闘病
楓はすぐに手術を受けることとなった。彼女の容態を心配していた柳は、手術室の前に張り付いていた。それから約半日が経ち、彼女の目の前の扉が開かれる。
「楓さんの症状は無事に収まってきました。明日までには元気を取り戻すでしょう!」
楓の担当医の登場だ。柳は彼に礼を言う。
「ありがとうございます」
続いて、彼女は手術室の中に目を遣った。柳は楓と目が合い、互いに頬を綻ばせる。そして二人は、合言葉のような会話を交わした。
「楓、音楽とはなんだ?」
「感情の翻訳機だ。新曲の歌詞、早く完成させないとな」
「へへ……ALICE復活は目前だぜ」
両者ともに、音楽に人生を捧げてきた身だ。二人が喜びを分かち合う中、楓の担当医は言う。
「楓さんは一晩、安静にしないといけません。もう少しの間だけ、一人にしてあげてください」
楓の体調はまだ万全ではない。彼女は医者に連れられ、病室に入れられた。そんな彼女の後ろ姿を見送りつつ、柳は安堵に満ちたため息をついた。
その日の夜、柳の携帯電話に出動命令が届いた。何やら、楓のいる病院にアヤカシが出現したらしい。
「楓! 無事でいてくれ!」
柳はすぐに病院へと駆け付け、忍者に変身した。アームマスターから放たれる光弾は、溢れんばかりのアヤカシを一掃していく。そうして彼女は病院の奥へと突き進み、病院の最深部へと辿り着いた。
彼女の目の前には、左腕に蛇の刺青の入った大型のアヤカシがいた。
柳は目を疑った。何度目を向けても、アヤカシの姿は変わらない。その左腕に施された刺青は、彼女にとってよく見覚えのあるものだ。
「くそっ……遅かったか!」
もはや疑う余地はない。眼前の化け物は紛れもなく、かつて楓だったものだ。アヤカシは巨大な触手を伸ばし、柳に攻撃していく。
「やめろ、楓! オレのことがわからねぇのか⁉」
無論、アヤカシに柳のことがわかるはずなどない。柳の知るところの須藤楓は、もうこの世にはいないも同然だ。無限に生えてくる触手を撃ち落としていきつつ、柳は大声を張り上げる。
「音楽とはなんだ! 言え! 観客に勇気を与えたいって言ってたじゃねぇか! 新しい歌詞も考えてるって……!」
しかし楓の返事はない。アヤカシの体からは更に十本ほどの触手が生え、病院を破壊しながら柳の体を引っ叩いていく。
「このままじゃ……罪のない人々が殺されちまう……」
ついに意を決した柳は、アームマスターの銃口を前方へと突きつけた。無数の光弾が連射され、化け物の体を貫いていく。続いて、柳はアームマスターを無反動砲へと変形させ、今度は一回り大きな光弾を三発ほど発射した。三つの光弾は、アヤカシの体に追突すると同時に炸裂する。
アヤカシは爆炎に焼き払われ、その場で勢いよく爆ぜた。
柳の勝利だ。それは彼女にとって、敗北以上に虚しい勝利であった。彼女は変身を解き、病院を後にした。
翌日、柳は再び駅前で弾き語りをしていた。
「愛や歌が世界を救うなんて どこかの誰かが言っていた 不完全な今を守るだけで 誰もが精一杯だってのに 正義も神も同じだった 信じてたって報われない」
その歌声に聞き入る者はいても、彼女に近寄る者はいない。前日に相棒の死を迎えた柳は、この上なく陰鬱な雰囲気を醸している。この日、彼女のギターケースに金を投げ入れる者は一人も現れなかった。
(もう死んだんだな……ALICEは……)
青春を共にしてきた相棒は、もうこの世にはいない。柳は演奏を止め、虚ろな眼差しで空を仰いだ。
あれから二年間、柳は一人で音楽活動に専念してきた。ある日、彼女の体に異変が現れ始めた。柳が自らの症状に気づいたのは、彼女がいつものように路上でギターを弾いていた時のことである。突如、彼女の手足は震え始めた。この時、柳は恐怖も寒気も感じていない。彼女の中で込み上げていたものは、他ならぬ闘争心だ。
(戦いたい。命を懸けて、強い奴と……)
この症状は、彼女にとっては死活問題である。
(手が震えて……思うようにギターが弾けねぇ……)
音楽に人生を捧げてきた者にとって、それはあまりにも過酷な現実だった。柳はそれからも発作的な痙攣に悩まされ、音楽の道を断念した。




