悪滅乱武
「ここが奴らのアジトか」
アレクニールとサブロウは山間の古い農場を前に肩を並べている。
彼らが眺める大きな建造物の煙突からは煙が立ち上っており、多くのニンゲンやエルフがそこにいた。
「さて、こっからが作戦会議だ。真正面から行ったんじゃやられちまう」
サブロウの言うことは正しい。
敵は何百人いるかわからない状況なのだ。
大農場は規模を見る限り、エルフを含めて千人はいそうだった。
「これだけ広いんだ。裏手から——」
「却下、だな」
「なら二手に別れるか? それなら——」
「却下だ」
アレクニールは正門に向かってずんずん歩いて行く。
サブロウは正気を疑った。
まず最初に大男アレクニールの姿を確認したのは、門番たちだった。
こん棒を片手にダルそうな二人の男は、やってきたアレクを見て唾を吐く。仕事増やすんじゃねーよ、と言わんばかりだ。
「おい! ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
「誰だてめえは」
「……ここに大量のエルフがいる。間違いないか?」
「はあ? なに、おっさん、ここが『リザード商会』の工場だって知ってんの?」
「麻薬を作っていると聞いた」
さすがに聞き捨てならない言葉を出されたので、男たちは無言のままこん棒を振りかぶる。
アレクニールは、攻撃を受けるより早く男たちの顔面を手で掴み、持ち上げた。
「エルフと麻薬、それが確認できれば君たちに用はない」
「なんっ!? 離しやがれ!」
「てめえ! ここがリザード——」
掴まれた男たちの顔面にアレクの指が食い込み、頭蓋が割れる。
「ほが!?」
彼らは頭を握りつぶされて死んだ。
「行くぞ、サブロウ」
「まさか……このまま真正面から?」
そのまさかであった。
門を蹴り開けて、アレクニールはどんどん先に進んで行く。
柵で仕切られた巨大な畑と、絶賛稼働中の工場が一望できる正面入り口は絶景と言えるかもしれない。
だが、アレクはともかくサブロウにそれらを鑑賞できる余裕はなかった。
門が破られたことで、異常に気付いたリザード商会の男たちがわらわらとやってきたのだ。
数は二十人を超えている。
「カチコミか? てめえ、どこのモンだ、ああ?」
見事な体格をした先頭の男を中心に、どれもが喧嘩慣れした雰囲気を持つ男たち。真っ当な生き方はしていない、と顔が語っている。
実のところ酔っぱらっているアレクニールは、楽しくて笑った。
戦いを前にして気分が高揚し、体は燃えるように熱い。
「なにがおかしいんだこらあ! こいつらを殺せ! 殺してバラバラにしてやれ!」
「おっしゃあ!」
「死ねえ!」
二十人の荒くれが一斉に襲いかかってくる。
男たちは血が見られることに喜んでいた。いまどき殴り込みだなどというバカはいない。
しかし、次の瞬間には場が凍りついた。
一番先頭を走っていた者の首から上がすっ飛ぶ。
どのようにして首を刈り取られたのか、誰もわからなかった。
(……今のは蹴り……か? 見えなかったんですけど……)
もっとも驚いていたのは後ろにいたサブロウだった。アレクニールの発達した足が動いたのはわかったが、蹴り自体はまったく見えなかったのだ。
「どうした? かかってこい。それともリザード商会とやらの名は飾りかな?」
安い挑発に男たちは怒声を上げて再びかかってくる。
たった一人をボコボコにして殺すだけ。彼らにとっては簡単な仕事、のはずだった。
だが——
二人目はローキックによって両足を折られ、宙を飛んで植木に突っ込む。
三人目は前蹴りをもろに喰らって胸が陥没して死ぬ。
四人目は旋風を巻き起こす後ろ回し蹴りで首を刈り取られた。
五人目の男は知恵を使い横から回り込むものの、サブロウに斬られる。
六人目は股間を蹴り上げられたが、勢い余ってへその辺りまで足がめり込み再起不能。
七人目はかかと落としによって頭を割られた。
八人目は無謀にも掴みかかったが、逆に頭を押さえられ顔面へ膝蹴りを喰らい死ぬ。
九人目の男はサブロウの剣技で切り刻まれた。
十人目が飛び蹴りで首を折られると、男たちはかかってこなくなった。
「なんだ、これで終わりか?」
アレクは足首を回し、感触を確かめる。
これまでの彼は、主に拳などを武器として戦っていたが、今度は足に着目した。
ニンゲンの足は、手や指と同様、ドラゴンであった頃とは勝手が違う。
横、前、上、下、と様々な軌道を描いて敵を殺す足は、使えば使うほどに味が出る。
「ならこっちから行こうか」
アレクニールは死んだ男の手にあるこん棒を足で器用に持ち上げる。
宙に持ち上がった棒を蹴り、弾丸として飛ばした。
回転して飛ぶこん棒が十一人目を吹き飛ばす。そして、勢いの止まらないこん棒は、跳ね返って十二人目の顔面に突き刺さった。
「か、囲め! 他のヤツらも呼んでくるんだ! こいつら——!?」
リーダー格らしき男が逃げようとした時、サブロウの剣が閃く。
アレクニールにばかり気を取られていた男たちは、地を這うように走るサブロウを見逃したのだ。
「させねーっての」
リーダー格の男が倒れ、この時点で勝負は決した。
残った八人は数分とかからずに血の海へ沈む。
「ルリーシェラを探す。ついでに工場も破壊しておこう」
「ついで!?」
ついでに買い物するみたいな気軽さに、サブロウは呆れるしかなかった。
門番のいなくなった工場に足を踏み入れる。
鼻につく薬品の匂い。
たくさん並んだテーブルの前で作業をしているのはエルフたちだ。
「ん? なんだおまえたち」
作業を監督しているであろう男が、ナイフ片手に聞いてくる。
拳で返答をすると、その男は工場の壁を突き破ってどこまでも吹き飛んでいった。
大きく息を吸ったアレクは、声を上げる。
鼓膜が破れるんじゃないかというほどの大音量だ。
「ここは終わりだ! 逃げろ! 燃えているぞ!」
一瞬だけ静まり返ったあと、すぐにパニックが起こる。
逃げ惑うエルフたちと、アレクの元へやってくる荒くれたち。
「ナニモンだごらあ!」
「生きて帰れると思うなよ、てめえ」
先ほどよりも荒くれ者たちの数は多い。ざっと見て三十人はいるだろう。
戦いはすぐに始まった。
剣で斬りかかってくる男の頭を持ち、煮えた薬品の鍋に突っ込む。
「あぎゃああああああああああ!」
「こいつ! 死ねよこらあ!」
アレクは手近にあった椅子を掴んで、迫る男へ横から叩きつけた。
椅子が壊れ男が倒れる。
容赦なく頭を踏みつけると男は痙攣したのち、動かなくなった。
「サブロウ、背中を預けてもいいか?」
「いまさら聞くなよ」
にいっと笑ったアレクニールは、何を思ったか長机に手をかける。
腕が膨れ上がり、血管が浮き出ると、大きなテーブルが持ち上がってしまった。
「え? ちょっ……」
「なんだこいつ……」
持ち上げた長テーブルをそのまま男たちの塊へ振り下ろす。
先の大木づちを喰らった者と同様に、四、五人の男たちがまとめてぺしゃんこになった。
理解が追いつかず呆然とする男だったが、我に返り、武器を振り上げる。
しかし、彼らが死ぬという結果には変わりなかった。
アレクの掌底が顔面を陥没させれば、一方ではサブロウの剣が斬り伏せる。
素手か、剣か、あるいはそこらにある物か。どれにせよ結末は同じだった。
「……新手か」
どこに潜んでいたのか、騒ぎを聞きつけた者達が駆けつけてくる。その数は十人。
「てめえら……ただで済むと思うな……八つ裂きにしてやる……」
先頭の男が暗い表情で二人をねめあげる。
なかなかに強面の男を見たアレクは、ふむ、と頷いた。
「ここは何の施設だ?」
「ふざけんなよ……ヤクの調合施設に決まってんだろ……」
「エルフはまだいるか?」
「てめえのせいでみんな逃げちまっただろうが……」
それを聞いた彼は周囲を見回した。
この場にいる者達以外に気配はなく、二階や地下もない。
麻薬を作るためだけの施設だ。
ルリーシェラはここにいない、と判断した。
「サブロウ、少し離れていろ」
「何する気だ?」
「彼らを一網打尽にする。あと工場も破壊しよう」
「なんだって!?」
アレクニールは、再び長机を、今度は両手で持った。
なにを始める気なのか、と様子を窺っていたサブロウは、次の瞬間には顔を引きつらせる。
元・ドラゴンのおっさんは体そのものを回転させて、長机を振り回し始めた。
最初は遅かった回転が、次第に速くなって、竜巻を思わせる風を生んだ。
「お、おっさん!?」
「うわはははははははははは! これはいい!」
『長机おっさんサイクロン』と化したアレクニールは、そのまま立ち尽くす男たちの群れに突っ込んでいく。
ついさっきまで今にも人を殺しそうな顔をしていた荒くれ者たちは、血相を変えて逃げ出すがもう遅い。
彼らはみんな『長机おっさんサイクロン』に吸い込まれ、空中で回転している。
サブロウはもうどうしていいかわからなくなった。
(……ナニコレ?)
宙を舞う荒くれ者が十人以上。アレクニールは笑い続けるのみ。
(……現実感ねーな)
夢だとしても悪夢だろう。
しかし、呆けている暇はない。
気が付けば『長机おっさんサイクロン』はすぐそこまで迫っている。
「ちょっ……おい! おれまだ逃げてないんですけどおおおおおおおおおおお!」
サブロウは逃げた。
アレクニールには声が届いていないことに気が付いたのだ。
工場から出たとたんに轟音が響いて、建造物が真ん中から崩れ落ちた。
ついさっきまで稼働していた場所は、もはや見る影もない。
アレクニールは出てこなかった。
そのまま潰れたのでは? という不安が押し寄せるサブロウ。
それは杞憂だ。
元・ドラゴンのおっさんは残骸を弾き飛ばしてのっそりと出てきたのだった。
「……おっさんさ、もうちょっといいやり方なかったわけ? 火をつけるとか」
「爆発させるとルリーシェラに怒られてしまうからな」
サブロウは魂が抜けそうになった。
工場の残骸を見る限り同じ結果だろうと思う。
「さて、さっさと離れるぞ」
「なんで?」
「ここに奴らが集まっている間にルリーシェラを探す」
「ああ、そういうことか」
さっそく大人数が走ってくる音を聞いた二人は、素早い身のこなしでこの場を離れるのであった。
二度目の乱武でした。
長机おっさんサイクロン炸裂です。
いかがでしたでしょうか。
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