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先代勇者は金竜を宥めたい

 黒の英雄……二百年前の勇者が、唯一隣に居ることを許した仲間であり、ライバルであった人物である。そして三度の裏切りを行った、忠義と駆け離れた人物である。

 一度目の裏切りは、彼の出身に対するものだった。彼は人間であるにも拘わらず、そして女神から聖剣と対になる武器を与えられた史上初の人物であるにも拘わらず、身内を捨てて魔族のために武器を持った。

 二度目の裏切りは、彼がそれまで所属していた魔族への裏切りだ。彼は今までの悪行を悔いるわけでもなく、しかし平然と勇者の仲間となり魔王へ刃を向けた。つまり彼は、人間の敵であると同時に魔族の敵にもなった。

 三度目の裏切りは、唯一の仲間である勇者に対して行われた。魔王を倒した後、二代目の魔王として君臨するために勇者を討とうと襲いかかった。

 こうしてこの英雄は、仲間と呼べる者全てを裏切り続け、孤独を貫き人生を終えたという。

「……っていう風に噂されてたんだぜ俺! 酷くねェ?」

「あっはははははは!」

 マチノの話を聞き、大笑いする姿があった。鉱山の主、金竜である。金色に輝く、所々に鉱石が生えている人間サイズの雛鳥という風貌のこの竜は、久々に住みかに訪れた友人達を歓迎してくれた。そして近況を語り合って今に至る。

 なお、先程の黒の英雄伝説は全くの誤解である。そもそも魔族は魔王の味方ではなく、魔族を守る行為は魔王を支持するということを意味しない。人間へ攻撃したのは、マチノは少々歪んだ平和主義者であり、守ると決めた対象を傷付ける者を全て滅ぼせば良いと考えていただけである。ユーツァの仲間になったのは単純に気が合ったことと、魔王討伐によって魔物が居なくなることを知ったため。そして最後に魔王討伐後の戦いについては……ユーツァの不死性を確認するためだった。

 いきなり斧で首を刈り取ろうとしたため喧嘩になり、そのまま別れてしまっただけだ。数日で和解している。

 金竜は笑いを押さえながら言った。

「マチノは誤解されやすいんだよね。もうちょっと態度を改めたら変わるんじゃない?」

「るっせ。誤解する方が悪ぃんだ」

「わかるー。人間って勝手だもんね。そもそも裏切りって人間の十八番だし」

 金竜の言葉にはハッキリとした棘があった。といっても、ユーツァもマチノも慣れたものであるし、二人が金竜の言う『人間』の範疇からは逸脱してしまっていることは承知済みだ。

「で、聖剣を折れば良いんだね。良いよ、やったげる」

「ありがとう。助かる」

「友達の頼みなら断れないよ」

 すんなりと受け入れられて、ユーツァは安堵した。全く会話してくれない前回の火竜とは大違いだ。

「そんなことよりもっと話聞かせてよ。火竜にも会ったんでしょ? 元気だった?」

 反対に話をねだられることになったが。



 勇者一行は金竜が住むという鉱山の麓にある町に到着していた。クラーと呼ばれるこの町は、鉱物を生成する聖竜の恩恵によって成り立っている。金竜の山からはありとあらゆる石が採れるのだ。金は勿論、鉄鉱石、銅、宝石、望むものは何でも得られると言っても過言ではない夢の町だ。

「お嬢さん達、鉱山に行くのかい?」

 道中、老人が勇者一行に声をかけた。答えると、老人はゆっくりと首を横に振る。

「止めといた方がいい。山道は危険じゃ。それに、ここの山は観光するようなものでもない」

「聖竜が鉱山に居ると聞いて来た。観光ではない」

「なら尚更じゃ。近頃は金竜様の機嫌が悪いのでな、発掘も休止しとるんじゃ」

「その金の聖竜の血をいただきに参った」

 勇者の言葉を聞き、老人はカッと目を見開く。血走った目は驚愕で染まっていた。それは、魔王を倒し世界を救うという勇者の役割に対する畏怖では決してなく、嫌悪に近い感情を浮かべていた。

「アンタら勇者か!」

「そうだ」

 頷く勇者に向かい、老人は手を合わせ祈りの姿勢になる。

「ああ、なんと……悪いことは言わん。絶対に止めておけ。金竜様のことは諦めて、次に行きなさい」

「何故だ?」

「石にされる。世界を救う勇者がここで死んではなるまい」

「……聖竜が、そのようなことをするのか」

「金竜様は気難しいお方じゃ。そして我々には想像もつかん世界を見ておられる」

 僧侶が不安げに勇者を見る。その視線を受け、勇者は老人に言う。

「尚更、放ってはおけんだろう。貴方達の身も危険なら」

「ならん。わしらはええんじゃ。わしらは金竜様のおかげで日々の糧を得とる。アンタらが邪魔せんかったらこのまま過ごせるんじゃ」

「しかし」

「お前らさえいなければ、平和に過ごせるんじゃ……」

 老人は祈りの姿勢を崩した。そして、叫ぶ。

「お前らさえいなければ! 皆のもの、金竜様をお守りしろー!」

「逃げるわよ!」

 魔法使いが仲間の背を叩き、走らせる。我に返り、勇者一行はその場から駆け出した。

「勇者が金竜様に近付こうとしとる! わしらもどんな報復に逢うかわからんぞ!」

 背後では老人ががなりたて、人々を煽動している。至るところから、その声に反応した人々が姿を表す。異様な状況に混乱したのも束の間で、すぐに事態を把握できていた。この町は聖竜に対し、腫れ物に触るような扱い方をしているのだ。

 勇者一行は真っ直ぐに大通りを駆けて、老人の声が届かない場所まで逃げる。

「大丈夫? フィル」

「……はい」

 信心深い僧侶だけは、顔を青くしていた。



 逃げ出した勇者一行は、発掘用の通路から大きく離れた獣道を使い鉱山を登っていた。町中ではどこにいても人々に狙われる。目的を達成する為にいずれは行かなければならない場所なのだからと、警備が厳しくなる前に突入したのだ。丁度今は発掘も休止しており、灯りのない山道は隠れるにも都合がよかった。

 当然、鉱山に入る前に見張りらしき者達は居たが、勇者の手にかかれば気絶させることなど簡単である。

 山の探索をしつつ数時間。使われなくなって久しいのだろう古い坑道の入り口付近に、巨大な金の鳥を発見した。金竜である。

「よく来たね、人間」

 金竜は勇者一行を見付けると、頭を下げ、姿勢を低くし……地面を蹴った。

「避けて!」

 魔法使いが叫ぶ。声に反応し、勇者一行は素早く散り散りに走る。一瞬後に、金竜が勇者達の居た場所に飛び込んできた。金属の塊であるその巨体を使った体当たりである。

 勇者は聖剣を抜いた。

「……なるほど、話が早くて良い」

「そうでもないかもよ?」

 金竜も、改めて勇者に向き合う。

「僕は人間なんか嫌いだ」

 金竜の言葉によって、勇者の仲間達に動揺が走る。

「滅べと思うね。何の価値もない生き物なんだから」

「そうか」

「だから勇者に協力する気もない」

「我々が人間である限り、貴方とは意見が合いそうにないな」

「その剣、折らせてもらうよ」

 勇者と金竜は同時に、互いに向かって駆け出す。

「ま、待ってください! レイさん!」

 二人の間に割り込む影があった。僧侶だ。金竜に背を向けて立ち塞がる姿に動揺し、金竜は動きを止めた。ただ、勇者は止まらない。

「レイ!」

 仲間を切りかねない勇者を、戦士がタックルで止める。双方の動きが止まったのを確認して、僧侶は叫んだ。

「聖竜様が仰るなら、人間は滅んだ方が良いと思います!」

「何言ってんだフィル!」

 戦士が声を上げる。彼に押さえ付けられている勇者も、こちらは冷静にだが僧侶に問う。

「我々は、魔王討伐の旅をしているはずだが?」

「魔王に滅ぼされるのはお断りですが、聖竜様に滅ぼされるのは本望です!」

 僧侶の言葉は真剣だ。

「たまに居るんだよね、そういう口先だけの奴」

 言って、金竜は翼を広げた。金属で形作られた翼は重く、強い風圧を生み出す。背後からその突風に煽られ、僧侶は転倒した。

 倒れた背に、金竜が足を乗せる。

「信仰心で心を誤魔化して、死の恐怖を忘れたつもりになってる奴。死を目前にしたら思い出すよ。自分の醜い本性って奴をさ」

「い……いえ。私の……心は、変わりません」

 ぶわり。金竜の羽毛が膨らむ。柔らかそうに見えるその羽毛は全て金で出来ており、鋭い針になっている。それらが僧侶の肌を撫で、数ミリ突き刺した。

 しかし僧侶は怯まない。

「私は! 聖竜の皆様方に殺されたくてここに居ます!」

 体を捻って、真っ直ぐに、はっきりと、目を見据えての宣言だった。金竜はその眼差しに圧倒され、羽毛を寝かせ、足を離す。

「……何で僕が人間の願いを叶えなきゃいけないの。最悪」

 そして汚いものを見たように、数歩下がった。

 僧侶は起き上がって金竜にすがりつく。

「殺してくれないんですか!?」

「付き合ってらんない!」

 ばさり。金竜は翼を広げ、空高く飛び上がった。そのまま山を越えた反対側へ向かい、姿を消す。

 僧侶だけが名残惜しそうにいつまでも空を見上げていた。

「どうする?」

「野営ね。町には戻れそうにないもの」

 魔法使いは荷物を下ろした。


 野営の準備が終わり、食事も装備の点検も終わり、あとは眠るだけとなったとき。

「……なあ、レイ」

 戦士は勇者に呼び掛ける。勇者はごく当たり前に、何だ、と返事をした。

 真っ直ぐに前を見る勇者の目に見据えられる。戦士はそれに耐えられず、顔を背ける。

「いや、何でもない。おやすみ」



「また来たの」

「ご安心ください、私一人です!」

 野営地点から離れた山中、僧侶は単身で金竜に会いに行っていた。踏みつけられ、動きが止まっていた隙に、魔法使いが位置探知の魔道具を発動させていたのだ。その魔道具をこっそり使用し、危険な夜の山中を灯り一つのみで進んできた。自身に回復術をかけ続けるという力業を行える僧侶ならではの無茶である。

「……人間がどれだけ集まっても竜には敵わない。安心も何もないよ、不安に思う事がないんだから」

「流石金竜様! 心もお強いのですね!」

「馬鹿にしてる?」

「まさか!」

 僧侶はにこにこ笑いながら金竜に近付く。

「金竜様、貴方が人間を嫌うなら、人間は滅ぶべきものなのでしょう」

「何。言っとくけど、何を言われても僕は意見を変えないし、騙されないよ」

「滅相もない。金竜様を騙すなんてありえません。私は聖竜の皆様にお仕えする身ですから」

「……女神の下僕でしょ」

「女神より聖竜様を信奉しておりまして、私」

 あっさりと言ってのける僧侶に、金竜は目を白黒させた。最大の愛を向ける信仰対象が女神ではない、というのは許されることのない最大の罪の一つである。特に、聖職である彼にとっては。

「い、良いの、そんなこと言っちゃって」

「金竜様への告解ですから問題ありません。金竜様が私を罰するというのならば、喜んで罰を受け入れましょう」

 僧侶は平然と言ってのけて、金竜の隣に腰掛ける。

「告白ついでに愚痴りますね」

「君、度胸ありすぎじゃない?」

 金竜は呆れてしまって、怒る気にはなれなかった。

「レイさんは……勇者さんは、良い人じゃないです」

「は?」

「あの人、本当に読めないんですよね。逆に戦士さんはすっごくわかりやすいです。何か悩んで空回ってるなというのがよくわかる。そろそろ煮詰まって無茶しだす頃合いですよ。相談すればいいのに、二人とも、隠し事してでも全部自分で何とかしようとするから困ります。しかもそれが善意という」

 本当に、ただの仲間の愚痴だ。

「実質、私達の旅が私達の旅として成り立っているのは魔法使いさんのおかげです。彼女がいなければ、勇者さんは町を三つは破壊して魔王城に乗り込んでますし、戦士さんは敵に騙されて野垂れ死にますし、私は聖竜様のうちどなたかに殺されています」

「……」

「でも魔法使いさん、誰かのサポートが得意な代わりに、一人になると何もできないんですよ。面倒だからってご飯も食べなくなるんです。他人の面倒はみるくせに。変ですよね」

 仲間三人分の愚痴を聞いて、その意図がなにも理解できず、金竜は首を捻る。

「……で、何?」

「ただの愚痴です。私は人間なので、不完全で、弱いですから。私の仲間たちも同じく弱いので、それに不満を持つのですよ」

「仲間が嫌いって話?」

「いいえ。私は彼らとの旅がとても楽しいのです」

「そんなに不満だらけなのに?」

「私も、これだけ見てるくせに本人に指摘できないんです。世界を救うために自分の身を犠牲にするなんて勇気もない。仲間のために行動する責任感もない。誰かの特性を活かすような動きもできない」

 僧侶は晴れやかな笑顔のままだ。

「それだけのことができる勇者さん達と一緒に旅をしていることが、私の誇りです」

 聞いて、金竜は俯いた。俯いて、顔を逸らして、小さく呟く。

「すぐ、死ぬくせに。人間なんてさ……」

「……過ぎた言葉とは思いますが……金竜様。貴方は、寂しいのですか」

「は?」

 突然、金竜が翼を広げる。その風圧によって僧侶は地面に倒れた。倒れたその体に、金竜の足が乗る。鋭い爪が衣服に食い込む。

「お前、竜を何だと思ってんの?」

「っ……申し訳ありません、金竜様」

 僧侶は震える声で謝罪する。それを見て、金竜は鼻で笑った。

「ははっ。そうだよね、やっぱりお前だって自分の命が大事……」

「不愉快な思いをさせてしまい申し訳ございません! 私の命で購えるならばどうか! どうか殺してください! 貴方の心に僅かでも爽快感を与えられたならば幸せです!」

「あのさぁ……」

 ぐ、と重く僧侶は踏みつけられる。といっても金竜は全く体重をかけておらず、黙らせるために少しだけ力を込めただけだ。当然、僧侶は苦痛から顔を歪めた。どこか恍惚とした表情である気もするが、一応は苦痛に区分される表情だ。

 だが、命乞いも、逃れようともがく様子もない。

「あー、鬱陶しい。これだから人間は……」

 ぴたり。金竜は言葉を止めて、顔を上げる。そして遠くを見渡した。踏みつけている僧侶のことも意識から追い出すほどに熱心に、生い茂る木々の向こうを注視する。

「……君達、あっちでテント張ってたよね」

 僧侶は既に意識を失っており、答えられなかった。内心歯噛みしつつ、金竜は僧侶を鷲掴みにして飛び立つ。

 闘争の気配を察知したからだ。



 戦士はマチノから指示を受けていた。勇者の聖剣を寝ている隙に奪い去り、今は使われていない旧坑道に捨てるようにと。そうすればマチノ達が回収し、処理を行うと。聖剣は人間には破壊不可能であると考えている戦士にとっては、それが唯一勇者と聖剣を引き離す手段であるように思えた。

 故に、視界の悪い山中であり、自身が火の番として起きている今、それを実行した。実行したかったのだが。

 聖剣を掴んだ瞬間、眠っていた筈の勇者が起きた。

 そして今、聖剣を掴んだ戦士と寝起きの勇者による夜間の山中鬼ごっこが開催されている。

「コンラッド! 何のつもりだ!」

 勇者の怒号によって空気が揺れる。聖剣を抱えたまま、戦士は逃げ続けている。足場は非常に悪く、荷物を持った戦士では逃げきれないことは明白だった。

「……すまん、レイ」

「どうして私の邪魔ばかりするんだ、お前は!」

 勇者が戦士に追い付く。その背に殴りかかり、止めようとする。

 戦士は振り返り、聖剣を抜いた。勇者は攻撃の手を止められず、剣を殴り飛ばすことになる。

 模造剣であるため勇者の手に傷は付かないが。しかし、戦士が勇者に剣を向けたことに代わりはない。

「……そうか、本気か」

 勇者は戦士を睨み付けた。


 その様子を、上空から見ている者がいる。金竜だ。片足に僧侶を掴んだまま、勇者達のやり取りを見ていた。

「……ほら」

 ゆっくりと下降し、勇者達からも見える範囲に着地すると、僧侶を投げ捨てる。

「やっぱり、人間は裏切る。仲間同士でも平気で剣を向けて、傷付け合う」

 金竜の言葉を聞き、臨戦体勢にある勇者と戦士の意識はそちらに向かった。三つ巴の戦いになると予感したからだ。

 戦士は恐怖し、勇者は歯を食い縛った。

「だから……死ぬべきだ」

 金竜が高く舞う。空中で勇者に足を向けて、そのまま急降下する。鋭い爪が勇者の体を襲う! 武器を持たない勇者は腕で受け止めようと構えたが……衝突の音がするだけで、衝撃は来ない。

 ぴしりと、軋むような音がした。

 勇者はすぐに腕を下ろし、その場から跳び距離を取り、状況を確認する。そして理解した。

 戦士が勇者を庇ったのだ。庇って攻撃を受けて、そして、全身を石に変えられたのだ。全身が鉄のようになった戦士は大きな音を立てて地面に倒れる。割れはしなかった。

 人を鉱物に変える力。金竜の持つそれを目の当たりにした勇者は驚愕したが……金竜の羽音で我に返る。そして戦士の手から、同じく鉄と化した聖剣を抜き取る。素材が変わろうとも女神の、そして聖竜の加護は消えていない。

 もう一度、上空から襲いかかる金竜の爪を、勇者は聖剣で受け止めた。受け止めることには成功した、しかし剣を持つ手の感覚が消える。先程の戦士と同じく、金竜が触れた場所から徐々に鉄に変わっていく。

「火の加護よ!」

 聖剣が輝き、炎を纏う。敵のみを焼くその炎は金竜の羽毛を溶かす。たまらず逃げ出そうとした金竜に、勇者はもう一撃を浴びせた。腕は鉄に変化したままであり、聖剣は炎を纏ったままだ。

 金竜は硬い翼によって聖剣を弾く。弾いたが、纏った炎によって翼は歪む。それを嫌って大きく羽ばたき、勇者に風を叩き付けながら後方に跳んだ。

 しかし勇者は風に怯まず、金竜の懐へ入り込む。

「……コンラッドを、元に戻せ」

 地の底を這うような低い声で、勇者は言った。振り上げた剣は金竜の胸にぶつかる。

「私はあいつに勝たねばならんのだ」

 金竜が逃れようとする。しかし勇者は追う。行動の隙を与えないように、連続して剣を叩きつける。

「今度こそ、私の方が上だと知らしめねばならんのだ」

 勇者の腕は血を滴らせていた。鉄の生身の境目部分からだ。無理に叩き付けるうちに、振動が伝わり、鉄が肉を裂いている。

 しかし勇者は手を止めない。

「金竜よ! その血を寄越せ! 加護を寄越せ! コンラッドも元に戻せ! 私に……従え!」

 本来ならばどのような攻撃も通らない金の羽毛も、火の加護によって、剣が触れた箇所からじわじわと柔らかくなる。猛攻を耐えている金竜の全身は、やがて剣を受け入れるようになっていた。

 聖剣が肉体に触れようとしている。それを自覚し、金竜は防御の姿勢を止めた。一度飛び立つことも止めた。

 代わりに、突撃する。

「わがままな勇者だね!」

「強者とはそういうものだ!」

 爪と同じく硬度な嘴によって勇者を貫こうとする。それは聖剣によって受け止められたが、鉄として固定された腕では受け止めきれず、剣が勇者の体に押し付けられることとなった。

 剣を通じて、それが触れた右肩までもが鉄と化す。

 しかし利き手の自由を失ってなお、勇者は攻撃を止めない。左手一本で聖剣を振る。

「強者は弱者を従える権利がある!」

「白の勇者はそんなことしなかった!」

「今は私が勇者だ!」

「最低の勇者だよ!」

「わかっているさそんなこと!」

 勇者の剣が金竜に届く。切り裂かれる前に金竜が勇者を蹴り飛ばす。

 片足が鉄化する。それでも勇者は止まらない。

「私は赤の勇者のように魔法を扱えない。空の勇者のように高く舞えない。草の勇者のように学もない。風の勇者のように素早く駆けられない。白の勇者のように単身で敵と立ち向かえない! 誇れるものが何もない!」

 体の自由が奪われた勇者の、力も速度も落ちた一撃だった。その程度、金竜には避けられるものの筈だった。

「私は強さにおいて頂点でいなければ、でなければ、誰が私に二つ名を付けてくれる!」

 しかし、金竜は動かなかった。

 弱々しかった筈の一撃は金竜に触れ、金の羽毛を溶かし、その奥にある肉体に触れている。手応えはない。痛み以外に、もはや感覚は無い。

「……君って本当、馬鹿だよね。可哀想」

 金竜は翼を広げ、空高く飛び上がった。飛び立つ際に剣が抜ける。再び急降下してくるのかと、勇者は空を見上げる。

 ……しかし金竜は、そのまま飛び去った。

 羽音が小さくなり、やがて消える。風が木々を揺らす静かな音だけが聞こえるようになってから、勇者はようやく剣を下げた。

 すぐそばに僧侶が倒れている。

 聖剣は淡く輝いている。その刃には赤い液体がベッタリとへばりついている。

「……金の、加護よ」

 呟く。勇者の声に呼応して、聖剣は輝きを増す。勇者の全身は生身に戻る。境目であった部分が酷く痛んだが、無視して、ふらつく足取りで勇者は戦士に聖剣を向けた。切っ先を、戦士に触れさせる。

 戦士の肉体が鉄から生身に戻っていく。それを確認して、勇者は膝から崩れ落ちた。



 翌日。

「やっぱ僕、人間嫌い」

 頬の羽毛を膨らませた金竜が、ユーツァとマチノの前にいた。金竜の右翼の付け根には包帯が巻いてある。

 先代勇者とその仲間である二人は金竜の寝床を借りて一晩を明かしていた。そして、勇者の一太刀を浴びて怪我をした金竜が帰還したため、応急処置として傷を洗い、包帯を巻いたのだ。竜の生命力ならばこれだけで充分である。

 ただ、金竜は治療中にネチネチと人間への悪口を言い続けていたので、傷よりも情緒のケアが必要なのかもしれない。といっても、この二百年間にユーツァとマチノがどんな言葉をかけても人間嫌いは払拭されなかったのだが。

「どれだけ恵んでやってもまだ足りないって文句言うし、逆恨みしてくるし、僕が全く何も与えなかったらこんな町存在できないってこともわかんないんだよ。馬鹿だよね」

「お前いつもそれ言ってんな」

「しかも僕が悪役みたいにさ。僕の巣に入らないでって言ってるだけなのに脅されたみたいに騒いでさ。何が信仰だよ。被害者ぶるとこ大嫌い」

「おー、そっか」

「というかさ」

「ん?」

「僕が木を鉄に変えたから、模造剣云々は問題ないよ」

 金竜の能力は物質を鉱物に変えること。鉱物の種類は様々で、金竜の意思によって自由に変えられる。そして聖剣は聖竜の加護を纏って強化されていくものであるから、材質が変わったことに対し勇者は違和感を抱かないだろう。成功だ。

 ユーツァは金竜に飛び付いた。

「金竜ー! お前は凄い奴だよ!」

「ふふん、もっと褒めなよ」

 なお、戦士に頼まれていた『聖剣を奪って勇者を止めてほしい』という願い事はマチノにすっかり忘れられている。というより初めから叶えるつもりはなかった。マチノは勇者のことが苦手であるし、ユーツァは聖剣を強化して旅を続けさせようと目論んでいるのだから利害は一致しない。単なる妨害者であると勘違いした戦士が協力を申し出て、マチノはそれを利用したら楽ができるな、と考えただけである。こういうことをするからマチノは悪人と呼ばれる。

 そういった話を聞いていないユーツァは、何ら後ろ暗くない様子で金竜を褒め称えている。

「しっかし、金竜が武器を返すとか珍しいな」

「あの馬鹿の仲間らしいからね。僕らへの信仰心に免じて、ちょっとくらい恩恵を与えてあげたのさ」

「ははっ、たまには聖竜らしいこともやれんじゃねーか」

「気が向いた時だけね」

 楽しく会話しているユーツァに、マチノが話しかける。

「それじゃ、俺達の旅も終わりかァ?」

「えっ」

 驚いたのは金竜だ。

「木竜に会ってかないの?」

 木竜とは、次の聖竜だ。勇者による竜巡り最後の一匹と言われており、回復術を使用する唯一の竜である。最も人間に近いとされ、他の竜を肉親と考えている者だ。金竜からも慕われている。

「僕、送ってくよ。僕だって木竜に会いたいし。皆で会いたいし」

 言いながら、金竜はユーツァの服を啄み始めた。この巨大な雛鳥は甘えているのだ。

「ねー、木竜と会いに行こうよ。皆自分の町の面倒見て忙しいって言うし、僕も行きにくかったんだ。でもマチノとユーツァについてくなら怒られないよね? ね? 一緒に行こうよ」

 目的を達成した以上、ユーツァとマチノに今後の予定はない。断る理由もなくなった。二人は顔を合わせて苦笑する。

「しゃーねーなァ……」

「この際だ、全員に顔見せとこうぜ」


 次に目指すは木竜の森。

 空に浮かぶ、不可侵の庭園である。

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