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先代勇者は毒竜を慰めたい

 これは二百年前の話だ。

 魔王城の裏手には深い森が広がっている。竜巡りを終えた白の勇者と黒の英雄はいよいよ魔王を倒すということになって、この森に入っていた。

 城の入り口は開放されている。近くにある魔族の村は好意的で、物資の補給も問題なく行える。しかし、念には念を入れて楽をするユーツァは、正面突破という愚策は選ばなかったのである。彼の盗賊としての技術とマチノの怪力が合わされば、奇襲の方がずっと成功する。そう考えた。よって、裏手に回り、侵入経路を調査することにしたのであった。

 一つ誤算だったのは、この森には魔力を奪い去る特殊な毒を生成する生き物が住んでいるということだった。

「……なにあれ」

「知らねェよ」

 森のマッピング作業をしている最中、人の身長ほどの小さな崖を発見し、その下を覗きこんだときのこと。二人は青紫色の巨体を発見してしまった。

 それは全身が粘液で覆われており、巨大な両生類に見えた。例えるなら、蛙だろうか。体長に見合う長さの尾が生えていることや、口が大きく裂けて体の半分まで開くことや、皮膚表面には無数の目がびっしりと存在し、四方八方に視線を送っていること、そして甘い香りを放っていることを除けば。

 甘い香りは花に似ている。しかし、吸い込む毎に目眩がし、胸が痛む。これは何かしらの毒だろうとユーツァは判断した。気体状の毒の恐ろしさは木竜のところで嫌というほど味わっている。

 あれには触れないでいようと決め、立ち上がったときだ。うっかり、マチノがユーツァの背にぶつかった。それは全くの偶然で、ちょっとしたミスだったのだが。

「おまえぇえええ!?」

「やっべェ……」

 足を滑らせたユーツァが崖下へと転がり落ちていった。

 マチノは数秒間それを眺めた後、笑いながら追いかけた。

 さて、毒を撒き散らす化け物達の目の前に、二人は躍り出たわけであるが。

「人間……」

「初めて見た……」

 目の前の化け物と、その影に隠れていた子供が、呆けた顔で二人を見ている。完全に見つかっている。完全にヤバい。

 ユーツァとマチノは全く同じタイミングで判断し、行動した。

「敵意は無いです!」

「しゃーねェなヤるか!」

 ユーツァが聖剣を捨て、マチノが大斧を構える。瞬間、ユーツァがマチノの武器を蹴り落とした。

「戦うのは最低限にしません!?」

「先手必勝だろォが!!」

 そして勇者と英雄の喧嘩が始まった。



「あはははは! わーい!」

「暴れんなー」

 マチノに肩車されているのは、魔族の少女だ。高いところの木の実を取っては投げて遊んでいる。

 彼女は家を抜け出して、ひっそりとこの森に遊びに来ては巨大な化け物と会っているらしい。今日もいつものように遊んでいたところ、ユーツァとマチノがやってきたのだという。目の前で愉快な喧嘩を始めた二人を見て、大笑いしながらその旨を話してくれた。そしてお兄さん達も遊ぼうと誘われ、今に至る。

 魔王城の近くなのだから、魔族がいてもおかしくはない。彼らは人里を追いやられ、危険な地に住まざるをえないのだから。それ故に魔王城の近くに村があり、それ故に魔族の王が魔王であると誤解されているのだから。

「だ、大丈夫? 具合悪くなったら言ってね? 木竜の枝、僕、まだ持ってるから」

「はは。まあ、何とか大丈夫……」

 一方、顔色の悪いユーツァから少し離れた場所で、不安げなのだろう顔をしている異形の男は、先程見た巨大な化け物である。本人いわく聖竜の一体であるらしいこの男は、あのままでは話しにくいからと、他の竜達と同じく人間に変身してみせた。どうやら、敵意は無いらしい。

 しかし彼は変身が苦手であるのか、身体中にある大量の目と皮膚を覆う粘液はそのままであるし、肌の色も鮮やかな青紫色で、何より魔力を奪う毒の分泌は多少収まったものの、目から滲み出る涙という形で滴っている。正直竜の姿よりも怖い。

 それに毒の説明も、木竜の枝を使うという毒の解決策も、毒竜自身から提示されたものだ。ユーツァは彼を信用していなかった。マチノはすっかり気を許しているようだが。

「……で? 伝説の話だけどさ、聖竜は全部で地、水、火、金、木の五体らしいけど。アンタは?」

「え、僕? んーと、えっと……予備、かなぁ。あっ、毒竜だよ」

「予備?」

「僕もね、わかんない……」

 しゅん、と毒竜は悲しげに俯いた。俯いたが、身体中に目があるので目線が合わないということはない。

「でも、僕、ここに生まれてから、ずっと、ずっと……一番近くで、魔王を見てきたよ。他の皆は勇者さんのお友達だから、多分、僕は……魔王の、友達、だと思う」

 魔王の友達。その言葉に、ユーツァは思考を巡らせる。

 聖竜は全て、女神が地上に遣わしたという。そして女神は勇者に……人間に聖剣を通じて力を貸している。その女神が、魔王にも竜という形で力を貸している?

 釈然としないものがあった。

 情報を集めるため、勇者は訊ねる。

「……魔王って、どんなやつ?」

「えへへ。ナイショ」

「えー? ちょっとくらい良いだろ?」

「勇者さんには、教えられないよ」

 毒竜は目を細める。きっと微笑んでいるのだろう。

 ユーツァもまたにっこりと笑って誤魔化した。

「まっさかー、俺はただの冒険者だぜ?」

「あ、聖剣の力、わかるんだ……ごめんね。聖竜だもん。だから、それはわかっちゃった」

「あー……」

 どうやら、初めから勇者であるとはバレていたらしい。どうしようか、これが敵になったら面倒だ、と思いながら再び訊ねる。

「……邪魔する?」

「ううん。それが運命だから」

「そう」

「うん。何回も見てきたから。大丈夫」

 運命だから。どういうことかはわからなかったが、魔王討伐を邪魔しないならそれでいい。仕事は素早く終わらせなければならないものなんだから。

「……」

 そこで、マチノから降りた少女が毒竜の腰に飛び付いた。

「ねーえー! 竜さん! 皆であそこ行こう!」

「わあ、いいね。案内しよっか」

 毒竜は優しく少女の頭を撫でる。少女は嬉しそうに笑っている。彼女には、毒竜の外見に対する嫌悪がないらしい。

 少女はユーツァとマチノに向き直る。

「あのねあのね! すっごく綺麗なところあるんだよ! すっごく好きなの! お気に入りのところ! キラキラしててね、さらさらでね。えーと……連れてったげる!」

 どうやら、お気に入りの場所を教えてくれるそうだ。森の中の調査の一環と考え、ユーツァはありがとうと答えた。

「枝、大丈夫かなぁ……」

「あっ、私取ってくるよ。いっぱいあったらいっぱい一緒に居れるもんね!」

 毒竜が懸念を口にする。少女は返事を聞かずに飛び出した。

 ユーツァが訊く。

「……枝って木竜の?」

「うん。僕の寝床に、まだ、何個かあるから……」

「俺も取りに行くよ。寝床ってあっち?」

 木竜の枝は、強力な回復術が込められている枝である。この機会に手に入れられたなら喜ばしいことだ。毒竜と会話するために何個か消費してしまうのは痛手なのだから。

 ユーツァは少女を追いかける。背中はとうに見えなくなっていたが、あの調子だと一直線に進んでいるはずだと予想した。

 予想通り、ユーツァは洞穴と少女の後ろ姿を見つける。

「えっとえっと、どうしよ……」

「俺の鞄使うか?」

 少女は両手いっぱいに白い枝を抱えている。より沢山持っていこうとして、そうすると重いことに気が付いて、悩んでいるようだ。そこへ、ユーツァは自分の鞄を差し出した。

「あっ、ありがとう……」



 少女の案内で森を歩く。そのうち、ごうごうと音が聞こえてきた。水の音だ。湿気を含んだ冷たい風も吹いており、ユーツァはこの先にあるであろうものの名を言った。

「……滝?」

「あー! 言っちゃった!」

 ユーツァが言うと、少女が大声で非難した。

「見てビックリしてほしかったのにー!」

「いや、音でわかるって」

 少女はユーツァの背をポカポカと殴る。驚くほどに痛くない。手加減しているというよりは、鍛えているユーツァと比べて彼女があまりに非力なのだろう。

 マチノが笑う。

「こいつ耳良いんだよ。隣の部屋で小銭が落ちる音がわかる奴だからな」

「俺がいつそんなことしたよ」

「キリュの宿で言ってたろ」

「んなわけ……あったな。よく覚えてるなお前」

 一月以上前の話だ。しかも、泊まった宿の壁が薄かっただけの話である。

「お兄さん達、どこから来たの?」

「俺はトーカってとこから……マチノお前どこ?」

「俺とユーツァが最初に会ったのがそこ。一緒に旅するようになったのがミナだな」

「……旅ってか、命狙われ始めたのがそっからっつーか」

「今は協力関係だろォ?」

「そりゃあ対立する意味が全然無かったからな!」

 過去の遺恨が掘り返されそうになるのを、少女が遮る。

「それ、遠い?」

「めっちゃくちゃに遠い」

「海も山も越えまくったもんな」

 その疑問に、ユーツァとマチノはすぐさま答えた。本当に長旅だったのだ。先代である獣の勇者は人間離れした身体能力によって軽々と越えたらしいが、ユーツァとマチノにとっては険しすぎる道のりであった。

 数々の苦難を思い出し苦い顔をする二人をよそに、少女は目を輝かせる。

「海! おっきい川って聞いたよ!」

「おっ。賢いねェ嬢ちゃん。世界中の川が流れ込んで一つに溜まったのが海だ」

 応えたのはマチノだ。

「そうなんだ! えっ、じゃあ溢れちゃわない?」

「水溜まりって晴れたら消えるだろ? 消えるのと同じ分水が入ってんの」

「へー、すごーい! あっ、じゃあ、消えた水ってどこに行くの?」

「女神様が飲んでるんだとさ」

「すっごく沢山飲むんだ、女神様!」

 自信満々にすらすらと答えるマチノに、少女のみならずユーツァも感心する。

「お前凄いな……」

「意外だろォ?」

 話の内容はともかく、子供相手に淀みなく答える度胸が凄いのである。



 四人は滝の前に出た。想像していたよりずっと大きく、光が射して美しい場所であった。流れる川は透き通っており、泳ぐ魚の姿が見える。毒竜が覗き混んだら小魚が浮いたため、彼は慌てて水から離れたが。

 この川は近くの村の飲料水になっているのではないか? ユーツァは最悪の事態を考えたが、長年この森に住んでいるようなので気にしないことにした。

「ね! 綺麗でしょ? ここ、私一番好き!」

「すげェな……教えてくれてありがとよ」

 マチノが少女の頭を撫でる。少女は嬉しそうに笑った。

 滝の裏側に入るのが楽しいのだと、少女は浅瀬を歩いていく。危ないぞ、と声をかけたのはマチノだ。言うと同時に少女は転んで川に落ちた。それをマチノが慌てて引き上げる。

「だから言ったろーが、あぶねェって!」

「えへへ、やっちゃった」

 マチノにしがみついたまま、彼女は反省した様子のない笑顔を見せている。こつん、と本当に軽く額を小突かれてまた笑う。

 少女は言った。

「あのね。私ね、ええと……運命の人を待ってるの。だってね、運命の人がね、私を迎えに来てくれるって。お父さんが言ってた」

 近くの村の風習だろうか。

「……お兄さんのどっちかが、運命の人だったら良いなぁ」

 希望に満ちた声で言う。

「えへへ。なんてね!」

 言って、少女は笑う。

 ユーツァは笑顔のまま、言葉を失っていた。何と言えばいいのかが思い付かなかった。こういうときは何か言わなければいけないという焦燥感が胸にあって、しかし何かがわからない。

「嬢ちゃんの十年後に期待してるぜ」

 そう言って助け船を出したのはマチノだった。そう言えば良いのかと、再び感心した。



 視点を現代に戻そう。

 夜。ユーツァは魔王城の裏手にある森で、毒竜と再会していた。ランプの灯りに照らされながら、木竜の枝によって彼の毒による苦痛を癒しつつ、思い出話と、今期の勇者が会いに来る可能性についてを話していた。

 今期の魔王について、ユーツァは何も聞き出せずにいる。代わりにマチノが魔王城に行っていた。手土産を持って。どうせユーツァは話題にも出せないし、魔王城に入ることもできないだろうと判断してのことだった。ユーツァは否定しきれなかった。

「勇者さんと会うなんて滅多にないのに……ど、どうしよう、緊張する……怖い……」

「まあ大丈夫だって! ちょーっと血をあげりゃあいいだけだからさ!」

「ね、粘液じゃ、駄目かな……痛いの怖い……」

「それは試してみないとわかんないけど」

 怖じ気づく毒竜を励ます。毒竜は普通では相対することすらできない、伝説にも忘れられた存在である。前に立つだけで身が蝕まれ、呼吸一つで死を招く毒の竜なのだから。よってほとんどの生き物に触れられず、近寄れず、対話もほとんど行えない生活を何千年と続けることになり、自分に自信のない性格が完成してしまった。

 そこに、偶然……勇者が近付いていた。

 勇者一行は木竜から、次の竜は魔王城の裏手に住んでいるという話を聞いて、城に乗り込む前に裏手の森に入っていた。捜索の途中で日が落ちたため夜営を始め、そして、用を足すために夜営地から離れたところ、どこかから話し声がしたから灯りを目指してやってきたというところだった。

 そして、毒竜を見て、聖剣に手をかけた。血を得るためではなく、殺すつもりでだ。

 当然だ。あまりに異質な存在である。あまりに醜い存在である。粘液にまみれた巨大な怪獣の、全身から発しているのだろう、甘く噎せ返るような匂いが呼吸で取り込まれる度、胸の奥が痛み、四肢から力が抜けていく。『死』を、そのまま送り込んでいるかのように。

 危険であると判断した。それが魔物なのか、それ以外なのか、正体を調べる気も起きなかった。本能的な恐怖がそれを殺せと命じている。だから勇者は飛び出し、毒竜へ切りかかる。

 ユーツァがそれを防いだ。素早く剣を抜き、弾いたのだ。弾かれた勇者は体勢立て直し、考えるより先に、ユーツァに対しもう一撃を叩き付ける。

 鍔迫り合いの体勢になった。すぐさま刃を滑らせ、離して、もう一度打ち込む。それもまた剣で受け止められる。

 その隙に、毒竜は慌てて逃げ出した。身の危険を感じたからではなく、知らない人間を傷付けることを危惧しての行動だった。

「またか、魔族。何度私の邪魔をする……!」

「何で攻撃した?」

 睨む勇者に、ユーツァは訊ねた。再び叩き付けられた剣を防ぐと、今度は力ずくで押し込まれる。ユーツァは平然と耐えている。

「魔物退治は、勇者の役目だ」

「ああそっか誤解するよな! じゃあ訂正するよ。こいつは魔物じゃない、竜だ」

「騙されんぞ」

 刃が擦れ、削れて嫌な音を立てる。ユーツァは舌打ちして、それを訂正するように首を振って、大きく後方に跳び距離を取った。

「……お前さぁ。いやいやいや、別にいいよ? 別に……必死になってんのわかるよ? でもな?」

「黙れ。あの魔物で何をする気だ」

「真面目な人、俺好きだよ? わかるんだよ、人間大好きなんだろうな、お前はな。良かったな……でもな?」

 勇者は駆け寄り、距離を詰めてくる。ユーツァは剣を構えて迎える。

「優しくない勇者は要らねぇんだよ」

 力強い一撃は横に押し流された。勇者はすぐさま剣を引き、そして一撃叩き付ける。ユーツァは紙一重でそれを避ける。もう一度、もう一度、と連続して振るわれる攻撃はことごとく当たらない。

 業を煮やした勇者が大振りに横凪ぎしようとした。が、そう動く前にユーツァは相手の横腹を蹴りつける。蹴り飛ばす。

 勇者は横倒しにされた。その上からユーツァの剣が迫ってくるのを転がって避け、追撃も更に避け、起き上がる。

 起き上がりざまに踏み込んでユーツァに切りかかる。ユーツァはそれを避け、同時に自身の剣を当てて動きを止めた。

 勇者が力強く握る柄と、受け止められた切っ先との中間を、ユーツァが思い切り蹴り飛ばす。鉄の剣は強くしなり、曲がり。

 折れた。

「な……」

「なんでだろうな」

 驚きに目を見開くその間に、ユーツァは背後に回り込んでいた。そして間髪いれずに、その背中に深々と剣を差し込んだ。

 骨の間をすり抜けた剣は、肺を破り、胸から飛び出し、赤く濡れた姿を表す。肺に貯まった血が口から溢れた。

 そのまま、勇者を突き飛ばす。剣が抜かれ、血が吹き出した。

「なんで、こんなやつが勇者なんだろうな」

 ユーツァの言葉は自虐だ。同時に、同じ勇者の肩書きを背負っている者への加虐だ。渾身の憎しみを、渾身の怒りを、殺意を向けている。自分と他者両方に。

 だから、彼の時代を共に歩んだ仲間は彼を支えにやって来た。

「ユーツァ!」

 マチノだ。目の前で起きている惨劇を見て、すぐに状況を理解し、真っ先にユーツァへと笑いかける。

「おいおい、なんだァ? どうしちゃったよユーツァ。そーいうのって俺の仕事じゃねェの?」

「マチノ……」

 ユーツァはマチノを見て、表情の全く抜け落ちた顔で答えた。

「昔っから、これが俺の仕事だよ」

「……お前」

 マチノはようやく真剣な顔付きに変わる。茶化して煙に撒ける状態ではないとわかったからだ。

 どうするか。悩むのは一瞬だった。

「ったくよォ!」

 ユーツァの荷物から、白く輝く枝を二本取り出す。触れた手が焼け酷く痛んだが、我慢して掴んで、勇者に向かって投げ付けた。そして少し離れたところに置いてあるランプを掴んで、勇者のそばに置き直す。

「イテーな、くそ、木竜の枝やるから! 生きてろよ勇者! 死ぬなよ!」

 そう捨て台詞を残して、マチノはユーツァの背を押した。



 少し、歩いた。返り血が黒く変色し、夜風に当たって冷たくなるくらいには。

 そこで、ただ先導されるままに歩いているユーツァを地面に座らせて、マチノも向かい合って座る。

「お前さァ、前も言ったけどさ」

「なに」

「今期の魔王も、お前が殺せば?」

「二度と言うな」

 ユーツァの表情は変わらなかった。怒るでも困るでも嘆くでもなく、静かだった。

 困っているのはマチノの方だ。焦りながら髪を軽く掻き乱して、はぁ、とため息を吐く。

「はいはーい、ごめんなさーい……で? 勇者の剣、折っちまったけど。どうすんだよ今回の魔王」

「知るか」

「世界が滅ぶぞ」

「知るか」

「女神が嘆くぞ」

「知らねぇ俺に言うな!」

 ユーツァが立ち上がる。

「俺に押し付けんな! 俺は勇者じゃねえんだよ!」

「お前は勇者だよ」

「俺みたいなのが勇者なんてできない!」

「聖剣を持ってんの、お前だけになっちまったよ」

「そんなの……」

 ユーツァは息を飲んだ。目線は強く握っている自身の聖剣に向かう。力が篭りすぎて手が震えていた。

「……もう、殺したくないんだ」

 自らの独断で勇者を剣で貫いた、その直後の発言としてはおかしいものだ。それでもユーツァはそう言って、聖剣を地面に投げ捨てる。

「おい、ユーツァ」

 マチノの呼び掛けを無視して、ユーツァは早足に歩き始める。次に目指すものはない。行ける場所などない。



 一人残され、マチノは足元の聖剣を爪先で蹴った。これがなければ魔王は殺せないのだ。逆に、これさえ使えるならどうとでもなるのだ。

 勇者が倒れているところまで蹴り運ぶか、それとも放置するか。別に魔王が生きていようが魔物が生まれようが自分には関係ないし……と思いつつ、蹴って移動させていく。

 とはいえここは何の手入れもされてない森である。当然、地面は凹凸が激しく、何の選定もされてない木の枝や根があちこちで邪魔をしてくる。それに引っ掛かってどうにも動かなくなってしまった。

 ああ鬱陶しい! 火傷に耐える覚悟で、マチノは仕方がなく、指先で剣を持ち上げる。指が女神の神性により焼かれる……ことはなかった。

 聖剣は淡く輝いている。加護を宿しているのは間違いない。しかし、マチノの身を焼かない。驚いて、しっかり掴み直してみる。手の平に異常はない。

「……どういうことだ?」


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