純白の蹂躙
「さて、ユウ君に追いつかかなきゃだし、ぱぱっと終わらせますか」
地面に突き刺さった突撃槍を引き抜き、軽く伸びしながらニカはそう言い放つ。
3対2という不利な状況下での余裕な態度、軽い口調、重厚な全身鎧と重量武器。
その溢れんばかりの強キャラオーラにジンを含むヘルフレイムのメンバーは思わず慄いた。
「散開してメロアを狙え!奴さえ消えれば3対1!それに突撃槍は多人数相手にできねえから楽勝だ!」
それなりに場数を踏んできたジンは、以前瞬殺された事もあってか、なりふり構わず的確な指示を飛ばす。
ただ、その結果が上手くいくかはまた別である。
「こ、来ないでぇ・・・」
かつてニカに串刺しにされた☆さな姫★は、ミカエラが退場する光景を見てその時の記憶が蘇り、軽くパニックを起こしてジンの指示通りに動く事ができずにいた。
そして、ニカがその隙を逃す道理もなく、突撃槍を構えて数メートルの距離を駆ける。
ー ヒュゴォッ! ー
その勢いのまま、さな姫の胴体に大穴を穿たんと、槍先を前方へと突き出した。
ー ギィイイイン! ー
しかし、寸でのところで横入りしてきたコウキの手斧に槍の側面を弾かれて阻まれる。
「姫はやらせねえ!」
ー ヒュオッ! ー
武器同士の衝突の反動はハンドアックスの方が軽いようで、先に体勢を整えられたコウキがニカの首へと刃を振るう。
その攻撃をニカは体を捻る事で何とか避けたが、コウキは空振りの回転を利用して、勢いを増した一撃で今度は胴体を狙う。
ー ブオォン! ー
ー ガギィン! ー
ニカも引き戻した突撃槍で防いで難を逃れる。
再び両武器がぶつかり合い、火花のエフェクトが鮮やかに散る。
それを悠長に眺める間もなく、三度、四度とコウキは攻撃を畳み掛ける。
コウキの猛攻に対して、ニカは避け、あるいは武器で防ぐが反撃の隙がない為、防戦一方となった。
ー ギィン! ー
ー ヒュンッ! ー
「離れさえしなければ、お前なんてどうって事ねえよ!」
コウキはニカの武器と距離に注意を払いつつ、猛攻を続ける。
PAOには疲労ゲージが存在しない為、プレイヤーの精神的疲労や集中力が途切れない限り、延々とベストパフォーマンスを継続させる事が可能である。
特に、黒騎士を討ち取れる現状において、コウキは精神的にもハイになっており、精神的疲労による攻撃の中断は望めない。
更に彼にはもう1つハイになる要因があった。
それは☆さな姫★の存在である。
実はコウキは彼女に恋愛感情を抱いていた。
ただ、彼女の好意がジンに向けられている事も知っており、(☆さな姫★との繋がりを保つ為に)クランが解散しないよう表面上は仲良く調子良く振舞っていたが、内心はジンに対する嫉妬や、表立ってアプローチできないストレス等で、常日頃モヤモヤを燻らせていた。
その燻りが今、腫れようとしている。
メロア達との受け答えでジンは醜態を晒した。
ジンの指示よりも自分の感情を優先して動いた結果、黒騎士の一撃を防ぎ、☆さな姫★の危機を救った。
そして今、黒騎士を圧倒している。
更にその姿をトラウマから回復した☆さな姫★に見られている。
「コウキ、ガンバッ!黒騎士なんてやっちゃえ!」
しかも応援付きで。
(これって大逆転じゃね?)
戦闘の最中、コウキの中にある別の感情が膨れ上がる。
ジンは実力があるが横暴で、今回は役に立ってない。
俺は既に黒騎士から姫を守った。
そして、更にこのまま黒騎士を倒せば?
(ジンより上になるし、姫だって・・・!)
俺の事を意識すんじゃね?
「オラ!さっさと諦めろ!」
ー ビュオン! ー
ー ヒュゴゥ! ー
ー ガギィッ! ー
ー ヒュン! ー
自分に都合の良い未来を思い描いた瞬間から、コウキの攻撃は苛烈さを増す。
彼のスキル、『処刑人の流儀』を伴った攻撃を首に。
一撃さえヒットすれば。
黒騎士を倒せる。
一撃さえ。
黒騎士を討つ未来は非現実的ではない。
もう少し、あと少しで叶う未来である。
だからこそ、コウキは懸命に無我夢中で武器を振るう。
焦りと油断という毒に侵されている事を気付かないまま。
「もう少しでぇ!」
首への一撃が欲しい。
無意識のうちに首を狙った攻撃が多くなる。
もう少しで届く。
勝利に焦り、攻撃が大振りになる。
一撃さえ当てれば。
その思考が頭を支配し、追い込んでいる実感が油断となって警戒が散漫になる。
結果。
ー ブォオオオン! ー
当たれば必殺になるであろう大振りの一撃を、狙われて避けられた。
ー ヒュオッ! ー
「!?」
ー ドガァ! ー
「ぐっ!?」
更に、空振った勢いを利用した回転攻撃も読まれており、回転中に発生する隙を突かれて蹴り飛ばされる。
ー ガシャガシャガシャ! ー
回転の勢いも相まって、防具のけたたましい音を伴いながらコウキは数メートル転がる。
その間にニカは大きく後退し、コウキが起き上がって慌てて体勢を整えた時には、両者の距離は50メートルを超えていた。
「ちっ・・・まあ、面倒くせえが問題ねえ」
コウキは距離を取られた事に舌打ちするが、まだ余裕が残っていた。
「一撃を防いでカウンターすれば良いだけだ」
☆さな姫★へのニカの突撃。
あの一撃をコウキが防いだのは実は偶然ではなかった。
コウキは元高校球児。
今でも草野球やバッティングセンターに通っており、打席の勘は鈍っていない。
つまり、ニカの突撃が見えており、反応出来ていたのだ。
(来いよ、また防いで逆に首を落としてやる)
気分は2アウト満塁でサヨナラホームランを狙うバッター。
特等席である後方から☆さな姫★が熱い視線と声援を送ってくる。
(今日は最高の日だぜ!)
既に勝利を確信しているコウキの心は久々に晴れやかであった。
一方、コウキから距離を取ったニカは『武装解除』を行う。
メニューウインドを開く以上、隙が生じてしまう為、戦闘中において多くのプレイヤーは躊躇するが、彼女は慣れた手付きで素早く解除する。
(今度は防げないよ)
ニカもまたコウキが自分の突撃を防いだ事を偶然だと捉えていなかった。
というより、彼女もユウと同じく獣皇女と時折、地獄のような特訓をしており、突撃を防がれる事は普通であると体で覚えさせられていたのだ。
それ故に、突撃を防がれた後の近接戦闘、距離の取り方やタイミング等も叩き込まれていた。
(最初はユウ君の前でお披露目したかったけど)
武器以外の装備を解除したニカは一旦、無装備状態であるタンクトップとショートパンツ姿になる。
素顔も露になり、『ニカ』のPNが頭上に表示される。
黒騎士の正体がバレてしまうが、最近では人前でも普通にPNで呼び合っているので今更なところはある。
無防備な姿も束の間、防具を再装備していく。
ただし、先程までの黒鎧ではなく、新しい鎧を。
大振りの篭手と左だけの肩鎧。
スマートな胴鎧にショートパンツを覆う程度のミニスカート型の腰鎧。
膝より下を守る脚鎧。
そして、猫耳を模した装飾が施され鼻から下が露出しているベネチアンマスク風の兜。
新装備の姿は、重厚な黒鎧と対照的な軽装鎧であり、色も軽やかな純白であった。
猫耳装飾を含め、見た目重視のネタ装備と思われそうだが、鎧が放つ純白の輝きは、雪豹のような強靭さとチーターのような俊敏さを併せ持つ豹型のレアモンスター『雪幻豹ユラ』を討伐して素材にした証であり、更に隠れ鍛冶屋『フブキ』が魂を込めて作製した鎧である為、ネタどころか超一級品である。
なお、見た目通り黒鎧より防御力は格段に落ちる。
ただし、それ以上の凄まじい恩恵をニカは受けている。
「装備を変更してんのか?」
コウキは武器を構え、数十メートル先で何かしている黒騎士を訝しげにみる。
頭上のPN表示が変化したような気がするが、距離がある為ボヤけて確認出来ない。
程なくして、黒騎士だったものが真逆といえる白鎧に換装した事を視認する。
「黒、いや、白騎士・・・ふうん。まあどっちでも良い。多少変わったところで、結果は変わらねえ事を分からせてやる」
重厚な黒鎧よりも軽快そうな白鎧姿を見て、十中八九、突進速度をあげるつもりなのだろうと判断したコウキは意気揚々と独りごちる。
確かに装備で敏捷性は多少変わる。
そう、僅かな差である。
ならば問題ない。
黒騎士の突撃は十分反応出来ていた。
それより多少速くなっても自分にとっては誤差の範囲内だ。
自信満々のコウキは、黒騎士もとい白騎士の突撃を今か今かと待ち侘びた。
そして、その時が訪れる。
ー キラッ ー
突撃槍を構え、突撃の体勢をとった事で純白の鎧が日の光を反射し煌めく。
ー グシャァ! ー
ー ドン! ー
「がぁっ!?」
「きゃーー」
コウキが純白の瞬きを認めたとほぼ同時に、凄まじい勢いで後方へ突き飛ばされた。
更に、背中に何かが衝突する感覚と、女性の引きつった声が耳元で聞こえた気がしてーー
ー ドォオオオオオオン! ー
ー ガシャァアアア! ー
一瞬の間を置いて、耳をつんざくような轟音と衝撃波、そして、防具同士の衝突音がコウキ達を追いかけてきた。
(???)
一瞬でHPバーが消滅したコウキは、状況を理解出来ないまま光の粒子となって戦場から消える。
また、同じくして、彼のすぐ背後からも、かつて☆さな姫★であった光の粒子が儚く消えていった。
2人がリタイアした後、その場に1人残されたのは、音速の壁を超えた突撃で、コウキと☆さな姫★を同時に串刺しにした白騎士であった。




