一角獣の乙女騎士
ー PAOには国造りシステムなるものがあり、国を持てば一国の王となる事ができる ー
という漠然とした説明文の下に、ネットの掲示板には国を造る条件がいくつも記載されていた。
中にはデマらしき情報も混ざっているが、国を造りる方法は少なくとも3パターンはあるらしい。
大和はログアウトした後、ネットで国造りシステムについて調べながら、ニカとの行動を思い返していた。
同盟を結んだ後、ユウとニカはお互いのステータスやスキル確認の為、行動を共にしてレベリングおよび、次の街へ足を運ぶ事にした。
ちなみにリンやエルは用事があるという事で既に別れている。
特殊なモンスターの用事とはどんなものか気になるが、まずはニカとの交流である。
また、ユウ自身もニカの戦いに興味があった。
何せ一度、誤りとはいえ初心者狩りを倒した時に、ニカに倒されたのだ。
大きな衝撃と共に、突撃槍が自身の身体に突き刺さっている光景は衝撃的であり、初死という事もあってユウの記憶に深々と刻まれている。
恐らく彼女のスキルによるものだと思うが、自分がどう倒されたのか知りたいユウにとって、ニカの戦いを見る絶好の機会であった。
森から始まりの街へ戻ったユウとニカは、再び冒険へ出る準備を行い、次の街へと続く草原に向かう。
2人の装備は似ており、皮鎧をメインとしたレベル相応の出で立ちであった。
聞けばニカも同レベルであり、先のイベントにもユウと同じ鬼族側として参加していたらしい。
報酬もほぼ同じで、幾つかの玉鋼と正体隠しのお面であった。
ニカが担当したエリアは僻地であり、桃太郎とは遭遇しなかったらしい。
また、お互いのスキルについても教え合った。
本来であれば、VR含めMMO全般において、自身や他人のスキルを確認する事は争いの種となる可能性がある為、推奨されない行為だったが2人ともMMO初心者だった事が幸いし、凝りを生む事なくキャッキャウフフと情報開示したのであった。
ユウとニカは特に苦戦する事なく、襲いくるモンスターを次々と屠り次の街を目指す。
2人のレベルとモンスターの強さとが釣り合っていない為、まだまだレベルアップする気配がしない。
(もう始まりの街のフィールドじゃ満足できなくなっているな)
ユウが次の街へ移動する重要性を改めて認識した時である。
ー グォオオオオ!! ー
聞いた事のない大きな咆哮が辺り一面に響き渡った。
2人が反射的に声がした方を向くと、そこには黒い鎧を纏った巨大なサイ型モンスターがいた。
皮膚が黒鎧と一体化したそのモンスターは、現実にいるサイよりも重厚さが増し、まるで要塞のようである。
モンスター名もまんま『ヨウサイ』であった。
「希少モンスター・・・なのかな?」
「ああ・・・たぶん」
突然の出現で2人が唖然としているのを余所に、ヨウサイはユウ達目掛けて、一歩二歩と徐々に速度を上げながら突進攻撃を仕掛けてきた。
「動く要塞かよ!」
悪態をつきながら2人は左右に別れる。
全身鎧が原因か、幸いにもヨウサイの動きは早くはなく、距離があったユウ達は余裕を以て避ける事ができた。
ヨウサイは2人の間を通過し、少し距離の離れたところで停止し、再び彼らの方へと方向転換しようとする。
その動きも緩慢なので、ユウとニカは余裕でヨウサイに接近でき、2人同時に左右から片手剣で斬りつけた。
ー ギィイイイイイイイン! ー
しかし、ユウの斬撃はいつぞやの綿羊とは違う純粋な鎧の防御力で止められた。
ニカの方を見ると、同じように斬撃を弾かれたらしく、既にヨウサイから距離をとっており、反撃を警戒していた。
ユウも反撃を警戒しながら距離をとり、再び2人は合流して相談する。
「普通の攻撃じゃダメージが入らないな」
「動きはゆっくりだけど防御力はすごい高いね」
「あと、たぶん攻撃力もな。あの突進攻撃をまともに受けたら一撃でやられそうだ」
こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は即死級。
状況としてはピンチなのだが、2人に焦りはない。
何故なら2人は打開策を持っているから。
「元々見せ合う予定だったし、そろそろ使おうか」
「そうだね。このままだと使わず仕舞いで次の街に着きそうだったし。それにーー」
「使う相手として申し分ないなーー」
何がとは言わずとも、2人は理解しており、その準備を行う。
ユウは片手剣を腰に納め、ニカは携帯用のアイテムボックスを用いて武器の変更を行う。
彼女は目立ちたくないとの理由で普段は片手剣を使用してカモフラージュしている。
しかし、片手剣では彼女の力は活かせない。
その為、ニカはスキルを使用する時のみ本命武器を持つ。
今がその時。
ヨウサイの突進攻撃を、今度は同じ方向に軽やかに2人は避ける。
攻撃をかわされたヨウサイは、先程と全く同じ動作を行った。
「火竜の右手!」
しかし、プレイヤー側は違う。
ユウはスキルを発動しながら接近し、赤い粒子の煌めきを纏った右手で、ヨウサイの横っ腹を大きく引き裂いた。
灼熱を宿した右手によって、黒鎧は内部の肉ごとバターのように溶け抉られる。
ー !!?グォガ!!アア!?? ー
ヨウサイは苦悶の雄叫びを上げ、HPバーを3分の1程減少させた。
(やっぱり防御力に頼りっきりでHPも少なーー!?)
ー ドンッ! ー
手応えを感じたユウがほくそ笑み、モンスターの特性を分析しようとした瞬間、身体を大きく揺らしたヨウサイの黒鎧に勢いよくぶつかり、まるでトラックに跳ね飛ばされたように宙を舞って地面へと落ちる。
即死まではいかないものの大ダメージを受けたユウは慌ててHP回復用のポーションを口にした。
もはやスキルといわんばかりの締まりのなさを発揮する彼の真横を、一筋の流星が駆け抜けていく。
本命武器である突撃槍に換装したニカであった。
その突進力と威力は凄まじく、瞬く間にヨウサイに迫り、ユウが抉り開けた傷口へ、槍を根元まで突き込んだ。
ー グァアアアアアアアアアアアア!!! ー
秒速でHPバーが消滅し、子どもならトラウマ確実である迫力のある断末魔を上げて、ヨウサイは光の粒子となって消し飛んだ。
(年齢指定ゲームで良かった・・・)
その光景が若干のトラウマになりかけたユウは現実逃避し、子ども達の未来を守る開発陣の配慮に感謝する。
(それにしても、これがニカさんの力か)
呑気にこちらへと手を振るニカへ、ユウも手を振り返しながら、改めて彼女のスキルに戦慄する。
ニカのスキルは【一角獣の乙女騎士】。
効果は突進攻撃時の速度と威力が倍増するというものである。
ただ、先程のオーバーキルを見る限り、威力倍増はただの2倍どころではないらしい。
条件は分からないが、際限なく倍々で跳ね上がる可能性がありそうだ。
更に恐ろしいのは、使用に時間制限がない事であった。
槍のような刺突武器の使用時にしか効果は出ないが、逆にいえば対象の武器を持っているだけで、自由にスキルを行使できるのだ。
(こんなホワホワぽわぽわな娘が・・・。いや、むしろ欲がなさそうだからこそ、強力なスキルを与えられたのかな?物欲センサーとかってよく言うし)
ユウは鼻歌を口ずさみながらご機嫌に隣を歩くニカに、トラウマを負った心を癒されながら次の街へと足を踏み入れた。
第2の街は始まりの街と同じ西洋風の街並みだが、その規模はそれとの比ではない。
様々な建物、施設、エリアが建ち並び、街を見て回るだけでも1日かかりそうであった。
フィールドへと繋がる門は、草原へ向かう門も含め4つあり、街の東西南北に構えられている。
いうなれば、始まりの街から第2の街まではプレイヤーの練習場であり、ここからが冒険の本番である。
街や新しいフィールドの散策は明日以降にする事にして、ユウ達はフレンド登録だけ行って今日は解散した。
そして、現在。
国造りシステムについて調べ終えた大和は布団に入って眠る準備をする。
「そういえば、剣術の練習してなかったな」
明日から練習を始めよう。
他にも国造りや冒険やレベリングなど、やらないといけない事がたくさんだ。
思った以上にPAOにハマっている大和は、心地よい倦怠感と共に眠りについた。