表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンおぢさん ~人の皮をかぶった最強ドラゴン無双乱武~  作者: 雨森あお
王都の料理人DEドラゴン
39/113

長い一日

 逮捕、という言葉が出たことで、店内に緊張が走る。


「逮捕とは言うがな。俺は何もしていないぞ」


 胸の内で、紅竜会は潰したが、と付け加える。


「あなたには軍の所有物を持ち出した容疑がかけられています」

「所有物とは?」


 アレクニールは笑顔を崩さない。


「あなた自身が一番よくおわかりなのでは?」

「さて、俺に心当たりはないんだけどなー」


 元・ドラゴンのおっさんは、ア・ナコンダ大尉と名乗った男を見る。

 眼鏡の奥に光る眼光。立ち昇る死の匂い。捜査官というより、殺し屋に近い。


 ルリーシェラに気づく前に片付けようと思ったところで、クラウディアが椅子から立ち上がった。


「待ってください」

「あなたは?」

「わたしは王都警護隊捜査課のクラウディア少尉です。なんの話か説明してください」

「ふむ。申し訳ないが緊急でね。あなたに説明している暇はないのですよ、()()()()


 軍の階級は絶対。官位をちらつかせることで退かせるつもりだ。

 通常であれば引き下がる彼女だったが、今回は違った。


「いえ、わたしは王都の捜査官全員の顔を知っています。ですが、大尉。あなたは見たことがありません。身分証明書を」

「その必要はありません」

「身分証明書を」

「……やれやれ」


 と、ア・ナコンダ大尉が懐に手を忍ばせた。

 刹那、闘気が膨らんだのをアレクは見逃さない。


「伏せろ!」


 巨体を軽やかに躍らせて宙を舞う。

 瞬間、小さな爆発音がして、店内が煙に包まれる。


「なんだ……? ちょっと痛いんだが」

「なにっ!?」


 筒状の物体を手に構えたア・ナコンダ大尉は驚いた。


「魔術か?」


 アレクは大胸襟を撫でながら尋ねる。


「くっ……撃て撃て!」


 ア・ナコンダ大尉の後ろに控えていた四人も、同様の筒を取り出して発射。

 アレクニールは腕を広げてルリーシェラとクラウディアをかばった。


「ば……ばかな! 出力のミスか!?」


 彼らが使用したのは、つい先ごろ実用化に成功したばかりの小型魔術砲『魔銃』である。

 至近距離ならばニンゲンなど軽く撃ち殺せるはずのものが、アレクニールには効いていない。


「クラウディア捜査官、ルリーシェラと裏口へ!」

「はい!」


 二人を下がらせたアレクは、店のテーブルを持ち上げて盾とする。


「逃がすな! 撃てぇっ!」


 魔銃の一撃はテーブルを貫通した。

 じりじりと下がった彼は、厨房から裏口へとダッシュする。


 しかし、すでに手は回っている。

 店の裏手を数人の男たちが囲んでいたのだった。


「おじさま……」

「二人とも、平気か?」

「うん」


 彼らはすでに武器を抜き放ち、アレクニールらを捕らえようとしている。

 交渉する余地はどう見てもなさそうだった。


「ルリーシェラ、目くらましは可能か?」

「できるけど……おじさん、戦わないの?」

「ここでは店が壊れる。オヤジ殿が悲しむだろう」


 オヤジの店『ギュゼル』はアレクニールにとっても大事なものへと変わっている。


「クラウディア捜査官、こいつらはなんだ?」

「……わかりません。ただ……正規の捜査官では」

「ならば切り抜けよう。ルリーシェラ、頼む」

「わかった!」


 彼女の手首にある魔術紋が妖しく光る。

 魔術の発動は即座に行われた。


「≪炎と水(フェゴヤグア)混ざり合わされよ(メズクラー)≫」


 生み出された火と水が混じり、濃い霧を発生させる。

 アレクニールが駆け、クラウディアが剣を振るった。


 敵も即座に魔銃を発砲。

 しかし、視界ゼロの戦いは途中で終わらざるをえなかった。


「霧だと! 魔術か!」


 ア・ナコンダ大尉が裏口からやってくる。

 形勢不利と見た元・ドラゴンのおっさんは、敵の一人を殴り倒してから戻り、ルリーシェラを脇に抱えて霧から脱出した。


「クラウディア捜査官!」

「こ、ここにいます……」


 すぐ後ろにクラウディアが来ている。

 だが、顔は真っ青で、脇腹から真っ赤な血が流れていた。


「やられたのか?」

「い、いえ……かすっただけです」


 魔銃にこめられた爆発弾は、クラウディアの鎧を破壊し、脇腹を傷つけた。

 気丈に振舞う彼女だったが、どう見てもダメージは大きい。


「逃げるぞ」

「はい……」


 彼らは霧を盾に、入り組んだ古街の中に消えた。





「家もダメか」


 物陰からボロ屋を覗きこみ、小さく呟く。

 手回しが異常に早い。


 おそらくは前から監視されていたのだと考える。

 

「ミィフィーユとエクレアは捕まってしまったか?」


 中にいるとしたら、救い出さなければならない。

 拳に力を込めたその時———


 ボロ屋が突然、爆発した。

 大炎を吹き上げて、家が木っ端みじんになる。


 吹き飛ぶ兵士たち。

 頭を抱えるアレクニール。


「バカな! ミィフィーユ……エクレア……」


 ニンゲンとなって初めて感じる絶望に、彼は呼吸が苦しくなる。

 しかし———


「呼んだ?」

「なに?」


 振り向けばそこにはエルフの双子がいる。


「おまえたち……」

「いやー……なんか兵隊が来たから、家ごと証拠隠滅しようかなって」


 アレクニールは愕然とした。

 つまり、自分達は今まで爆弾の上に寝ていたことになる。

 絶対にお仕置きする、と決めたおじさんの体から、闘気が滲み出る。

 敏感に感じ取ったミィフィーユとエクレアはお尻を押さえて下がった。


「お、おじさん? クラウディア捜査官が……」


 苦し紛れの話題変更。

 アレクはクラウディアを見た。

 顔はさらに青くなっており、立っているのもやっとというところだ。


「クラウディア捜査官、大丈夫か?」

「はい……」


 息も絶え絶えな返事。

 大丈夫ではない。


「ハイドシルフのアジトまでは遠いな。どこかに身を隠したいところだが」


 怪我をしているクラウディアを連れての強行突破はまず不可能。

 敵は厄介な飛び道具を持っている。


「俺は撃たれても問題ない。しかし……」


 娘たちとクラウディアは違う。まともに撃たれれば、死ぬ。


「……な、なら、わたしの家に……」

「いいのか?」

「はい……お兄様は、いませんし……誰も、手は……出せません」


 聞いたアレクニールはわずかにも迷わなかった。


「ミィフィ、エクレア、俺の首に掴まれ。絶対に離すなよ」

「う、うん」

「…………(こくり)」


 双子を捕まらせ、さらにルリーシェラとクラウディアを脇に持ち上げて、走り出す。


「……お、おじさま!?」

「しっかりと捕まっていろ! 飛ばす!」


 元・ドラゴンのおっさんは、跳んだ。

 およそ二メートルはある肉体を浮かし、民家の屋根へと降り立つ。


 すさまじい跳躍力に、クラウディアは面食らってしまった。

 浮遊感に気が遠くなる。


「おじさん、道わかるの?」

「ああ! 問題ない!」


 疾風となって走るアレクを捉えられる者はいなかった。

 わずかに数分でクラウディアの邸宅に着く。


「捜査官?」


 彼女からの返事はない。

 汗で張り付いた金色の髪をかき分けると、息をしているのは確認できた。

 

 気絶しているだけなので安堵する。


「しまったな。急ぎ過ぎたか」


 住人が気絶してしまっているのでは、正面から行けない——

 そう考えたアレクは塀を飛び越え、空いている窓から侵入した。


「そこにいるのは誰だい!」


 入った瞬間、背後から強烈な、しかしどこか懐かしい闘気をぶつけられる。

 かなり、いや、相当な強者だと一瞬で認識したアレクは、娘たちとクラウディアを下ろし、拳を握りしめた。


「おや? ウチの孫じゃないか」


 振り向いた先にいたのは、背の低い老婆であった。





 何時間経過したのか。

 

「……ふう……うん……」


 ベッドに横たわるクラウディアは、いつもの慣れたシーツの感触に安心する。


「……あ、あれ?」


 飛び起きて、まずは脇腹をまさぐる。

 下着姿で、胴体には包帯がきつく巻かれていた。


「……えっと」


 じく、とした痛みが記憶を呼び覚ます。

 彼女はベッドの脇に落ちていた衣服を慌てて拾い、一階へと走った。


「おじさま!」


 食堂の扉を勢いよく開けた彼女は、驚きの光景を目にする。


「いやー、エリザベート殿、この葡萄酒は最高だな!」

「八十年物さ。うまいだろう?」


 テーブルに並んで座っているのは、上機嫌なアレクニールと暇そうなルリーシェラ。お眠になっているエルフの双子。そして——


「お、おばあ様……」

「おや、気が付いたのかい、クラウディア」

「あ、あの、いつ……?」

「今さっきだよ。まったく、温泉旅行から戻ってみれば、なんてザマだい」


 叱られたクラウディアは、しゅんとなった。


「そもそもなんだいその恰好は。アレスさんに失礼だろ」

「ハッ!?」


 下着姿だったことを思い出し、クラウディアは廊下に隠れてしまった。

 死にたい、と思うくらいに恥ずかしい。


 気を取り直し。

 着替えたクラウディアは、改めてテーブルについた。


「クラウディア、アレスさんにお礼をいいな。怪我をしたあんたをここまで運んでくれたんだからね」

「……あ、はい。ありがとうございます……」


 声は消え入りそうなくらいに小さい。


「ことのあらましは聞いたよ。だが」


 ぎろり、と老婆が孫をにらみつける。


「ちょっとかすって血が出たくらいで気絶しちまうなんて。情けないったらありゃしないね」

「そ、それは……その……」


 うつむき、ますます縮こまるクラウディア。

 おばあちゃんの説教に、アレクニールは微笑んでしまった。


 助け舟を出してやろうと、口をはさむ。


「まあまあ、エリザベート殿。クラウディア捜査官には訳があるようだ。俺のところに来るときはいつも腹を空かしていたからな。空腹に出血、つまり貧血だったのでは?」

「なんだって!」


 クラウディアは恥ずかしすぎて泣きたくなる。


「どういうことだい? おばあちゃんに話してみな」

「……で、でも」


 身長が百七十五はあるクラウディアの体は、もはや縮み過ぎて子供に見えるほどだった。


「捜査官、話してみるといい。減るものでもない」

「…………………」


 長い沈黙。

 やがて、彼女はうつむいたまま話し始めた。


「……お兄様が、食事制限を」

「ウィリアムがかい?」

「はい……おばあ様の剣技を極めるため……余計な肉は、いらない……って」


 一度話し始めると、止まらなかった。

 何日かに一度、下着姿にされて筋肉を確認される事。任務に口を出される事。友達を勝手に選ぶ事。などなど、聞いていて胸糞が悪くなる話ばかりだった。


「クラウディアのお兄さんはヘンタイ」

「確かに……気持ち悪いね」

「……(こくり)」


 ずっぱりと言い放つルリーシェラとミィフィーユに、頷くエクレア。娘たちの顔はそろって渋い。

 聞き終えたおばあちゃんは天井を仰いだ。


「なんてこったい……あたしがいない間に」

「……」

「あのばか孫にはお説教だね」

「……おばあ様、それはいいんです」


 クラウディアは首を横に振った。


「なんでだい?」

「……」


 再びの沈黙。

 彼女はこれ以上口を開こうとしない。


 しかし、これまでの旅で、短い間ではあるが娘のようなもの、たちをさんざん見てきたアレクニールにはわかった。

 まだなにか言いたい事がある。しかし勇気がない、という感じだ。


 彼は年代物の葡萄酒をぐいっとあおり、グラスを置く。


「我慢することはないんじゃないか?」

「え……?」

「君はいつも謝ってばかりだ。それは本来の君ではないだろう? 兄にも怯えていたし、話すべきだ」


 隣のエリザベートは、大男を見上げてニヤリとする。

 

「わたしは……」

「クラウディア、言って?」


 ルリーシェラにまで応援され、顔が赤くなる。

 だが、これで勇気が出た彼女は、思いを口にした。


「おばあ様……わたし、軍を辞めたい」


 おばあちゃんは口をはさまず、黙って孫の話を聞く。


「フィールディング家の名誉を取り戻すのは……大事だけど、でも、わたしの、やりたいことじゃない」

「どうしたいんだい?」

「わたし、王都から出て……いろんな場所、行ってみたい。みんながどうやって暮らしているのか……知りたい」


 本心からの告白だった。

 クラウディアは自分で軍人には向いていないと思う。


 十四歳の時、士官学校生のみの演習中に、獣人族の工作員が施設を占拠したことがあった。

 運が良かったのか、悪かったのか、一人はぐれていた彼女は剣を取り、テロリストを討ち取る。


 十四の娘が行ったとは思えない偉業に、王都は沸いた。兄に続く軍の英雄として期待され、祭り上げられた。

 それは、彼女にとっての重荷にしか過ぎない。


 レオニア国はニンゲン族以外を認めない。

 しかしそれはクラウディアの思っていることとは違った。


「種族とか、差別とか、そんなの馬鹿馬鹿しいよ……みんな、同じなのに」

「そうか……」


 しみじみとするエリザベートも、どこか思うところがあるようだった。

 エルフの双子も驚いている。


 イイ話だなー、と思いたいアレクニールであったが、酒を飲む手を止めるのだった。

 無粋な輩が敷地に入って来る気配がしたからだ。


「どうやら敵が来たようだ」

「おじさま……なら、わたしも」

「待ちな」

「おばあ様……でも」

「クラウディア、覚悟はあるのかい? やっちまったらもう王都には戻れないよ」


 少しだけ迷う。

 だが、クラウディアは前を向く。


「もういい。ここに……わたしの居場所、ないもの」


 聞いた老婆は、小気味の良い笑いをした。


「よく言った! じゃああたしも久々に運動するかねえ」

「へ?」


 立ち上がるアレクニールとエリザベート。二人の間に漂う気配は、すでにして戦友だった。


「ルリーシェラ、クラウディア捜査官と妹たちを守ってやってくれ」

「わかった!」


 やっと退屈から解放されたルリーシェラは元気満々だ。


「ウチに乗り込んできたことを地獄で後悔させてやろうかいね」


 笑う老婆。

 酒を飲むアレクニール。

 可愛らしいガッツポーズをとるルリーシェラ。

 えー……と変な顔をする双子


 クラウディアをもうどうしていいかわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ