橋の上で
それはある晩のことであった。例の如くアヤカシが出現し、二人の忍者が駆り出された。一人は愛海、もう一人は天音である。二人は源治からの出動命令を受け、高速道路を結ぶ大きな橋へと赴いた。そこでは、おびただしい数のアヤカシが彼女たちを待ち受けている。
「勢いあまって橋を壊したりなんかしたら、大変なことになるッスね……」
「その点についての心配は要らないよ。橋の一本や二本くらい、ボクの忍術があれば容易に修復できるからね」
「流石、天音様ッス! 頼もしいッス!」
どうやら遠慮は要らないらしい。愛海はすぐに変身し、忍術を発動した。アヤカシの群れは何発もの衝撃を叩きこまれ、次々と爆裂していく。この衝撃により、橋は勢いよく崩れ落ちていく。愛海は天音の方へと振り返り、得意満面となっていた。
「ここは高速道路の一部ッス! 時速百キロメートル近くの速さで走る無数の自動車の生む衝撃を、それぞれ三回ずつ再利用すれば、この通りッスよ!」
「凄いね、愛海ちゃん」
「天音様にお褒めいただくなんて、光栄ッス!」
憧れの人から褒め言葉を貰い、愛海は上機嫌だ。しかしこの場にはまだ、何体ものアヤカシが残っている。
「次はアヤカシの爆発を再利用するッス! アタシが囮になるッスよ!」
「まあ待ちなよ。せっかくボクも来ているんだから、もっとボクのことを頼ってくれても良いんだよ?」
次は天音が忍術を発揮する番だ。彼女は忍者に変身し、いつも通りの速筆でブランクにスクリプトを書き込んだ。彼女の忍術により生み出された十数本もの糸が、四方八方へと伸びていく。そして糸は次々とアヤカシを捕らえ、それらを一ヶ所に束ねた。哀れな獲物たちは、天音の頭上に吊るされている。
「さぁて、さっさとカタをつけちゃうよ」
彼女は再びブランクを開き、次の構文を書き込もうとした。
その時である。
「獲物は貰ったァ!」
突如、その場に一人の大男が飛び込み、一ヶ所に束ねられたアヤカシたちに強烈な右ストレートをお見舞いした。アヤカシは一斉に爆発し、男はその爆炎の中からゆっくりと姿を現す。
獅子食竜牙の登場だ。彼は変身しておらず、普段着の姿のままである。
「またしても一撃で仕留めてしまったか……つまらんな」
彼は依然として戦闘中毒を克服できていないようだ。何はともあれ、これで橋の上にいたアヤカシは全て片付いた。
天音は言った。
「次は、橋の下の獲物を仕留めないとね」
直後、海面からは何本もの触手が伸び、その先端は彼女を取り囲んだ。愛海は触手を路上に誘導し、先ほどのアヤカシの爆発による衝撃を再度発生させる。竜牙はもう一方の触手に狙いを定め、強力なドロップキックを食らわせる。しかし本体であるアヤカシを倒さない限り、触手は何度でも再生を繰り返していく。
「これじゃいくら戦ってもキリがないッス!」
「ほう……この獅子食竜牙を試そうというわけか」
もはやこのままでは埒が明かないだろう。
「やれやれ……ちゃんと本体を始末しないと意味ないでしょ」
天音はブランクを広げ、何やら複雑な構文を書き込み始めた。海面からは三体の大型のアヤカシが引き上げられ、そのまま上空へと浮遊していく。
「これで全部……かな」
彼女はもう一度ブランクを開き直し、再び構文を書き換える。残る三体の前に、三本の光の刀が生み出される。刀は意思を有しているような挙動で動き回り、本日の大物を容赦なく切り刻んでいく。
「はい、おしまい」
三本の光の刀は融け合うように結合し、一本の大きな太刀に姿を変える。その一振りは、三体のアヤカシを一気に斬殺する。
忍者たちの頭上にて、化け物たちは凄まじい勢いで炸裂した。
爆炎の中から、煙をまとったペンダントが落ちてきた。天音はそれを掴み取り、おもむろに蓋を開く。ペンダントの中には、若い女性の写真が入れられている。
「ペンダントがまだ綺麗だ。ついこの前まで、あのアヤカシのうちの一体は人間として生き、誰かを愛していたみたいだね」
そう語った彼女の横顔からは、言い知れぬ哀愁が漂っている。彼女は忍術を使い、崩れた橋を元通りにした。
これで今回の仕事は終わりだ。天音と愛海は変身を解き、その場を後にした。
天音の身に異変が起きたのは、その数時間後のことである。手足の震え、額の汗、乱れる呼吸。
(まさか……ボクも戦闘中毒に……)
予期せぬ事態を前にして、彼女は危機感を覚えた。




