ウィリアム大佐
箸休め回。
本編だけ読んでも支障はありません。先を読みたい人は飛ばしても問題なしです。
読んだら少し楽しくなるかも、な回です。
本編も同時に投稿してありますので、よろしくお願いいたします。
大陸の北西部に浮かぶ孤島——『ユルハ島』。
小さな港にほど近い山の麓には巨大な建造物がそびえ立っている。
ここは別名『地獄の島』。極寒の厳しい自然だけが名の由来ではない。
「こらあ! さぼるな!」
現場を監督する兵士が鞭で地面を派手に叩く。
首輪をした男たちは恐怖に彩られた目で、作業を再開している。
レオニア国が所有する犯罪者収容所。一度入ったら出るのは死んだ時だけ。いつしかそこは『地獄の島』と呼ばれるようになった。
「開門せよ!」
収容所の入り口にやってきた騎馬の兵士が声を張り上げる。
なんとも頼りない音とともに木造りの門扉が開いて、来訪者が中に入った。
数は五人。
最も先頭の、青いマントを身に着けた男が、馬上から収容所内を見回した。
双眸はサファイアブルー。長いまつげと男女問わず見る者をうならせる美貌がその場にいる者達の目をくぎ付けにする。
「ようこそいらっしゃいました、ウィリアム大佐」
さっそくとばかりに出迎えたのは、不自然に左肩の下がった男だ。彼は戦傷による後遺症で前線に立てない代わり、収容所勤務になった男であった。
ウィリアムと呼ばれた美貌の青年は、金色の髪をふわりと浮かせて馬上から降り立つ。
左手を後ろに回し、右手の先を額に当てたレオニア式敬礼をした青年は微笑んだ。
「丁寧なお出迎え、恐縮であります」
「あ、いえ、こちらこそたいしたこともできませんで……」
噂に聞く戦場の英雄というイメージはなく、ひたすら爽やかな好青年ぶりに男はたじろいでしまった。
「さっそく所長にお会いしたいのですが」
「あー、その、所長はですね……」
歯切れが悪い男に対し、ウィリアムは笑顔を崩さない。
「ただいま、模範囚の歓待をしておりまして……」
「模範囚の歓待、ですか」
「はい。我が収容所では月に一度、模範囚を所長の邸宅に読んで歓待し、このままとどまり一般の職員として働き続けるか、ここを出るかを選ばせるのです」
取り繕ったような初めて聞く話をされても、ウィリアムは笑みを保ったままだった。
「そのような制度があるのですね。感心いたしました」
「え、ええ。本来なら所長がお出迎えをするべきなんですが……大佐の訪問がなにぶん急だったもので、予定をずらせなく……」
「いえ、そういうことであれば特に問題は。職務を邪魔するつもりはありませんから」
良い返答がきたので、男はほっとした。
「つきましては、その、大佐にお願いがございまして」
お願い? と、ウィリアムは苦笑いだ。
「はい、歓待が終わるまで収容所の所長代理を務めて欲しい、と」
「僕でよければ」
即答である。無茶振りされても動じた様子はまったくない。
話が決まったところで、今度はお付きの者達へ指示を出す。
「君たちは詰め所で休んでいるといい。何かあったら呼ぶよ」
「ついていかなくてもよろしいんですかい?」
不敵な笑顔で質問する男に、ウィリアムは頷く。
大佐よりも頭一つ分大きい長身とエラの張ったいかにも男くさい人物の名は、ドレークという。
大盾を背負った大男ドレークは、ぶしつけで油断のない目つきを上官にぶつけた。
「大丈夫さ。ここは我が国の施設だ。心配はいらないよ、少佐」
「そういうことなら喜んで」
と、ドレーク少佐をはじめとした五人は詰め所へと向かう。
ウィリアムはすぐに出迎えた男へと向き直った。
「ところで貴官の名を聞いていませんでした」
「はい、私はユルハ収容所監督官を務めておりますバーンと申します」
加えて監督官は大尉相当であると説明する。
「バーン大尉、それともバーン監督官、とお呼びした方がいいですか?」
「はい、そのようにお呼びください」
バーンと名乗る監督官には特別なものを感じない。
ウィリアムは心の中で、気がついてはいるが黙っている事なかれ主義の男なのだろうという印象を抱いた。
所長室に案内してもらい、一息つく。
「では、隣室に控えておりますので、なにかあればお呼びを」
「ええ、ありがとうございます、バーン監督官」
とびきりの笑顔を見せてウィリアムが言うと、バーン監督官は下がっていった。
所長室で一人になった彼は、上等とは言えない所長用の椅子に腰かける。
しーん、と静まり返った部屋の中、青年はあごを撫でて考えていた。
(探しても見つからないぞ、という意思表示かな?)
姿を現さない所長に突然の代理。容易に尻尾は掴めそうもない。
レオニア国軍大佐ウィリアムがここへやってきた理由は内務監査であった。
収容所内でなにかが起きている——
との情報を確かめるため、中央から離れてはるばる来たのである。
(まあ、いいけどね。ゆっくりやらせてもらう)
代理を引き受けたからには、仕事をしなければならない。
そう思った彼は、机の上に置かれた報告書に目を通した。日付は昨日のものと今日のものが数枚ずつ。
囚人同士の揉め事、現場でのトラブルなど、大した報告はない。
だが、残り二枚を残したところで手が止まった。
「……雪男の目撃情報?」
思わぬ方向からのアプローチに笑いが込み上げてくる。
「身の丈二メートル以上、容貌魁偉、赤い目をしていた……って、なんだこれ」
そして最後の一枚は——
「エルフの集落付近にあった山小屋で隊が全滅……か」
雪男の仕業じゃないよね、とつい呟いてしまう。
「実行犯とおぼしき男を捕縛。現在、独房に収監中。意識がなく、尋問は不可」
いくら怪しくても意識がないのでは何も聞けない。あるいはこの男こそが雪男ではなかろうか。そんな妄想とも言える考えを巡らせる。
しかし、ネタにはできそうだが大して興味を引く報告ではなかったので、彼は律義にもそれらを揃えて机の引き出しにしまった。
次いで呼び鈴を鳴らし、監督官を呼ぶ。
バーン監督官はすぐにやってきた。
「収容所内の案内をお願いします。一通り見ておきたい」
「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」
ウィリアムは席を立ち、バーン監督官に続くのであった。
ちょっとした補足回というか、読まなくても問題はありませんが、入れたかったのです。