おじさんの説得
今にも襲いかかってきそうな巨人の若者二人。
アレクニールは娘たちを下がらせて、前へと出る。
「よせ、まずは話を聞いてくれ」
「なーんでニンゲンの話を聞かなくちゃならないんだ」
「ニンゲンにしちゃあ、肝が太いな」
巨人たちは動きを止めた。
しかしこん棒を構えたままだ。
(ちょっとおじさん、どうするのよ?)
小声でミィフィーユが囁いてくる。
(霊廟へ行くにはここを抜けないとならない。もめごとは避けよう)
(わ、わかった)
できれば穏便に行きたいと考えたアレクは、説得にかかる。
「俺はアレクニールだ。覚えているだろう」
「なーんでアレクニール様がニンゲンなんだ」
「ニンゲンにしちゃあ、嘘が下手だな」
通じなかった。
「嘘じゃない。アルムスとトラスス、君たちの名前だって知っていただろ」
「どう思う、トラスス」
「怪しいぞ、アルムス」
やはり話にはならなかった。
ニンゲンの姿でいきなり言われても、信じられるわけがない。
巨人たちはこん棒を振り下ろす。
「待ってくれ! くっ……」
避けたこん棒が地面を穿つ。固い地表に穴が空いた。
「そうだ! ケロシウスを呼んでくれ! 俺の世話係のケロシウス!」
「なーんでケロシウスの旦那の名前も知っている」
「ニンゲンにしちゃあ、知り過ぎているな。怪しすぎる」
ますます疑念を持った巨人の二人は、攻撃を強めた。
こん棒の一撃は恐ろしい。喰らえばただではすまない。
背後の娘たちが、おじさんを心配して攻撃態勢に入る。
「待つんだ! 手を出さないでくれ!」
おじさんが大声を出すなど滅多にないことだったので、彼女たちはおとなしく下がった。
だが、どう見ても埒が明かなそうだ。
巨人たちの攻勢は止むどころか激しくなってくる。
これでは説得どころではない。
「くっ……この……いい加減にしなさい!」
こん棒をかわしたアレクニールは、一気に距離を詰めて巨人の大きな顔の先端、あごを殴る。
「んお……!」
「アルムス、どうした?」
「……なーんでクラクラするんだ」
と、一人が倒れた。
すかさずもう一人の巨人、トラススにも同じ攻撃をする。
拳があごをかすめて、もう一人も膝をついた。
「ニンゲンにしちゃあ、やるな」
賞賛しつつ、彼もまたどさりと倒れる。
「お、おじさん? 倒しちゃったケド……」
「……(こくり)」
「一応はおとなしくなっただろ」
おとなしくはなった。気絶、だが。
おじさんの言いっぷりを見たルリーシェラが呟く。
「おじさんは拳で説得する」
と。
しかし、解決には至らない。
騒ぎを聞きつけた巨人の男たちがぞろぞろとやってくる。
アレクニールたちはすっかり囲まれてしまった。
「おーい、なーにやってんだ」
「アルムスとトラススがやられているな。どういうことだべ」
「ニンゲン? なんでここにいるんだ? あとはエルフか?」
「娘っ子が多いな。逃げてきた……わけでもねえだろう」
口々に疑問を発しつつ、こん棒を突きつけてくる。
「おじさま、これはさすがに」
「アレク小父さま、突破いたしましょう」
年長の二人が構える。
「いや、待ってくれ。なんとか説得を……」
「あわわわわわわわわわ!」
巨人の一人が、ミィフィーユを掴めまえようと腕を伸ばした。
「く……ミィフィーユ!」
思わず飛び出すアレクニール。
跳び蹴りを放ち、巨人を吹き飛ばす。
宙に浮いたミィフィーユをキャッチして降りると、巨人たちは色めきだった。
「ニンゲンなのに、やるぞ」
「どうなってんだ。こんなに小さいのに吹き飛ばした!?」
「だから待てと言っているだろう! 俺はアレクニールだ! いったん話を聞いてくれ!」
アレクニール……? と誰もが眉をひそめる。
「アレクニール様は死んだって聞いた。あの方を侮辱するのは許さんぞ」
「アレクニール様だってんなら証拠を見せろ」
証拠などない。爪も牙も翼も尻尾もないのだ。
「証拠か……」
おじさんが思いついたのは、一つしかなかった。
「ならば……強さで示すしかない!」
「うん、やっぱりこうなるのね」
「……(こくり)」
双子には予想がついていたようで、大きくうなずいた。
「みんなは手を出さないでくれ。俺がやる」
そうは言うが、巨人たちは十人以上いる。
いくらアレクニールでも———————————とは思わなかった。
「おじさん、頑張って」
「ああ!」
ルリーシェラが下がって、地面に座る。
他のみんなもそれに習った。
「ルク、いい機会だからおじさまの戦いをじっくり見ましょう」
「ええ、そうね。拝見させていただきますわ」
本気を見せてくれそうなおじさんの期待する二人は、一応構えつつも下がった。
「一人で戦うのか……? すごいニンゲンだな」
「だがしかし、舐めすぎじゃないか?」
「アレクニール様の名を騙るニンゲンを捕まえよう」
巨人たちのデカい肉体が迫る。
ものすごい圧だが、怯んでなどいられない。
アレクニールは四方から打ち込まれるこん棒をするりとかわす。
地面を打つ音が街中に響き渡った。
「ふん!」
すぐそばを通り抜けたこん棒を手刀で折る。
そして、折れたこん棒の先を拾い、投げつけた。
カコォン! いい音がして、巨人の頭に当たる。
「これで一人!」
叫んだアレクは、地面を蹴った。
すさまじい速さで巨人の股下まで潜り込み、両手でハンマーを作り、股間を打った。
これには娘たちもつい目をつむってしまう。
「ぐっ……このニンゲン! やる!」
「下に潜り込まれるな! キンタマを守れ!」
キンタマ……とはっきり言われて、娘たちは言いようのない気持ちになってしまった。
それこそがアレクニールの狙いだ。
巨人たちが距離をとり始めたおかげで、包囲が解けてしまったのだ。
こうなれば一人一人各個に撃破すればいい。
元・ドラゴンのおっさんは躍動した。
次々とあごや脇腹といったもろい部分をピンポイントで攻撃し、戦う気力を削いでいく。
体の小ささを逆に活かして戦う様を見て、クラウディアとルクレツィアは感動していた。
何十分かの戦いが終わり、十人はいた巨人は全て気絶。
立っているのはアレクニールだけだ。
「拳で説得。さすがですわ、小父さま」
「おじさまを見習わないと」
もはや街の巨人を全員気絶させるしかないかもしれない。
そんな物騒な思いを抱くアレクニールの元へ、さらに巨人たちがやってくる。
「キリがないな」
やるしかない。そう思った時だった。
「待ってくれ、みな、武器を納めるんだ」
居並ぶ巨人の中でも、一番顔の大きい男が声を張り上げる。
ニンゲンで言えば中年の年頃を思わせる顔と、襟付きのシャツを着た巨人。
彼はアレクニールを見て、うなずく。
「ケロシウス……」
アレクは男の名を呟いた。
「このニンゲンたちは俺に用がある。ドラゴンの方々に降伏を申し入れにきたんだ」
降伏とはいかに。
突然の言葉に面食らったのは、巨人たちだけではない。アレクニールたちもだ。
みな口々に、どういうことだ? と首をひねる。
「さあ、倒れているの者を運んでくれ。みな酔っ払いすぎだぞ」
巨人ケロシウスの言葉に納得したものはいなかった。
ただ、数人のニンゲンやらエルフやらがなにかをできるはずもない。
「ケロシウスの旦那、それは本当なんだな?」
「後で責任を追及されるのは旦那だぞ」
「俺たちはなにも知らなかった。それでいいのか?」
「ドラゴンの方々にはあんたが説明してくれ」
と、やたら細かいやり取りがなされ、アレクニールたちは解放されたのだった。
「さ、こちらへ。我が家で話を」
「ケロシウス、俺がわかるのか?」
「……その話はこちらで」
急かされた一行は、巨人ケロシウスの後をついて行くのだった。




