サブロウ・Ⅱ
読み飛ばしOK
読んだら少し楽しくなるかも、な回です。
本編も同時投稿します。気になる方は本編だけチェックおながいしゃす
「サブロウ! いつまで寝てんだい! さっさと起きな!」
枕元でおたまとフライパンの打音を鳴らされたサブロウは、ひどく疲れた様子でむくりと体を起こす。
「母ちゃん……頼むからもう少し寝かして……」
「なに言ってんだい! 三十にもなろうって男がごろごろしてんじゃないわよ!」
「いやおれまだ二十八……」
「いいから起きて飯を食いな!」
レオニア国軍上等兵サブロウはユルハ島爆発炎上事件の後、なんやかんやあって故郷の町ツールフに帰っていた。
もそもそと着替えた彼は、母親の後について食卓へと向かう。
「まったく……いつになったら結婚するんだろうね、あんたは! しかも兵隊さんクビになって!」
「クビじゃねーって。休暇だよ、休暇」
そう、彼は今、休暇を取って田舎に戻っている。正確に言えば、休暇を取らされた、だが。
鎮火した後の収容所は地獄絵図と化していた。
なんとか死なずにいることができたサブロウは、すぐにウィリアム大佐に呼ばれ、事態の重さを伝えられた。
兵士を含め三百人を数えた収容所の職員は九割が死亡。五百人以上もの囚人たちもほとんどが死んだ。
所長以下、尉官や軍曹、曹長も軒並み全滅という過去最悪の事件となったのである。
(はあ……思い出しただけで吐きそうだ)
何もしてないのに胃痛を感じたサブロウは、水を飲む。
母の作った遅めの朝食をとってようやく一息だ。
(ったく、なんでおれがあんな……)
ウィリアム大佐とともに収容所の後片付けを行ったサブロウは、そこで鬼を見た。
ひっきりなしに指示をよこす大佐はまさに地獄の獄卒というか、相当こき使われたわけだ。
一週間もすると、ウィリアムは去った。
サブロウに『あとはよろしく』とだけ言って。
この意味がわかった時は愕然とするしかなかった。
いつの間にかサブロウが現場の指揮をとることになっていたのだ。
生き残ったおおよそ三十名にも満たない兵のうち、下っ端にすぎない上等兵の階級が、もっとも高かったとわかったのである。
絶望しながらも無理やり片づけを終えたサブロウは、王都の軍司令部に呼ばれ、そこで見た事もない偉い人から、追って指示があるまでは休暇、という謎の指令を受けたのだった。
急なことでなに一つ予定のなかった彼は、流されるままツールフに戻ってきた。
「食ったら仕事を探しに行くんだよ!」
「わかったわかった」
気の抜けた傷心の息子を労わる気持ちはないのかと愚痴りたいが、口では勝てないのがわかっているため、何も言わない。
「そうだ、サブロウ。お兄ちゃんに弁当を届けておくれ」
「イチロー兄ちゃんに?」
どん、とテーブルに弁当が置かれる。
またもやため息をついたサブロウは、また文句を言われる前に外へ出た。
昼まではまだ時間があるため、時間を潰す。
(ジロウ兄ちゃんとこは……やめとくか)
彼には年の離れた兄が二人いた。『バリバリ商店』を営むイチローと『オラオラ農園』を仕切っているジロウだ。
行けば雑用を押し付けられると直感し、久しぶりに帰ってきたツールフを見て回ることにする。
サブロウは軍に入隊してから十年の間、一度も帰郷していない。手紙こそ送ってはいたが、少しも出世できないドラ息子だったわけで、帰りづらかったのだ。
腰に愛剣を差し、懐かしい町並みを満喫する。
ほのかに漂う果実の香りと素朴な人々は、彼にとっての原風景といってよかった。
「……ん」
若干の違和感を感じて、目を細める。
わずかにだが、どこか緊張したような、物騒な気配があるのだった。
(こいつら、憲兵じゃねーな)
どこの町にも治安を守る憲兵隊がいるわけだが、サブロウが見る男たちは別種の、戦場に近い男たちだと感じた。
ラフな格好に胸当てや具足。そして剣や斧。
町を出るまではいなかった者達だ。
彼らはなにをするわけでもなく、町をうろつき、にやにやしている。
なんとなく気分が良くない。
声をかけてみようかと考えてやめる。関わるとろくなことにならなそうだった。
収容所ではアレクニールという謎のおっさんと関りをもったばっかりに、えらい目にあったのだ。
じく、と胸が痛み、自然と剣に手が伸びる。
一対一の戦いで敗北したのは、あれが初めてだった。
しかも奥の手であるスキル≪一影二迅≫までもが通じなかったのだ。
(あのおっさん……結局なんだったんだろな)
少女を連れて無双をやらかしたおっさんは忽然と姿を消していた。
どこから来たのか、なにをしていたのか、謎のままだ。
わかっているのは、二百人の屈強な兵士を一人で殺しきったことだけ。
ぞくりとしたものが背筋に走る。
(おれ……よく死ななかったな)
あれはあり得ない、と心から思う。
だが、一方では熱い気持ちが湧きおこる。
(おれの剣はまだまだ……ってことか)
剣の腕だけは自信があった。しかしそれは砕かれた。
またやり直そうと彼は思うようになっていた。
やがて、そろそろ昼飯時がやってきたので、サブロウは兄が経営する『バリバリ商店』へと向かった。
「兄ちゃん、弁当を届けに来たぜ」
「おお、サブロウ。悪いな」
へいよ、とカウンターに弁当を置き、バリバリ商店の店内を見る。
肥料、資材、工具があり、他のスペースは彼が見る限りではガラクタ——骨董品が置かれていた。
「なあ、兄ちゃん、あれって売れんの?」
「んー? なんだおまえ、骨董に興味があるのか?」
「いや、全然ない」
「じゃあ聞くなよ」
兄の商売は堅実だと聞いた。だが時折、わけのわからないものを買い取っては店に並べている。
バリバリ商店は雑貨屋だったはずだが、今はリサイクルショップらしかった。
なんとなく暇を潰していると、店の裏手から音がする。
「何の音?」
「ああ、新しい従業員を雇ったんでな。おまえにも紹介しとくか」
イチローは裏口に向かって大声を出した。
「アレクニールさん、ちょっといいかい?」
ん? と耳を疑う。
「兄ちゃん……? いまなんて……」
「新しい従業員だっていったろ?」
「アレクニール……? まさかな……」
すさまじいまでの悪寒。その名を聞いただけで鳥肌が立つ。よりにもよって世界最強の竜と同じ名を持つ、二百人を殺した男の名前だ。
きっと同名だろう。そんな思いを巡らせていたサブロウは、店に入って来た男を見て、昇天しそうになった。
「おお! サブロウじゃないか!」
「あれ? アレクニールさん、うちの弟と知り合いだったのかい?」
「そうなんだ。ううむ、思い出すと体が熱くなるな。イチエイニジン、だったか?」
にこやかにしているアレクニール。
サブロウの脳内に燃える収容所の記憶が甦る。
「あ」
「あ?」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
サブロウの絶叫がバリバリ商店内にこだました。
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