長い一日
逮捕、という言葉が出たことで、店内に緊張が走る。
「逮捕とは言うがな。俺は何もしていないぞ」
胸の内で、紅竜会は潰したが、と付け加える。
「あなたには軍の所有物を持ち出した容疑がかけられています」
「所有物とは?」
アレクニールは笑顔を崩さない。
「あなた自身が一番よくおわかりなのでは?」
「さて、俺に心当たりはないんだけどなー」
元・ドラゴンのおっさんは、ア・ナコンダ大尉と名乗った男を見る。
眼鏡の奥に光る眼光。立ち昇る死の匂い。捜査官というより、殺し屋に近い。
ルリーシェラに気づく前に片付けようと思ったところで、クラウディアが椅子から立ち上がった。
「待ってください」
「あなたは?」
「わたしは王都警護隊捜査課のクラウディア少尉です。なんの話か説明してください」
「ふむ。申し訳ないが緊急でね。あなたに説明している暇はないのですよ、少尉さん」
軍の階級は絶対。官位をちらつかせることで退かせるつもりだ。
通常であれば引き下がる彼女だったが、今回は違った。
「いえ、わたしは王都の捜査官全員の顔を知っています。ですが、大尉。あなたは見たことがありません。身分証明書を」
「その必要はありません」
「身分証明書を」
「……やれやれ」
と、ア・ナコンダ大尉が懐に手を忍ばせた。
刹那、闘気が膨らんだのをアレクは見逃さない。
「伏せろ!」
巨体を軽やかに躍らせて宙を舞う。
瞬間、小さな爆発音がして、店内が煙に包まれる。
「なんだ……? ちょっと痛いんだが」
「なにっ!?」
筒状の物体を手に構えたア・ナコンダ大尉は驚いた。
「魔術か?」
アレクは大胸襟を撫でながら尋ねる。
「くっ……撃て撃て!」
ア・ナコンダ大尉の後ろに控えていた四人も、同様の筒を取り出して発射。
アレクニールは腕を広げてルリーシェラとクラウディアをかばった。
「ば……ばかな! 出力のミスか!?」
彼らが使用したのは、つい先ごろ実用化に成功したばかりの小型魔術砲『魔銃』である。
至近距離ならばニンゲンなど軽く撃ち殺せるはずのものが、アレクニールには効いていない。
「クラウディア捜査官、ルリーシェラと裏口へ!」
「はい!」
二人を下がらせたアレクは、店のテーブルを持ち上げて盾とする。
「逃がすな! 撃てぇっ!」
魔銃の一撃はテーブルを貫通した。
じりじりと下がった彼は、厨房から裏口へとダッシュする。
しかし、すでに手は回っている。
店の裏手を数人の男たちが囲んでいたのだった。
「おじさま……」
「二人とも、平気か?」
「うん」
彼らはすでに武器を抜き放ち、アレクニールらを捕らえようとしている。
交渉する余地はどう見てもなさそうだった。
「ルリーシェラ、目くらましは可能か?」
「できるけど……おじさん、戦わないの?」
「ここでは店が壊れる。オヤジ殿が悲しむだろう」
オヤジの店『ギュゼル』はアレクニールにとっても大事なものへと変わっている。
「クラウディア捜査官、こいつらはなんだ?」
「……わかりません。ただ……正規の捜査官では」
「ならば切り抜けよう。ルリーシェラ、頼む」
「わかった!」
彼女の手首にある魔術紋が妖しく光る。
魔術の発動は即座に行われた。
「≪炎と水、混ざり合わされよ≫」
生み出された火と水が混じり、濃い霧を発生させる。
アレクニールが駆け、クラウディアが剣を振るった。
敵も即座に魔銃を発砲。
しかし、視界ゼロの戦いは途中で終わらざるをえなかった。
「霧だと! 魔術か!」
ア・ナコンダ大尉が裏口からやってくる。
形勢不利と見た元・ドラゴンのおっさんは、敵の一人を殴り倒してから戻り、ルリーシェラを脇に抱えて霧から脱出した。
「クラウディア捜査官!」
「こ、ここにいます……」
すぐ後ろにクラウディアが来ている。
だが、顔は真っ青で、脇腹から真っ赤な血が流れていた。
「やられたのか?」
「い、いえ……かすっただけです」
魔銃にこめられた爆発弾は、クラウディアの鎧を破壊し、脇腹を傷つけた。
気丈に振舞う彼女だったが、どう見てもダメージは大きい。
「逃げるぞ」
「はい……」
彼らは霧を盾に、入り組んだ古街の中に消えた。
「家もダメか」
物陰からボロ屋を覗きこみ、小さく呟く。
手回しが異常に早い。
おそらくは前から監視されていたのだと考える。
「ミィフィーユとエクレアは捕まってしまったか?」
中にいるとしたら、救い出さなければならない。
拳に力を込めたその時———
ボロ屋が突然、爆発した。
大炎を吹き上げて、家が木っ端みじんになる。
吹き飛ぶ兵士たち。
頭を抱えるアレクニール。
「バカな! ミィフィーユ……エクレア……」
ニンゲンとなって初めて感じる絶望に、彼は呼吸が苦しくなる。
しかし———
「呼んだ?」
「なに?」
振り向けばそこにはエルフの双子がいる。
「おまえたち……」
「いやー……なんか兵隊が来たから、家ごと証拠隠滅しようかなって」
アレクニールは愕然とした。
つまり、自分達は今まで爆弾の上に寝ていたことになる。
絶対にお仕置きする、と決めたおじさんの体から、闘気が滲み出る。
敏感に感じ取ったミィフィーユとエクレアはお尻を押さえて下がった。
「お、おじさん? クラウディア捜査官が……」
苦し紛れの話題変更。
アレクはクラウディアを見た。
顔はさらに青くなっており、立っているのもやっとというところだ。
「クラウディア捜査官、大丈夫か?」
「はい……」
息も絶え絶えな返事。
大丈夫ではない。
「ハイドシルフのアジトまでは遠いな。どこかに身を隠したいところだが」
怪我をしているクラウディアを連れての強行突破はまず不可能。
敵は厄介な飛び道具を持っている。
「俺は撃たれても問題ない。しかし……」
娘たちとクラウディアは違う。まともに撃たれれば、死ぬ。
「……な、なら、わたしの家に……」
「いいのか?」
「はい……お兄様は、いませんし……誰も、手は……出せません」
聞いたアレクニールはわずかにも迷わなかった。
「ミィフィ、エクレア、俺の首に掴まれ。絶対に離すなよ」
「う、うん」
「…………(こくり)」
双子を捕まらせ、さらにルリーシェラとクラウディアを脇に持ち上げて、走り出す。
「……お、おじさま!?」
「しっかりと捕まっていろ! 飛ばす!」
元・ドラゴンのおっさんは、跳んだ。
およそ二メートルはある肉体を浮かし、民家の屋根へと降り立つ。
すさまじい跳躍力に、クラウディアは面食らってしまった。
浮遊感に気が遠くなる。
「おじさん、道わかるの?」
「ああ! 問題ない!」
疾風となって走るアレクを捉えられる者はいなかった。
わずかに数分でクラウディアの邸宅に着く。
「捜査官?」
彼女からの返事はない。
汗で張り付いた金色の髪をかき分けると、息をしているのは確認できた。
気絶しているだけなので安堵する。
「しまったな。急ぎ過ぎたか」
住人が気絶してしまっているのでは、正面から行けない——
そう考えたアレクは塀を飛び越え、空いている窓から侵入した。
「そこにいるのは誰だい!」
入った瞬間、背後から強烈な、しかしどこか懐かしい闘気をぶつけられる。
かなり、いや、相当な強者だと一瞬で認識したアレクは、娘たちとクラウディアを下ろし、拳を握りしめた。
「おや? ウチの孫じゃないか」
振り向いた先にいたのは、背の低い老婆であった。
何時間経過したのか。
「……ふう……うん……」
ベッドに横たわるクラウディアは、いつもの慣れたシーツの感触に安心する。
「……あ、あれ?」
飛び起きて、まずは脇腹をまさぐる。
下着姿で、胴体には包帯がきつく巻かれていた。
「……えっと」
じく、とした痛みが記憶を呼び覚ます。
彼女はベッドの脇に落ちていた衣服を慌てて拾い、一階へと走った。
「おじさま!」
食堂の扉を勢いよく開けた彼女は、驚きの光景を目にする。
「いやー、エリザベート殿、この葡萄酒は最高だな!」
「八十年物さ。うまいだろう?」
テーブルに並んで座っているのは、上機嫌なアレクニールと暇そうなルリーシェラ。お眠になっているエルフの双子。そして——
「お、おばあ様……」
「おや、気が付いたのかい、クラウディア」
「あ、あの、いつ……?」
「今さっきだよ。まったく、温泉旅行から戻ってみれば、なんてザマだい」
叱られたクラウディアは、しゅんとなった。
「そもそもなんだいその恰好は。アレスさんに失礼だろ」
「ハッ!?」
下着姿だったことを思い出し、クラウディアは廊下に隠れてしまった。
死にたい、と思うくらいに恥ずかしい。
気を取り直し。
着替えたクラウディアは、改めてテーブルについた。
「クラウディア、アレスさんにお礼をいいな。怪我をしたあんたをここまで運んでくれたんだからね」
「……あ、はい。ありがとうございます……」
声は消え入りそうなくらいに小さい。
「ことのあらましは聞いたよ。だが」
ぎろり、と老婆が孫をにらみつける。
「ちょっとかすって血が出たくらいで気絶しちまうなんて。情けないったらありゃしないね」
「そ、それは……その……」
うつむき、ますます縮こまるクラウディア。
おばあちゃんの説教に、アレクニールは微笑んでしまった。
助け舟を出してやろうと、口をはさむ。
「まあまあ、エリザベート殿。クラウディア捜査官には訳があるようだ。俺のところに来るときはいつも腹を空かしていたからな。空腹に出血、つまり貧血だったのでは?」
「なんだって!」
クラウディアは恥ずかしすぎて泣きたくなる。
「どういうことだい? おばあちゃんに話してみな」
「……で、でも」
身長が百七十五はあるクラウディアの体は、もはや縮み過ぎて子供に見えるほどだった。
「捜査官、話してみるといい。減るものでもない」
「…………………」
長い沈黙。
やがて、彼女はうつむいたまま話し始めた。
「……お兄様が、食事制限を」
「ウィリアムがかい?」
「はい……おばあ様の剣技を極めるため……余計な肉は、いらない……って」
一度話し始めると、止まらなかった。
何日かに一度、下着姿にされて筋肉を確認される事。任務に口を出される事。友達を勝手に選ぶ事。などなど、聞いていて胸糞が悪くなる話ばかりだった。
「クラウディアのお兄さんはヘンタイ」
「確かに……気持ち悪いね」
「……(こくり)」
ずっぱりと言い放つルリーシェラとミィフィーユに、頷くエクレア。娘たちの顔はそろって渋い。
聞き終えたおばあちゃんは天井を仰いだ。
「なんてこったい……あたしがいない間に」
「……」
「あのばか孫にはお説教だね」
「……おばあ様、それはいいんです」
クラウディアは首を横に振った。
「なんでだい?」
「……」
再びの沈黙。
彼女はこれ以上口を開こうとしない。
しかし、これまでの旅で、短い間ではあるが娘のようなもの、たちをさんざん見てきたアレクニールにはわかった。
まだなにか言いたい事がある。しかし勇気がない、という感じだ。
彼は年代物の葡萄酒をぐいっとあおり、グラスを置く。
「我慢することはないんじゃないか?」
「え……?」
「君はいつも謝ってばかりだ。それは本来の君ではないだろう? 兄にも怯えていたし、話すべきだ」
隣のエリザベートは、大男を見上げてニヤリとする。
「わたしは……」
「クラウディア、言って?」
ルリーシェラにまで応援され、顔が赤くなる。
だが、これで勇気が出た彼女は、思いを口にした。
「おばあ様……わたし、軍を辞めたい」
おばあちゃんは口をはさまず、黙って孫の話を聞く。
「フィールディング家の名誉を取り戻すのは……大事だけど、でも、わたしの、やりたいことじゃない」
「どうしたいんだい?」
「わたし、王都から出て……いろんな場所、行ってみたい。みんながどうやって暮らしているのか……知りたい」
本心からの告白だった。
クラウディアは自分で軍人には向いていないと思う。
十四歳の時、士官学校生のみの演習中に、獣人族の工作員が施設を占拠したことがあった。
運が良かったのか、悪かったのか、一人はぐれていた彼女は剣を取り、テロリストを討ち取る。
十四の娘が行ったとは思えない偉業に、王都は沸いた。兄に続く軍の英雄として期待され、祭り上げられた。
それは、彼女にとっての重荷にしか過ぎない。
レオニア国はニンゲン族以外を認めない。
しかしそれはクラウディアの思っていることとは違った。
「種族とか、差別とか、そんなの馬鹿馬鹿しいよ……みんな、同じなのに」
「そうか……」
しみじみとするエリザベートも、どこか思うところがあるようだった。
エルフの双子も驚いている。
イイ話だなー、と思いたいアレクニールであったが、酒を飲む手を止めるのだった。
無粋な輩が敷地に入って来る気配がしたからだ。
「どうやら敵が来たようだ」
「おじさま……なら、わたしも」
「待ちな」
「おばあ様……でも」
「クラウディア、覚悟はあるのかい? やっちまったらもう王都には戻れないよ」
少しだけ迷う。
だが、クラウディアは前を向く。
「もういい。ここに……わたしの居場所、ないもの」
聞いた老婆は、小気味の良い笑いをした。
「よく言った! じゃああたしも久々に運動するかねえ」
「へ?」
立ち上がるアレクニールとエリザベート。二人の間に漂う気配は、すでにして戦友だった。
「ルリーシェラ、クラウディア捜査官と妹たちを守ってやってくれ」
「わかった!」
やっと退屈から解放されたルリーシェラは元気満々だ。
「ウチに乗り込んできたことを地獄で後悔させてやろうかいね」
笑う老婆。
酒を飲むアレクニール。
可愛らしいガッツポーズをとるルリーシェラ。
えー……と変な顔をする双子
クラウディアをもうどうしていいかわからなかった。




