サブロウ・Ⅲ
箸休め回です。
読み飛ばしOK。
読んだら少し楽しくなるかも、な回ですね。
本編も同時に投稿。よろしくお願いいたします。
「……信じられねーな」
ツールフの大通りでサブロウは呟く。
彼はアレクニールのところへ詫びに行った後、気になる事があり、それとなく町を調べていたのである。
おっさんが語ったエルフが少ないという話は、おかしいと思った。
果樹園を産業の主とするツールフには本来、たくさんのエルフが住んでいる。
彼らの仕事は奴隷などではない。小作農だ。
調べてみると確かにエルフはいない。それだけならまだしも、町の人間に聞くとみな揃って固く口を閉ざしてしまう。
面倒になってきた彼は幼馴染を頼る事にしたのだが、そこでとんでもない話を聞いてしまった。
「俺が言ったって誰にも言わないでくれ。約束したら話す」
そう切り出してきたのは、同い年の男で、今は農園の跡継ぎだった。
「ああ、わかった」
「……本当か?」
「二言はない」
真っすぐな目で見ると、幼馴染は話してくれた。
「何年か前に高山の親父が亡くなってな」
高山の親父、というのは地元の名士で、町の一番高いところに住んでいた、言わば裏の顔役。カタギじゃない男だった。
「その後に来た奴らがエルフたちを全員雇っていった」
「全員……?」
「ああ、そして少し後、麻薬が流行り出したんだ」
「……おい、マジで言ってんのか?」
「ほんとにつながりがあるかは知らんが……」
「麻薬……マフィアってことかよ」
喋る声が段々と小さくなる。
「憲兵隊はなにやってんだ?」
「証拠がなくて動けない、と聞いたよ」
はー、とため息をつくサブロウ。
幼馴染と別れた後、考えがまとまらず、大通りをうろうろしていたのだった。
(十年いなかっただけですげえことになってんな……)
幼馴染の話が真実だという確証はない。ただ、エルフがいなくなったのと、後からやってきた組織とやらが関係しているのは確かに思えた。
大通りの端まで歩き、また戻る。
すると——
「そこの者! 止まれ!」
レオニア国軍の兵装。そして腕に青い腕章を巻いた男が、サブロウを見るなり走り寄ってくる。
数は三人。全員が町の治安を守る憲兵だ。
「見ない顔だな。どこから来た」
怪しまれているのがわかったので、すぐさまレオニア国軍式の敬礼を行う。
「本部所属、上等兵サブロウであります。今は休暇中で、故郷に戻っているところでありました」
「ああ、そうだったのか」
と、男たちも敬礼を返す。
「ツールフ憲兵隊、テイド少尉だ。すまなかったな」
「いえ。なにかあったので?」
お互いに所属がわかったところで、敬礼を下げたサブロウは聞いてみる。
「このところ、立て続けに事件が起こっていてな。聞いてるか?」
「殺人事件とか」
「そうなんだ。それに関して、アレクニール、という男を追っている」
びし、と彼は固まった。
「聞いたことはないか?」
「今のところ耳にはしておりません」
「そうか……もし見かけたらすぐに知らせてくれ」
「は!」
サブロウは直立不動の姿勢で、少尉たちが去るのを待った。
そして、視界から消えた瞬間に猛ダッシュする。
(おっさーーーーーーーーん! 今度は何しやがったーーーーーーーーー!)
今いる場所からはアレクニールが住む倉庫よりも、バリバリ商店の方が近い。
聞けば所在がわかるかもしれないと考え、兄の元へと急ぐのだった。
そして着くなり店へ飛び込み、兄を探す。
あるいはここにおっさんがいるかもしれないと思った。
「兄ちゃん! いないのか?」
返事はなく、店内は静かだ。
しかし、誰もいないと思いきや、イチローはいた。
カウンターの奥にいて椅子に座っている。
「兄ちゃん?」
呼びかけても返事はない。
彼は顔を両手で押さえ、無言だった。
再度呼びかけると顔を上げる。
イチローの顔面は真っ青だ。
「サブロウか……?」
「なにがあったんだ?」
「……いや、なにもない」
なにもないという顔ではない。
「そんな顔でなにもないはねーだろ」
「放っておいてくれ……」
なにかを隠していると思ったサブロウは、テーブルをどんと叩く。
「なにを隠してんだ?」
「……」
何も言おうとしない兄に対し、弟は切り札を使うことにした。
「母ちゃんに言いつけるぞ」
「!?」
とたんにイチローの顔色が変わる。真っ青だったものが赤くなったり、黄色くなったり。
「さっさと言わねえと……」
「わ、わかった! 話す! 話すから!」
兄の語る内容を聞き、サブロウは絶句した。
「アレクニールのおっさんを売った……?」
「しかたなかったんだ! あいつらに……家族を殺すって脅された!」
「それで薬を盛ったってのか?」
「い、命に別条のあるものじゃない! ただの眠り薬だ!」
問題はそこじゃない、と彼は思った。
「どこだ! どこに連れて行かれた!」
血相を変える弟に、兄はビビった。いつもどこか飄々として流す男だったはずが、今は激昂している。
「わからん……だが、酒蔵とか……言っていた」
「酒蔵? ならあそこしかねーな」
サブロウには思い当たる節がある。ツールフに葡萄酒の酒蔵は数あれど、人間を監禁できる怪しい場所はただ一つだ。
亡くなったという『高山の親父』が所有していた古い蔵が山中にある。後から来た組織が使うとしたら、そこをおいて他はない。
ダメで元々、と店を飛び出す。
兄が思う通り、確かに彼は激昂していた。
しかしそれは兄の行動や殺人事件の参考人になったアレクニールに対してではない。
(ばっっっっかやろう! ツールフが火の海になっちまったらどーすんだよ!)
正規兵二百人を一人で相手取り、余裕で殺す男である。
それがもし怒り狂い、暴れ出したとしたら。
ユルハ島収容所の再来だ。
激しい悪寒がしたサブロウは全力で走った。
よく鍛錬された瞬足で町を駆け抜け、目的の場所に着く。
「くそ! 間に合え!」
彼は扉を開けて中に入るのだった。




