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ドラゴンおぢさん ~人の皮をかぶった最強ドラゴン無双乱武~  作者: 雨森あお
地獄の島の酔いどれドラゴン
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おじさんと幽霊と夢ジジイ

「予知夢……とは?」


 聞いたことのない夢の種類に、アレクニールは太い首をかしげる。

 

「先の事が夢に出てくるのじゃよ」

「……?」


 夢でなにかを見たとして、それが何故未来とわかるのか、元・ドラゴンのおっさんにはわからなかった。


「予知夢の事もそうだが……この場所やニンゲンたちのことについて聞きたいんだ」

「変わった聞き方をするな、おぬし」


 老人からして、アレクニールという男はかなり珍妙だった。まずワケアリだろうとは思うが、何も知らなすぎる。


「っと、現場監督が睨んでおる。話すのであれば作業をしながらがよいじゃろう」

「そうだな、そうしよう」


 二人は隠れるようにして列に並んだ。





 一日の仕事を終えて独房に戻されたアレクニールは、あぐらをかいて座り今日の出来事を思い返していた。


 夢ジジイと名乗る老エルフから手に入れた情報は、彼にとって貴重すぎるものだ。

 まず、今いる場所は『ユルハ島』。大陸の北西に位置し、周りにはなにもない孤島だった。


 アレクニールは西方に行ったことがない。だからなんとなくドラゴン族の縄張りには遠いだろうな、と思う。

 

(ご老人は……ここがただの犯罪者収容所ではない、と言っていた)


 ユルハ島は元々無人島。

 それが老人の第一声だった。


 戦火を逃れたエルフたちが移り住み、小さな集落を作っていた密かな楽園がここ『ユルハ島』なのだ。

 しかし、二年前にニンゲンが来た事で状況は一変する。


 ユルハ島には豊富な鉱物資源があり、噂を聞きつけた者達が鉱山施設を作り始めたのだった。

 住んでいたエルフたちは捕まることを恐れて島の奥へと逃げたものの、ニンゲンたちは強欲で執拗。戦時中だったこともあり、エルフ狩りが始まった。


 そうしてできあがったのが強制収容所だ。

 労働時間は陽が昇り、落ちるまで。過酷な長さである。食事は日に二回。支払われるはずの給金は、どこかへと流れている。


 聞けば聞くほど愚かしい話に、アレクニールはうなるしかなかった。

 

(出る方法はない、か。うーん……)


 翼があればひとっとびなのに、と言いかけてやめる。意味のない仮定だ。

 ふと牢の外を見る。


 サブロウ、と呼ばれた男が不動の姿勢で立っていた。

 アレクニールは立ち上がり、にこやかに声をかける。


「なあ、君はサブロウというんだな」

「……」

「サブロウ、ここから出る方法はないか?」


 いきなりな質問に、サブロウは噴き出した。


「はあ!? なに言ってんだ!?」

「君なら知っていると思ったんだが」

「脱獄しようっていうのか!?」

「俺は犯罪者ではないし、脱獄には当たらないんじゃないかなあ」

「い、いや、そもそも馴れ馴れしいし、話しかけないでくれる?」


 そっぽを向かれてしまったアレクニールは、サブロウの後ろ姿を見つめた。

 しゅっと締まった肉体。後ろに回した手はタコだらけ。種族が違えど、強者はわかる。

 フッ、と小さく微笑んで、アレクニールは格子から離れるのだった。




 深夜になり、施設の明かりが消える。

 見張りのサブロウはいない。彼どころか、代わりの者もいなかった。交代で来た兵士は一時間程度職務を遂行すると、どこかへ行ってしまったのだ。


 さすがにザルすぎやしないかと、囚われの本人の方が心配になる。

 とはいえ、施設の外は極寒で、しかも孤島。どこにも行き場はない。


 牢屋にある小さな窓からは外が見えなかった。

 どこかの建物と繋がっているようで、ときおり変な音がする。


 地面に寝転んで目をつむっていたアレクニールは、視線を感じて体を起こす。

 見張りが戻って来たかと思えば、そうではない。


 しんと静まり返った独房施設には、彼以外誰もいないのだ。


「……ん?」


 小さな窓からなにかを感じた彼は、じっと見る。

 どうやら、二つの目がそこにあるらしかった。


 獣、だろうか。なんにせよかなりサイズの小さい生き物だろう。アレクニールは考えつつ指を近づける。


「怖がらなくてもいい。俺はニンゲンじゃない。今は……まあ、ニンゲンみたいな恰好だが、これでも元・ドラゴンだ」


 気配はある。だが、顔を出そうとしない。

 やがて、動物らしきものは消えた。


「なんだろう……?」


 いい暇つぶしになると思ったが、都合よくはいかなかった。





 翌日、独房での出来事をやってきたサブロウに聞いてみる。

 格子越しでもはっきりとわかるほど、彼は嫌な顔をした。


「それさあ……嘘じゃないんだよな?」

「嘘は言っていない」


 ええ……と青ざめるサブロウ。


「おれ、幽霊とか苦手なんだよ。剣じゃ斬れないしな」

「ユウ……レイ?」


 ドラゴン族にも、霊、という概念がある。ドラゴン族は命を終えても死ぬわけではなく、英霊となって子孫を見守っているからだ。


「ではこの施設を作った者の先祖か?」

「なんでそうなるの!? んなわけねーだろ」


 サブロウの話では、一年ほど前から施設に幽霊が出るようになったという。

 少年か少女か、姿は子供で、ニンゲンに見えるし、エルフにも見える。つまりはよくわかっていない。


「あの窓の外は地下倉庫に繋がってるし、獣が入り込むような場所じゃないんだ。おっさんが見たのは幽霊ってこと」

「ふーん……」


 話はそこで終わり、アレクニールはまた連れ出された。

 スキンヘッド男にはよく働いている、と褒められたが、なにかくれるワケでもなく、言葉だけだ。


 作業場についた彼はさっそく夢ジジイを名乗る老人と落ち合い、昨夜の事を話した。


「そりゃあ儂らの間でも噂になっとるぞ。幽霊、じゃな」


 なんでもかんでも幽霊にするのはよくない、とアレクニールは思った。


「近づかん方がええよ、なにがあるかわかったもんじゃない」

「まあ……そうだな」


 腑に落ちない顔のまま、元・ドラゴンのおじさんは作業に戻った。

 

 それから三日間、深夜になると気配が来るようになった。

 二つの目がじっとアレクニールを見ている。

 話しかけても返事はなく、近づこうとすると逃げてしまう。これでは姿を確認できず、何者かわからずじまいだった。


 なので四日目の夜は、ちょっとイタズラをしてみようと思った。

 気配が来るのは定刻なので、窓のすぐ横に背を預けて待機する。


 そして——

 気配が来た瞬間、横からスライドしてみたのだった。


「あっ……」


 と声を上げて、気配が消える。消えるというよりは逃げた、というのが正しいだろう。


「ニンゲンだったのか?」


 てっきり小動物かと思ったが違うようだった。

 

「結局姿は見えなかったな……」


 一体何者だったのか、気になるところではある。アレクニールは、覗き見は感心しないぞ、と言うつもりだった。

 次は捕まえて抗議してやろう。彼は心に決めたのだった。

 





 アレクニールが鉱山での作業に従事してから一週間が過ぎた。

 例の気配はもう来なくなってしまったので、すこーし寂しい気持ちもあったが、彼は気にしないようにして働いていたのだった。


 よく働き、よく笑う巨漢の元には、徐々に人が集まるようになる。

 そして、八日目には独房から出ることになった。


 通常の大部屋に移る事になった彼をサブロウが外に出す。


「これでおれの雑用も終わりだ」


 大して嬉しそうな顔も見せずにサブロウがそんなことを言うので、アレクニールはつい苦笑してしまう。


「おっさん、あんたは変わったヤツだ。なんの罪でここへ来た?」

「なんだ、俺のことを気にしてくれるのか?」

「ちっ、んじゃいいわ。じゃな」


 一週間たってもサブロウは愛想がない。

 




 その日の作業を終え、改めて大部屋に来たアレクニールは珍しそうに中を見る。

 一人一人のスペースがとにかく狭い。足の踏み場もないとはこのことだ。


「アレクよ、こっちじゃ」

「ご老人」


 アレク、という略称で呼ばれたアレクニールは、大きな体を、ずん、ずん、と揺らして老人の元へと歩く。途中で何人かの足を踏んづけたが気にしない。

 老人の周りにいる男たちを押しのけて座ると、みな笑った。


「よう来たのー」

「こういう時は……世話になる、と言えばいいのかな」

「なーに、世話になったのはこっちじゃて」


 この一週間、アレクニールが行った作業量は常軌を逸していた。一日分をわずか三時間で済ませたり、誰も崩せなかった固い大岩を壊したりと、大活躍であった。


「エルフが多いように見えるが……」


 見渡せばほとんどの男たちは耳が尖っている。


「ニンゲンとエルフの割合は一対九じゃしな」

「偏ってないか、それ」


 エルフのほとんどはニンゲン族——厳密に言えばレオニア国の奴隷扱い。

 老人が平然と言ったので、アレクニールはちょっとだけ眉根を寄せた。


 犯罪者の厚生施設とは名ばかりで、実際は強制収容所だと改めて痛感する。

 口を尖らせるアレクに、老人が見慣れないものを取り出して見せた。


「独房から出た祝いじゃ」


 すっと差し出されたのは、小さな木の器に注がれた液体。

 アレクニールは目の前で起こったことが信じられなかった。


「……酒精の香り……まさかとは……思うが」

「おや? 酒は苦手かのう」


 逆も逆、大逆だ。


「マジで!?」


 つい大声を上げてしまう。

 信じられない。あり得ない。夢じゃないのか。俺を騙しているんじゃないのか。と、頭が混乱する。


「盗みのうまいヤツがおってな。少しだけ分けてもらったんじゃ」

「ご、ご、ご老人! 感謝する!」


 小さな器をつまんで一気飲み。ぬるくてまずいのだが、アルコールが胃に届くとアレクニールの体は燃え上がった。

 熱い。圧倒的に熱い。天井がぐるぐると回り、同時に力がみなぎってくる。


 拳を握りしめてじっくりと余韻にひたるアレクニールを見た夢ジジイは微笑んだ。兵士の詰め所にあった安酒をここまで楽しめる人間もいないだろうと思う。


「アレク、前に予知夢のことを話したじゃろう?」

「……ああ、聞いた」

「一週間と少し前にな、夢を見たんじゃよ」

「それはどのような?」


 いい気分になっているアレクニールは、老人の話を邪魔しなかった。むしろ上機嫌で聞きに回る。


「この島にドラゴンがやってくる夢じゃ」

「……ほう?」

「雄々しく、神々しく、そして恐ろしい姿。あれはまさしく、話に聞く紅角銀鱗(こうかくぎんりん)の竜じゃろう」


 老人の瞳に映るのは、アレクニールの顔だ。

 元・ドラゴンのおっさんは次の言葉を待った。


「そして次の日に突然やってきた大男。名を聞けばアレクニールという」

「……どこにでもある名前では?」

「さあてな、わしはエルフじゃし、人間の名付けは知らんよ」

「して、夢の続きは?」

「……島が炎に包まれておった。夢はそこで終わりじゃ」

「なるほど、物騒な夢だなー」

「ほっほっほ……確かに物騒じゃなー」


 二人は笑い合う。

 予知夢とはすごいものだと、アレクは素直に感心した。老人は彼の正体に気付いているのだ。


 自分に話しかけてきたのも、それが理由だろうと思う。 

 しかし、ここから出るあてもない彼にしてみれば、夢でしかないのも事実。いっそ打ち明けて出る方法を相談してみようかと考える。


「おまえさんが何者であってもわしは変わらんよ。たとえそれが神よりも恐ろしい破壊者であってもな」

「……?」


 神よりも恐ろしい破壊者とはまたおおげさな話だ。そのような力は、アレクニールにはない。

 老人は楽しそうに笑い、それ以上は何も言わなかった。


 やがて消灯時間が来て、部屋はすぐさま静寂が満ちた。過酷な労働にみな疲れているのだ。

 

 アレクは仰向けになって天井を仰ぎ見る。

 このままでいることはできない、と思った。


(なんとかして脱出できればいいんだけどな……っていうかもっと酒が飲みたい……)


 変わり者のドラゴンにとっては切実な問題だ。もう味わえないと思っていたところに、今日の酒はとても効いた。アルコールを求める衝動が止まらないのだ。


(決めた。ここを出る。そして島から出て……まずはニンゲンの酒を——じゃなかった! 縄張りに戻る!)


 欲望がダダ洩れである。

 夜は警備兵が少ない。自分一人であれば突破できるかもしれないと思う。

 問題は島から出る方法だ。施設を出ただけでは意味がない。


 アレクニールは目をつむった。酒を口にしたおかげで爽快な気分になっている。時間が経てば衝動も収まり、よく眠れるに違いない。

 次第に呼吸が規則的になり、意識が遠のいていく。


 まさか明日が最後の日になろうとは思いもせず、彼は眠りに落ちた——

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