こうして話をしている間にも、彼女は様々な構文をブランクに書き込んでいる。その周囲で、何体ものアヤカシが発火したり切り刻まれたりしている。二人の話に聞き入っていた守は、天音にあの日のことを話した。
「そう言えば僕も、銀髪の男の人に会いました」
「それは本当かい?」
「はい。本来、オートパイロットは生体電流を支配するだけの巻物らしいんです。でも僕の巻物は、いつの間にかその男の人に改造されていたみたいなんです!」
今のところ、銀髪の男が何かを企んでいる確固たる証拠はない。それでも、守たちが彼を疑うのも無理はないことである。
「それは妙だねぇ……」
「源治さんを殺したのも、その銀髪の男です! 僕の目の前で、あの人がいきなり源治さんの頭を撃ったんです!」
「……もしかしたらその人は、いずれ何らかの形でボクたちに干渉してくるだろうね」
忍者たちの戦いはまだ終わらない。しかし、例の男に関する情報が充分に集まっていない今、彼らには目の前のアヤカシを倒していくことしか出来ない。
「……とりあえず今は、柳さんのライブを成功させましょう!」
「そうだね」
「あの男に、この獅子食竜牙の大いなる力を見せつける! この俺を怒らせるような真似だけは出来ないと、圧をかけておく! それが今の俺に出来ることというわけだな!」
守と天音は正義感をもってして現状と向き合っているが、竜牙は相変わらず己の力に酔い痴れていた。彼は右腕だけで守の体を持ち上げ、それをそのまま前方へと投げた。守はすぐに飛び蹴りの体勢となり、一体のアヤカシの腹部を勢いよく蹴飛ばした。竜牙の筋力によるブーストのかかっていた飛び蹴りは、眼前の化け物を一撃で大爆発させた。続いて、竜牙は天音に指示を出す。
「俺の手元に、刀身百メートルの剣を生み出せ!」
「うーんと……ライブハウスを壊さないようにね」
「俺はアヤカシどもをぶっ潰す! 貴様はそのハコでも守っていろ!」
「……なるほど。確かにその方が効率的だ」
天音はすぐにブランクにスクリプトを書き込み、彼の手元に巨大な剣を作り出した。竜牙はその剣を振り回し、アヤカシの大群を次々と撃破していく。その間、天音はブランクを駆使し、斬撃やその風圧からライブハウスを守るための防壁を生み出していく。彼女の忍術により、ライブハウス自体は全くの無傷だ。その周囲の道路や建物は、竜牙の斬撃によって派手に抉れている。
「あーあ、派手にやっちゃって。後でボクが全部直さなきゃね」
荒れ果てた路上を横目に、天音は苦笑いを浮かべた。




