クッキング乱武
アレクニールとクラウディアは王都の外れにある大きな建造物を眺める。
そこは街の裏社会で巨大な勢力を誇る『紅竜会』の本拠地だ。
「ずいぶんとニンゲンが多いな」
入口に二人。門の隙間からちらほら見える数は十人以上。
「クラウディア捜査官は帰るといい」
「……いえ」
「ついてくる気か?」
捜査官が許可も取らずに乗り込むのはあり得ない。
だが彼女はアレクニールがどこまでやるのか気になってしかたなかった。
先ほどの厨房で見せた動き。包丁で難なく敵を殺す技。どれもがすさまじい。
このまま帰るわけにはいかない、と彼女は直感する。
「おじさまを一人でいかせるわけには」
「そうか」
「……おじさま、ところでその装備は……?」
アレクニールはコックコートを着たままだ。そればかりか、包丁、鉄ナベ、フライパン、おたま、と様々な調理器具を持っている。
さらにはポケットに塩コショウ。腰に差した酒瓶は料理酒だ。
しかもそれだけではない。大きな袋に詰めた不届きもの三人の死体も一緒だ。
「俺はコックだ。戦闘に手は使えない。だから持ってきた」
「はあ……」
「行くぞ」
「え?」
止まる間もなく、アレクニールは死体の入った袋を引きずって正面から邸宅に近づく。
当たり前のように門番が止めた。
「ちょっとあんた、ここは入れないよ」
「んだてめえは? コック……なのか? しかもその大荷物はなんだ」
「君たちに返そうと思ってな」
二人の門番は不思議な顔をした。なんのことかわからない。
「出前なんて聞いてたか?」
「おれは聞いてないけど」
彼らは首をかしげたが、後ろにいるクラウディアを見て怪しい笑みを浮かべる。
「女の出前? すげえべっぴんじゃない」
「カシラが頼んだか……それにしてもイイ女じゃねえか」
む、と目を細めるクラウディア捜査官。
アレクニールはため息をつきたくなった。
「なあ、君たちはなぜ女性を見ると同じようなことばかり言うんだ? 芸がないだろう」
「あ?」
「下衆は下衆なりにもう少し工夫したらどうなんだ」
「……誰が下衆だこらあ!」
イキリたった一人が、アレクにボディブローをかます。
「いっ!? なんだ……手が……折れてるううううううう!」
鋼よりも硬い元・ドラゴンのおっさんは殴られただけで男の腕を破壊した。
「鍛え方が足りない」
と、うずくまる男の後頭部に包丁を突き立てる。
よく磨かれた包丁が頭を刺し貫いて、男は死んだ。
「は……? え……?」
抜いた包丁を別の男に一突き。
喉を突かれた男は声を出せず、血を吐いてその場に倒れる。
「さあ、行こう」
出番のなかったクラウディア捜査官は、少し落ち込みながらもアレクについていく。
門を開けた先にはたくさんのニンゲンがいた。
死体の入った袋を放り投げると、男たちが二人に気づく。
「誰だ、あんた」
「なんだこいつ、コックか?」
十人以上の荒くれ者が集まってくる。どれもこれもカタギには見えない。
「ああ、料理をしにきた」
「はああ? なんだって?」
アレクニールが最初に取り出したのは『鉄ナベ』だった。大の男でも片手で振るのが難しいサイズの黒光りするナベを見せつける。
『ライブクッキング』の始まりだ。
巨大な鍋を軽々と持ち上げて一振り。
凶悪な鉄塊と化したそれは先頭の男の横っ面をはたく。
ぼぎゅ、と音がして男はどこかへ吹っ飛んでいった。
「こいつ……コックじゃねえ! 殴り込みだ!」
「ぶっ殺してやる!」
男たちが武器を取り、雄叫びを上げる。
クラウディアもまた剣を抜き、躍りかかった。
「……ふっ!」
覚悟を決めたクラウディアの一閃。
短い呼気が漏れて、光が走る。
あまりにも鋭い剣は、呆気なく男の一人を切り裂く。
それを見たアレクはにやりと笑い、鉄ナベを別の者に叩きつけた。
「がわっ!?」
真上からのナベ攻撃に、男の首が折れて曲がる。
「やはり使いづらいな」
感触がいまいちだったので、アレクはナベをしまい、おたまを取りだした。
カコォン! と気持ちの良い音が響く。
おたまによって顔を殴られた男は真横に吹き飛んでいった。
一人、二人と薙ぎ払うものの、おたまの耐久力は低く、すぐに曲がってしまう。
「ダメだな。次はこれだ」
彼は近くで剣を振り上げた荒くれ者の頭を掴み、上を向かせた。
ポケットから塩の瓶を取りだして顔に振りかける。
「おああああああああああ! 目が! おれの目があああああああ!」
眼球へ直に塩を喰らった男は顔を押さえて暴れる。
そこへ容赦ない蹴りが放たれ、男は骨を粉砕されて玄関前の池に突っ込んだ。
「てめええええ! くたばりやがれえええ!」
無謀にも突進してくる男の顔面に塩の瓶を投げつける。
瓶が割れ顔中に切り傷を作った男は、クラウディアの一撃によって斬られた。
「やるな、捜査官」
「いえ、おじさまこそ」
肩を並べる二人に隙は無い。
(この娘……修羅場をくぐっているな。しかも速さだけならサブロウより上だ)
一緒に戦った友のことを思い出して感心する。
負けていられないなと、新たな調理器具を探した。
「次はこれでいこう」
取り出したのはアイスピック。本来は氷を割るためのものだが、アレクが持ったとたん凶器に変わる。
逆手に持ったアイスピックは、目にも止まらぬ速さで男を突いた。
「おごはっ!?」
アイスピックによる三連突きは喉と心臓とみぞおちに一瞬で穴を空ける。
「リーチはないが、威力はまずまずだ」
アイスピックが猛威を振るう。
男たちは顔を突かれ、あるいは胸を突かれ、絶命する。
最後に残った一人は、デカブツコックがする狂気のクッキングに腰が引けた。足が震えて動けない。
「て、てめえは……どこのモンだ……」
「とある店のコックだな」
「ふ、ふざけんじゃねえぞ……てめえみてえなコックがいてたまるか!」
「それはひどい。見た目で判断しないでくれ」
アイスピックを投げつける。
真っすぐに飛んだ凶器は男の顔面に刺さった。
尖った先っちょが頭蓋を貫いて脳に達する。
男がゆっくりと崩れ落ちて、どさ、と倒れた。
「よし、次いってみよう」
アレクニールは言いながら料理酒を飲む。
「おじさま……酔ってません?」
クラウディアの問いに、アレクはにやりと笑うだけだった。
正面入り口から堂々と入る二人を見た紅竜会の構成員たちは間抜け面をさらす。
白いコックコートを赤く染めた大男。剣をぶら下げたまま入り込む金髪の女。不可解な組み合わせである。
「おい、なんだおまえら」
ロビーにたむろしている男たちが声をかけてくる。
外の騒ぎには気が付かなかったのだろう。彼らは事の異常さを理解していない。
アレクの返答はまな板によって行われた。
平たくて厚い板がもっとも近くにいたギョロ目の男を下から叩き上げる。
まな板アッパーが綺麗に決まり、ギョロ目男は高い天井へ体を突っ込ませた。
「なっ……!?」
「ま、まな板だと……」
混乱する男たちへ、クラウディアが斬りかかる。
二人斬られると男たちはようやく構えた。
遅い、と呟いた元・ドラゴンのおっさんは床を蹴って走る。
まな板が立ちすくむ男たちをまとめて吹き飛ばし、奥の壁に叩きつける。
「て、敵襲! カシラに知らせろ!」
「こ、殺せ! 殺すんだ!」
殺到する男たちは無策にただ突っ込んでくるだけだ。
まな板の打撃は彼らの無謀さに喝を入れるかのごとく、男たちを破壊する。
「クラウディア捜査官、後ろを頼む」
「……はい」
背後を取られる心配がなくなったアレクは、まな板をしまい、フライパンを持ち出した。
「まな板よりも使いやすいな」
フライパンでの一撃が男たちを床に沈める。
喰らった者の顔面は奇妙な形にへこみ、息の根が止まった。
フライパンの打撃音と剣の閃き。
ロビーに大量の血が染み出し、むせ返る匂いに包まれる。
十人以上はいた荒くれ者は、全滅するまで数分しか持たなかった。
「クラウディア捜査官、君はずいぶんと戦い慣れているな」
「……それは」
男たちを全て片付けたあと、アレクは彼女に尋ねる。
「前に……ちょっと」
「話すには酒が必要か?」
「……そうかも……しれません」
「では今度飲みに行こう」
「へ!?」
突然のお誘いにクラウディアは戸惑った。それはもうおおいに焦る。
言ってみればこれは『デートの誘い』である。
しかも相手は年上で大人の男性。
緊張しないわけがない。
「うん、そうだな、ルリーシェラも喜ぶし……双子はあれか。怒るかもな」
「あ、お子さん同伴……」
うん? とがっかりした様子のクラウディアを覗き込むおっさん。
「でも、奥さまは……?」
「なんのことだ?」
オクサマとはいったい、と思うアレクニールだった。
というか死体の転がる場所で話す内容ではない。
「とりあえずは片付けよう。二度と店に手を出させないようにしなくては」
先に行くアレクニールの広い背中を、クラウディアは追いかけるのであった。
クッキング乱武、いかがでしたでしょうか?
まだ続きます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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