サブロウ
箸休め回。
本編だけ読んでも支障はありません。先を読みたい人は飛ばしても問題なしです。
読んだら少し楽しくかも、な回です。
本編も同時に投稿してありますので、よろしくお願いいたします。
レオニア国軍上等兵サブロウは、この日、夜のパトロールに出ていた。
アレクニールとかいう謎のおっさんの見張りから解放されたというのに、さっそく仕事を押し付けられているわけだ。
サブロウは今年で二十八歳。年齢の割に階級が低く、よく馬鹿にされる。
悔しくないと言えば嘘になるが、責任のない立場で一定の給料をもらうのは、楽だった。
彼の上官であるスキンヘッド男——トルード隊長は奴隷の調達に夢中だ。
表向き犯罪者厚生施設となっているこの場所は、いつしか腐り果てた。少なくともサブロウが転属された時にはすでにそうなっていたのだった。
収容所では、各奴隷が誰かに紐づけされる。そして、所有者に奴隷が稼いだ給金の一部が入る仕組みである。
これは当然、犯罪だ。しかし離島であるのをいい事にみなやりたい放題。
サブロウは正直うんざりしていた。
(停戦だっつーし、辞めて田舎に帰ろうかなー)
うだつの上がらない上等兵はついそんなことを考えてしまう。
見回りを順次消化し、最後の場所にさしかかる。
所長の邸宅周辺だ。
入口の前に立つ警護の二人と挨拶をかわし、裏手に回る。
その時——
(……!)
気配を敏感に察知し、彼は剣の柄に手を伸ばす。
誰かが、邸宅を覗こうとしている。
厚いローブを身に着けた長身の男。
挙動不審が服を着ているような怪しさに、サブロウは声を上げた。
「そこにいるのは誰だ?」
「!!」
剣を抜き、構える。
「うーん……気配は絶っていたつもりだったんだけどな」
「誰だ、と聞いてる」
ローブ男は振り向き、フードを外した。
現れた顔は、息を呑む美貌。松明の薄明かりに照らされる金髪。
サブロウは目を丸くして驚いた。
そこにいたのは、一週間前にやってきたウィリアム大佐だ。
「大佐殿……?」
「僕を知っているのかい?」
超絶イケメンでなければ嫌味にしか聞こえないだろう。
知らないはずもない。勲章を受けること八回。武勲は数知れず、王都で発表される『今年最もホットな男性』の三年連続一位、『お婿さんにしたい男性』二年連続一位などなど、挙げきれない。
それだけではなかった。
サブロウは何年か前に二度ほど大佐の指揮下で戦っている。
「南部戦線で二度、指揮下に」
「ああ! あれはひどい戦いだったねー」
南部では疫病が蔓延し倒れる者が続出。精霊が率いる獣人の軍を前に撤退を余儀なくされた苦い思い出が蘇る。
殿を務めたのは当時少佐であったウィリアムの部隊で、サブロウもそこに臨時で加わっていたのだ。
「申し遅れました。レオニア国軍上等兵、サブロウであります。大佐殿はどうしてここに? 見たところ供の方もいないようですが」
剣を納めるサブロウ。それをウィリアムはじっと見つめ、最後には微笑んだ。
「大佐殿……?」
「ああ、いや、驚かしてすまない。少し調べものがあるんだ」
なんのことだろう、と当然サブロウは首をかしげる。
「ちょうどいい。サブロウ上等兵、所長を見たかい?」
「はあ……このところ、全く見てませんね」
「所長はいつも何をしているのかな?」
「内容までは存じ上げませんが、噂じゃなにかの研究をしていると」
「それは初耳だ」
サブロウは少しだけいやーな気持ちになった。なにかこう、巨大なものに巻き込まれたかのような感覚がしたのだ。
触らぬ神に祟りなし。彼はウィリアムから離れようとした。
「えーと、供の方を呼んできましょうか?」
「それは結構。彼らは言うなれば僕の監視役だからね」
ほらやっぱりいいいいいいいい、とサブロウは心の中で悲鳴を上げた。
(言わなきゃよかった……)
青ざめるサブロウに、ウィリアムはとびきりの笑顔を見せる。
「サブロウ上等兵、ついてきてくれ。君は剣腕が優れてそうだし、護衛を頼むよ」
(こ、ことわりてえええええええええええ!)
「上等兵?」
「は、はい、お供します」
条件反射で敬礼。彼は自分を呪った。
軽い身のこなしでベランダ伝いに邸宅へ侵入した二人は、極力音を立てずに部屋を見て回る。
優れた軍人である自分はまだしも、後ろから離れずについてくるサブロウを見て、ウィリアムは己の眼力が正しいことを確信した。
「巡回がやたらと多い。しかも見ない顔だ」
「ああ、あいつらは所長直属ですね。現場には出ません」
ふむ、と頷く大佐に、サブロウはますます嫌な予感がする。
巡回の兵を避けつつ、今度は下の階へと進むが、いまのところ特に変わった様子はなかった。
「所長の寝室には誰もいなかった。それどころか、どの部屋にもいる気配はない。ならば彼はどこにいる?」
「地下じゃないっすかね」
テキトーすぎる答えに、大佐は大きく頷いた。
「僕もそう考えていた。うん、君を連れてきて正解だな」
褒められているのにまったく嬉しくない。
サブロウはめったにしない愛想笑いを浮かべるしかなかった。
一階へと進んだ彼らは、邸宅の端で地下への扉を発見する。しかし、そこには屈強そうな兵士が二人立っている。
ほかに出入りできそうな場所はない。間違いなく唯一の道だろうと二人は思った。
「上等兵、左を頼む。僕は右をやる」
聞き間違えか、とウィリアムを見る。しかし彼は本気だ。
マジかよ、と呟くのをこらえた。
所長と大佐、どちらに従うべきか、迷う。
だが、ウィリアムが飛び出したのを見て、決断せざるを得なかった。
瞬速を超えた神速の剣が閃く。吹き抜ける風はウィリアムが使用したスキル『烈風刃』によるものだ。
次いで放たれるサブロウの剣もまた凄まじいものだった。淡い光をまとった剣先が急所を斬る。
斬ったあとで、やっちまった、とサブロウは背筋が凍る思いだった。
しかも隠していた『スキル』まで使う始末。人生終わった……と思うしかなかった。
ほぼ同時に兵が倒れ、ごとり、と音を立てる。
思いのほか大きな音が出たことで、上から足音が響いてきた。
「大佐殿! さすがにまずい!」
「待ってくれ、この奥に……」
焦るサブロウをよそに、ウィリアムが地下への扉を開けた。
とたんに鼻を破壊しかねない強烈な臭いが漂う。
「なんだ……このにおい……」
「鼻が曲がるね」
鼻が曲がってもイイ男だろうウィリアムが中の暗がりを凝視する。
サブロウは、臭いに覚えがあった。
戦場で何度も嗅いだものだ。
「死体……?」
「……」
上からの足音が大きくなってくる。
「大佐殿、出ましょう。これ以上は」
「残念だが、しかたがない」
二人は物陰に隠れてやってきた兵士をやり過ごし、脱出を図った。中から出るのは簡単だ。内側から窓を開けるだけである。
裏庭に降り立ち、すぐさまその場を離れる。
詰め所まで走り、ようやく落ち着いた彼らは、少しの間無言だった。
中は確認できなかったものの、地下室の異臭は明らかにおかしいのだ。
「今日は助かったよ、サブロウ上等兵。君も『スキル』持ちだったか」
ある種の才能と長きに渡る修練を経て習得する『スキル』は誰もが持ちえるものではない。
ウィリアムはサブロウから感じた光るモノが正しかったと大いに満足する。
「大佐ほどでは……」
「いや、重ねて礼を言わせてほしい。君がいてよかった」
「い、いえ、自分もともに行動出来て光栄でした。次は是非とも自分ではなくお供の方に——」
「明日も同じ時間で頼むよ」
ウィリアムがニッコリ。サブロウは硬直した。
「それじゃ」
と敬礼をして去る大佐に、上等兵は何も言えなかった。
(……………………)
(……………………うん、もう寝よう)
現実逃避をするしかないサブロウであった。
別視点の話って本来は要らないと今は思っているのですが、一呼吸を置けるという意味合いでは使えるんだと書いてて思いました。
自分としては割と憎めないキャラがこのサブロウです。




