混迷する村
「フハ、フハハハハ、ハハハハハハ!」
激昂の最中、ドリューは狂ったように嘲笑う。
その目は怒りに満ち溢れていた。
「覚悟!?我輩に何を覚悟せよというのだ!契約者といえ人間ごとき1匹増えたところで、神選獣たる我輩に勝とうなど片腹痛いわ!」
ー ガォオオオオオン! ー
暴食公が雄叫びを上げると、HPバーが減少し、代わりに切断された尾先の毒針が再生される。
プライドが高いドリューはニカにダメージを負わされた事や、彼女の発言が許せなかったらしく、標的をニカに切り替えて怒りのまま猛攻を仕掛けた。
ー ブォン! ズガガガガ!ー
ー ビュオ!ズォン! ー
前足の鋭利な爪で地面を切り裂き、尾の鋭い毒針で民家の壁に大穴を穿つ。
怒りで若干動作が大振りになっているものの、その攻撃は鋭く重い。
その威力は、ユウ達と同レベル帯のプレイヤーが装備している一般的な防具であれば、装備ごとHPバーが消し飛び、ユウやニカの黒鎧でも大ダメージは必至であった。
しかし、ニカには当たらない。
「わっ、わわっ」
ー ヒュッ ー
ー タンッ ー
焦った声を出しながらも、彼女はステップを踏んでドリューの連撃を避け続けていた。
回避動作には一角獣の乙女騎士が適用されないので、彼女は実力で避けている事になる。
レベルアップで得たステータスポイントを筋力と敏捷性に重点を置いて振り分けた賜物だろう。
ドリューの攻撃を斜め後ろに大きくバックステップして避けたニカは、お返しとばかりに攻撃後の右前足目掛けて突撃した。
ー ズガガッ! ー
強靭な筋肉によって貫く事はできないものの、表面を抉るように突撃槍を突き通す。
「グッ」
ドリューが顔をしかめ、振り払うように左の前足で薙いだが、既にニカは攻撃範囲から離脱していた。
与えたダメージは村外からの突撃時とは比べるまでもないが、それでも僅かにドリューのHPバーは削られる。
「凄い・・・」
ユウはその攻防に圧倒されながらも、隙をついて回復薬を取り出しHPバーを回復させると、すぐにニカの援護に向かった。
「はあっ!」
ー ズシャッ! ー
ドリューが彼女に気を取られている間に、ユウは側面から脇腹を斬りつける。
「ぐっ。虫けらが!」
鬱陶しそうに歪めた顔をユウへと向けるが、今度はニカが側面を狙って突進する。
ー ザシャ! ー
「っ!この!」
ユウへの攻撃を中断し、ドリューは再びニカへと憎悪の意識を向けた。
「調子に乗るなぁあああ!」
ドリューは更に怒りをヒートアップさせ、ニカ達への攻撃を激化させる。
2人は攻撃を避け、隙をみては反撃し、あるいは意識を向けさせるよう陽動して翻弄し、僅かずつであるが着実にドリューのHPバーを蝕んでいった。
一見すれば互角に渡り合っているようにもみえるが、攻撃を捌く2人の表情には一切の余裕がない。
ユウ達が一度の攻撃でドリューに与えられるダメージは微々たるものであるのに対し、逆にドリューの攻撃がまともに当たれば一撃でHPバーの大部分が消し飛ぶのだ。
それでもユウ達は実力以上の力を出して、攻撃の暴風に抗い奮闘した。
しかし、彼らの苦難は続く。
ニカが参戦してから数十分経過した頃、突如として村全体に霧が薄くかかり始めたのだ。
ー ブォン! ー
ー ガシュッ! ー
「っ!」
霧により視界が悪く、また、集中力が低下してきた事もあり、 ドリューの攻撃を避けきる事ができなくなり、次第に爪や牙、尻尾が掠り始める。
ドリューのHPバーはまだ8割程あるのに対し、ユウ達は掠りでの少ダメージが蓄積し、やがて大ダメージ並にHPバーを脅かした。
その度に、隙をみてはポーションで回復していたが、いよいよ手持ちのポーションが底を尽きかけてきた。
霧は一向に晴れず、されど薄いままであり、ドリューの攻撃動作が見えるのはありがたいが、出口のないトンネルを駆けているようで息苦しい。
霧に溺れる感覚に陥りかけたその時、ユウ達やドリューでない第三者の声が響いた。
「ヒィヒヒヒヒ。下品な獣の怒号が聞こえたから興味本位で来てみれば・・・苦戦しているようじゃないか。ねぇ、ドリュー」
ー トン ー
ー トン ー
老婆の声で揶揄するその者はゆっくりと霧の中から姿を現す。
「っ!う、うるさい。苦戦などしとらん。吾輩を侮辱するか?『ギュイ』」
それまで怒りで冷静さが欠けていたドリューは我を取り戻し、バツが悪そうに反論した。
ギュイと呼ばれたモンスターは、一見すると水牛のようであり、巨大な角が重いのか頭を地面に垂らしていた。
また、頭頂部の毛が長く垂れ下がっており、俯いている事も相まってその顔は見れず不気味である。
「ヒィヒ。怖い怖い。暴食公を揶揄うのも命懸けじゃて」
「心にもない事を」
ドリューはギュイに意識を向け攻撃の手を緩めたが、ユウ達は新たな存在も警戒しなければならず、息つく余裕もなかった。
「さて、な。それよりもそろそろ会合の時間じゃ。いつまでも油を売っとらんと行くぞえ。ここの人間どもは気まぐれで見逃してやったらどうじゃ」
だが、そんなユウ達の憂いを他所に、ギュイは戦闘に乗り気でなく予想外の提案をする。
「いや、逃しはせん。それに、こやつらがただの人間ならば吾輩も慈悲をかけて、一口で食してやっていた。
だが、こやつらは駄目だ。吾輩を侮辱した。そして何よりこやつらは『火竜姫』と『獣皇女』の契約者だ」
「・・・っ!あの小娘達の・・・!」
しかし、ドリューの言葉を聞いた途端、ギュイの雰囲気がガラリと変わった。
「ドリュー、悪いけどこいつらはいただくよ。あの小娘達の契約者なら話は別さね。あいつらには痛い目にあってもらわないと。・・・本当ならお前さん達をめいいっぱい痛めつけてやりたいが・・・時間がなくて幸運だねえ。一瞬で楽にしてやるよぉ」
言い終わらないうちからギュイの殺気が満ち溢れ、ゲームだというのにユウは寒気を感じた。
傍にいるニカに目をやると、殺気に当てられたのか、微かに震えている。
ドリューは譲る気なのか、ギュイやユウ達から1歩距離を置き、別方向を向いていた。
ギュイが顔を上げるにつれて寒気が強くなる。
ー 顔を、眼を見てはいけない ー
直感が警鐘を鳴らすが、何故か顔を背ける事が出来ない。
「ヒッヒ。私の邪眼に魅入られたようだねぇ」
(邪眼!?)
悪い予感しかしない単語が聞こえ、ユウは顔を背けようと抵抗しようとするが、金縛りにあったかのように動かない。
2人は抵抗する事も出来ないまま、ギュイが顔を上げその邪眼を晒すのを待つ他なかった。
しかし、戦況はまたもや急変する。
ギュイが面を上げきる寸前、長い毛の間から赤い光が一瞬だけ見えたその時。
ー ズドォオオオオオオオン!!! ー
突然、ユウ達の眼前で凄まじい爆音が鳴り響き、直後、辺り一面に砂塵が吹き荒れた。
ー ゴォウ! ー
正体不明の衝撃に煽られて、ユウ達は為す術もなく転倒する。
「な、何なんだ・・・えっ?」
砂塵が治まり、先程までとは打って変わって静寂に支配される中、恐る恐る立ち上がったユウが目にしたのは、頭部を地面にめり込ませ、突っ伏しているギュイと、その頭の上で優雅に佇む、ユウにとっては麗しの姫君、火竜姫リングレットであった。




