先代勇者は魔王を倒せない
姿を消した勇者を捜索し、仲間達は、勇者が敗北したあの森へ足を踏み入れようとしていた。魔王城の裏手にある森である。勇者の性格上、敗北を認められず再び単身挑んだのではないか、と考えたのだ。
そこで、彼らは因縁の男の姿を見つけた。ユーツァだ。木にもたれかかって座っている。
「……また会ったな」
「レイさんの剣を折ったのは、貴方ですか?」
「見ての通り、レイが居ないんだけど。アンタ知ってる?」
勇者の仲間達が口々に語りかける。しかしユーツァは答えず、立ち上がり、静かに彼らに向き直るだけだった。
「……やる気か?」
まるで立ち塞がるかのようなその姿を見て、戦士が武器に手をかけた。しかし、ユーツァは武器どころか、何一つ荷物を持っていない。その事に気が付いて、勇者の仲間達は困惑する。
ユーツァからの返事はない。
「お前が強いのは知ってる。でもな、流石にそれは舐めすぎだろ。剣はどうした」
丸腰の相手に対して武器を触れるほど、戦士達は非情ではなかった。よって、忠告する。
返事はない。
「なあ、一つ聞かせてくれ、お前は聖剣に触れたよな! ってことは魔族じゃないわけだ! 何で邪魔をする! 何で魔族の味方をする!」
「勇者に相応しくないからだ」
ようやく、ユーツァは答えた。
「だから魔王は……俺が、殺すよ」
言うと同時に、ユーツァの姿が消えた。ドンッ、と激しい轟音が響く。
消えたその姿を捜す間もなく、戦士は腹に強い衝撃を受けてその場に崩れ落ちた。着込んだ防具が凹み、意味を成さないほどの力が加えられたのだ。
次に魔法使いが、戦士が膝を付き倒れるまでの一瞬の間に頭部を強く打ち付けられる衝撃を受けて意識を失う。
その次には僧侶が、背後からの一撃によって数メートル吹き飛ばされた。
倒れた彼らの真ん中に、いつの間にか、ユーツァが立っている。目に映らない速度で移動して、順番に殴りかかったのだ。言ってしまえば単純なことだった。
単純だが、生身の人間には実現不可能なはずのことだ。例え魔法の力を借りたとしても、単独ではあり得ないことだった。
それを成したのが、二百年という歳月だ。ユーツァは自分を鍛え続けていた。マチノのように、女神を倒すためではない。なにか目標があったわけではない。
死にたくても死ねなかったから、自分を苦しめていた。それが彼の二百年だ。
心を救おうと支える仲間が居たから、狂えなかった。ユーツァが人間らしい言動を行える理由はそれだけだ。彼はとっくに人間の範疇を越えている。人間ならば耐えられずに死ぬような動きだろうが、女神に束縛されたこの身は滅ばないのだから。
どんなことでも、乗り越えてしまった。
「……何で、そんなに弱いんだ」
倒れた勇者の仲間達に対して、ユーツァはそう吐き捨てる。
そして一番近くにいた戦士に歩み寄り、防具の上から蹴り付けた。
「勝てよ!」
次に馬乗りになり、襟首を掴んで持ち上げ、戦士の背を地面に叩きつける。
「勝ってくれよ! 俺が行かなきゃならねぇじゃねーか! 何で俺が勇者なんだよ! 嫌なんだよもう! ほら立てよもう一回さぁ!」
もう一度無理矢理上半身を持ち上げ、動かないとわかれば殴り付ける。
「なんでだよ! なんでっ、お前らにはわからねぇよなぁ! まだ六つだぞ。まだ何もわからないガキを殺すんだぞ! それを! なんで!」
叫びと呼ぶに相応しい様子で、ユーツァは何度も戦士を掴み、殴り付けた。
「どうにかならないのかって説得して、大の大人が駄々こねあって、どうしても殺さなきゃなんねぇって言われて! 当の魔王はキョトンとした顔してて! 俺の剣を見てかっこいいねとか言って笑って! 存在するだけで悪だなんて烙印を押されて! 死ぬことを喜ばれるなんて! 選ぶことすら知らないまんまで! そんなの!」
手が離される。戦士の体は力なく地面に横になる。
「もう見たくないんだよ……」
ユーツァの目から涙が落ちた。
何度も叩き付けられる間も、戦士は僅かに意識を保っていた。ユーツァの手が止まった隙に、朦朧とした感覚を奮い立たせ、武器を強く握り直す。手を振り上げる。
「なんの話だよ!」
「だろうなぁ! もういいよ!」
決死の攻撃を簡単に避けて、ユーツァは立ち上がった。そして起き上がる力の残っていない戦士を蹴り付ける。
戦士は呻き声を上げた。ユーツァはそれに構わず、まるで拗ねた子供のように、怒りに身を任せたまま、勇者の仲間たちを無視して魔王城の方向へと大股で足を進めていく。
「もういいよ何だって! もういいんだよ! もう沢山だよ……もう……」
そして、立ち止まった。
ユーツァは、マチノと別れてからずっとこれを繰り返していたのだ。自分が魔王を殺さなければならないのだと立ち上がり、何故自分なんだと怒りに呑まれて当たり散らし、そして自らの運命を嘆き立ち止まる。ずっとそれを繰り返していたのだ。
そのとき。
「……私が、その役目を負う」
現代の勇者がその姿を表した。
倒れている勇者の仲間たちのところには木竜が向かい、その傷を癒し始める。
「女神に話を聞いた。聖剣も手に入れた。全て……準備は整っている」
勇者はユーツァに語りかけた。
「毒竜の件はすまなかった。和解したよ……本当に、貴方は優しい、純白の心を持った勇者だったんだな」
「……ごめん。現代の、勇者」
ユーツァはその場に膝を付き、俯いた。震える声で、小さく問う。
「任せてもいいか?」
「ああ」
「……ごめん」
勇者ははっきりと答え、たった一人で、振り返らずに真っ直ぐに歩んでいく。魔王城へと。現代の魔王を殺すために。
救いたかった。ユーツァは救いたかっただけだ。死ななければならない魔王を。殺さなければならない勇者を。未来を選べなかった子供を。人生を選べなかった若者を。誰も救えない勇者を。自分を。
救われたかっただけだ。
それから、この時代の魔王が消えて。勇者一行は国に戻って。国を上げた盛大な祝宴が開かれたその後。
「……で? 勇者交代したわけ」
「ああ」
同じく国に戻ったユーツァのところに、マチノが訪れていた。
ここは盗賊ギルドである。ユーツァにとっては家で、マチノにとっては仕事場の半分といったところだ。
何事もなかったかのように隣に座り、マチノは話を始めた。
「不老不死は?」
「死なないとわかんないだろ」
「俺置いて死ぬのかー」
「死なないとわかんない」
「死ぬ前に女神ぶっ殺しにいかね?」
「どうやってだよ」
「人類の叡知で」
マチノは確信を抱いているようだ。神を殺す手段があると。二百年、諦めずに行動し続けていた成果なのだろう。
「あの後から俺も調べててな。わかったことがあんだよ。まずな、女神は、女神自身の作り出したものでは傷付かない。それはあいつの体の一部だからだ。ただ、人間の作り出したものなら話は違ェ」
「人の武器が通じるわけが……」
「ああ、人が加工したものは効かねえよ、鉄も鉛も奴が作ったもんだ。でもな、人が、『作り出したもの』は話が別だよ」
ユーツァにはそれが何かわからなかった。
人が作ったものと、人が作り出したもの。どちらも同じに思える。言葉の意味は間違いなく同じだろう。しかし、マチノはそれに異なる意味を付加しているらしい。
「なぁユーツァ、俺はなんで生きてると思う?」
「知らねぇよ……」
「女神を殺すためだろ、とか言ってくれると思ってたぜェ相棒」
「知らねぇ」
「女神の力は魔力だ。この世の全部に宿ってやがる。そして生物が生きるために必要なエネルギーだ」
「俺は学がねーんだよお前と違って」
「二百年ありゃあ勉強できたろ?」
「うるせぇ。どうせ何もできてねぇよ」
「卑屈になんなって」
陽気に笑いながら、マチノがユーツァの背を叩く。その手を叩き落とされても怯むことなく、平然と続きを話し始める。
「その、生物が生きるために必要なエネルギー……つまり命を使い果たしてる俺は、何で生きてんだ?」
「……お前は女神の支配から出たから」
「無いもんは無いだろ。飯食っても寿命には勝てねェ。命の供給無しに、何故動ける?」
「何が言いたいんだよ、お前」
「女神の魔力とは別に、人が生きるための力がある。この世にはそれが確実に存在する。だって俺ァ生きてんだから!」
「お前なら女神を殺せるってことか?」
「残念。完全に影響から抜けちまってる俺ァ女神のところに行けねェ。会えねェんだよこれが。そこで登場するのがこれだ」
マチノはにんまり笑って、鞘に納めた剣をユーツァの前に置いた。あの日にユーツァが捨てた聖剣だった。
「ユーツァ。お前の聖剣って、女神が祝福を込めたものじゃねーよなァ?」
「……え」
マチノは剣を鞘から抜く。こびりついていた血は落とされ、よく磨かれている。淡い輝きは弱まっていたがまだ失われておらず、そして、それを持つマチノの手に傷は与えなかった。
これは聖剣である。しかし、女神の聖剣ではない。女神の宿す神性がマチノを焼くなら、それ以外の者の宿した神性ならばどうなのか。そんなこと、試すどころか考えたこともない。
この世に神は一人だけだからだ。しかし、ならば何故、女の神等と呼ばれるのか。他の神はどこにいるのか。
「試してみる価値はあると思わねェ? どうせ飽きてんだ、生きるのにはさ」
次に目指すは祈りの先。
選ばれし者だけが辿り着く天界である。




