可能性
天音は再び変身し、ブランクにスクリプトを書き込んだ。彼女が忍術を発動するや否や、彼女本人を含めた五人の忍者たちの負った傷は全て癒える。あらぬ方向へとへし折られていた愛海の四肢も、元通りの形状へと戻った。このスクリプトは、天音がタカシという少年に使っていたもので間違いないだろう。
天音は変身を解き、四人に提案する。
「……一旦、地下放水路に移動しよう。そこで今後のことについて、色々と話し合っておきたい」
異論を掲げる者はいない。守たちは首を縦に振り、彼女と共にその場を去った。
あれから約一時間後、彼らは地下放水路に到着した。源治の本性が世間に知れようものなら、彼は実力行使に出てしまう。ゆえに五人は、人目につかない場所に移動する必要があったのだ。
竜牙は言う。
「空蝉源治の念力にも、強弱の概念はある。現に、俺は奴の念力に、ある程度は抗うことが出来た」
あの時、彼一人だけは源治の念力に抵抗していた。何の忍術も使えない彼が、持ち前の筋力だけで念力を打ち消していたのだ。そんな彼の方へと目を向けつつ、愛海は深いため息をついた。
「はぁ……それがアタシたちにも出来たら、苦労なんかしないッスよ。そんな芸当は、馬鹿力のアンタか、超天才で顔も良くてスタイルも抜群で何もかもが完璧な天音様にしか出来ないッス!」
こんな状況でも、彼女の天音への忠誠心はとどまることを知らない。天音は苦笑いを浮かべ、その隣では柳が何か考え事をしている。
「柳ちゃん、どうしたんだい?」
天音は訊ねた。柳は上の空だったらしく、少し驚くような素振りを見せる。
彼女はすぐに天音の質問に答えた。
「実はこの前、竜牙との戦いで、守が気絶したんだ。そしたら守の巻物――オートパイロットが勝手に発動し、守の体を操り始めたんだ」
「なるほど……そんなことがあったんだね」
「竜牙は先ほど、源治の念力に抵抗することが理論上可能であることを示していた。もし守が自分の意思でオートパイロットを使いこなせるようになれば、あの念力にだって抗えるかも知れねぇ」
その可能性はゼロではない。忍者たちにはまだ希望が残されていたようだ。
天音は守の方へと目を遣り、彼に課題を与える。
「それじゃ、守くんには忍術を使いこなすための特訓をしてもらうね。一刻も早くオートパイロットを扱えるようになって欲しい……と、言いたいところだけど、あまり無理をしすぎてはいけないよ」
「はい、頑張ります!」
「うーん、心配だなぁ。キミは柳ちゃんに気に入られているし、キミ自身も柳ちゃんを尊敬しているのは明白だ。このことから、キミが無理な努力をしだすと止まらない性格をしていることが予想される」
鋭い洞察だ。自分の人間性を見透かされ、守は思わず無言になった。柳は彼の側まで歩み寄り、不器用な優しさを見せる。
「良いか、守。無茶をするのはオレ一人で良い。それはオレが好き好んでやっていることだ。お前はお前の命を優先しろ」
彼女はいささか無鉄砲な性分だが、それでも他人に無茶を強いることはない。無論、天音はそんな彼女のことも気にかけていた。
「守くんだけじゃないよ。誰だって、自分の命が一番大切だ。柳ちゃんも、逃げたい時は逃げたって良いんだからね?」
「逃げやしねぇよ。オレは相棒を失った。音楽も失った。そんな身で惨めに細々と生きるくらいなら、オレは死ぬ覚悟で戦い続ける!」
その曇りなき眼には、一切の迷いがない。すでに多くを失っている柳にとって、己の命など安いものだ。
天音はそんな彼女を説得する。
「……大切な人と、大切なもの。人が真にその大切さに気付くのは、いつだって失った後だ。くれぐれも、今ある手元にある幸せを失わないようにね」
「そんなものがどこにある……」
「キミには守くんがいる。正義も神も信じられなくなったキミが、唯一心から信じられる仲間がね」
その言葉は、柳の胸の奥深くまで沁み渡った。彼女は守の肩に手を置き、約束事を口にする。
「守……お前だけは、何があっても死なせやしねぇ。例え己の命に替えてでも、オレはお前を守り抜く」
相変わらず男気に満ちた女である。決意を胸に抱く彼女を横目に、天音は言った。
「ボクたちも、戦いに備えて忍者レベルを鍛えておかないとね」
この日を境に、五人の忍者たちは特訓に励むようになった。




