無双乱武・Ⅲ
少女ナンバーナインを連れたアレクニールは、二百人余りの死んだ兵士たちと、気を失ったサブロウを残して、戦場を後にする。
収容所はすでにどこも炎に包まれて、混乱の極致だった。
派手な炎が夢ジジイへの弔いになる。
アレクはなんとなく思いながらも、逃げ惑う囚人たちや消火に忙しい兵士たちとすれ違うのだった。
「急ごう、ここはもう終わりだ」
返事の代わりにぎゅっとしがみついてくるナンバーナインを脇に抱えて走り出す。
彼女は少し恥ずかしそうだったが、何も言わない。
出入り口の門までは一本道だ。大して時間はかからないだろう。
途中、馬の蹄が出す激しい走音がしたので、身を隠す。
炎に照らされた金髪の青年が血相を変えて通り過ぎていった。
身に着けたマントといい、位の高いニンゲンであろうことは明白だ。
アレクニールが遭遇を避けたのは、火事がもはやとんでもないことになっていたからだ。
自分はともかく、ナンバーナインにはこたえるだろうと思ったのだった。
やり過ごし、改めて門へと向かう。
「おじさん……」
「ああ、わかってる」
ナンバーナインが目にした死体を見て呟く。
「エルフの人たち……」
門へ近づくにつれ、死体の数は増えた。
ほとんどが囚人か奴隷であった者達の死体であることは、首輪を見ればすぐにわかった。
「新手が来やがったみてえだな」
アレクニールを見つけて、薄気味悪い笑みを浮かべる男がいる。
ぶ厚い盾を持った大柄な男だ。
元・ドラゴンのおっさんは、ようやく自分と同じ目線の高さを持つニンゲンと会った。
「ん? なんだその小娘は?」
アレクニールは返答をせずに男とその周りにいる者達を見る。
彼らの装備はさきほど戦った兵士たちと違う。
上質な鉄が見せる光の反射。
より上位のニンゲンだと思った。
数は合計して四人。なかなかの強者と見る。
アレクニールは少女ナンバーナインをまたもやぽいーっと投げた。
「おじさん! 扱いがひどい!」
「まあ怒るな。離れていなさい」
彼はそのまま歩み出る。
「ここは通さねえよ。死にたくなきゃ戻りな」
大柄な男が通せんぼし、他の戦士達も武器を構える。
アレクニールが見る限り、この大柄な戦士はかなりの使い手だ。
それもそのはず、彼は知らない事だが、レオニア軍のドレーク少佐と言えば単騎ならば軍内でも有名な強者なのだった。
ついた異名は『人食いドレーク』。味方ごと吹き飛ばす異常な性格でなければ、少佐にとどまっている男ではない。
そんなこともつゆ知らず、アレクは尋ねる。
「エルフたちをやったのか?」
「ああん?」
「彼らは丸腰だろう。それに……君と同じニンゲンも混じっているようだが」
「なにを言ってる。こいつらは脱走者だ。死刑にするのが決まりだからな。当り前だろ」
ニンゲンとは同胞を殺すことに躊躇いがないらしいと、また思う。
気味の悪い所長といい、理解できそうもないアレクニールだった。
「俺はここから出るよ。あの娘もだ」
「おいおい、警告が聞こえなかったのか? おれは戻れと言ったんだぜえ?」
「その割には嬉しそうだ」
「ああ……悪いな、おれはどっちかってーと、戻ってほしくねえのさ!」
手にした長剣が空を切る。
動くのを予想していたアレクは下がって剣を避けた。
「少佐、ここは我らにお任せを」
「俺らにも骨のあるヤツを譲ってください」
これまでドレークに楽しい狩りを独占されていた男たちが前に出る。
それを聞いた少佐は意味ありげな笑いをして、譲った。
見るからに上等な戦士が四人。
対してアレクニールは一人。
一方的になるかに見えた戦いは、逆の意味でそうだった。
むん、と気合の入った蹴りが旋風を巻き起こしてうなりを上げる。
丸太みたいに太い足は戦士の一人を一撃で殺害し、続けざま放つ前蹴りがもう一人の内臓を破壊した。
彼らはついさっきまで行われていた一対二百の戦闘を知らない。
そして勝利したのがアレクだということも。
「なっ——!?」
足が止まった戦士には手刀で攻撃をしかける。防御が間に合わず首がへし折れた。
四人目が下がる。
アレクニールは石を拾い上げて、思い切り投げた。
弾丸となった石が鎧を貫通し、戦士の胸に風穴を開ける。自分になにが起こったのかを理解しないまま、盛大に血を吐いて男は死んだ。
「つええじゃねーか」
「君たちが弱いだけでは?」
たち、と一緒くたにされたドレークは、こめかみを引きつらせる。
「調子に乗ってんじゃねえぞ……!」
強い踏み込みとともに、剣を振るうドレーク。
タイミングを合わせてアレクはカウンターパンチをお見舞いする。
「いって!? 硬っ!?」
彼の拳に走る衝撃は並みのものではない。
ドレークは瞬時に攻撃から防御に切り替えて、盾を構えたのだ。
アレクはそれを真正面から叩いてしまった。
「スキル≪重鉄塊≫。これを破ったヤツはいねえ」
「スキル……」
自信満々なドレークをよそに、彼は考える。
所長も面妖な術を使った時に光っていたし、サブロウもそうだった。
今また、目の前の大柄な男もオレンジ色に光ったのだ。
「ああ! もしかして……」
アレクは思い出す。
ドラゴンであった頃、たまーに似たような現象を目にしていた。
レオニア現国王がまだ王子であった頃、戦ったことがある。
彼と、その従者たちはなんか光ってた。
最後に目にしたのが何十年も前だったのですっかり忘れていた。間抜けなことだ。
もしかしてニンゲンって結構すごいのかな、とちょっとだけ思う。
「だが……今はどうでもいいことだな」
「なに?」
「もう一度叩かせてくれ。今度は本気で殴る。自信がありそうだし、付き合ってくれるよな?」
無茶な頼みにも関わらず、ドレークは口を歪ませた。
スキルに対する絶対の自信。それが彼を構えさせる。
アレクニールは大きく振りかぶった。
対するドレークがスキル≪重鉄塊≫を発動。防いだ後で反撃に出るつもりだ。
鉄を叩いたとは思えない激しい音が響く。
元・ドラゴンのおっさんが繰り出した拳はドレークの盾を粉砕していた。
「な、なに……」
少佐は信じられなかった。
先も言った通り、防御を破られたことはない。
今の今までは。
しかし、歴戦の戦士である彼はすぐに立て直した。
長剣を振り上げて襲いかかる。
アレクはドレークの振り上げた腕を払い、剣を弾く。
互いに素手。距離は至近。
同時に掴みかかる二人の手が、自然と合わさる。
純粋な力比べだ。
「ぐうっ……て、てめえ!」
「先に潰れた方が負けだな」
アレクニールとドレークの腕に血管が浮かび上がる。
体格は互角だが、徐々に少佐の体が沈んでいくのだった。
「ちょっ……待て! 待てよ!」
無視を決め込むおっさんは、さらに力を込める。
「あっ……ぎゃああああああああああああああ!」
ドレークの両手はすぐに潰れ、骨の折れる嫌な音を響かせた。
アレクニールは手を離さない。そのまま下へと押し込んでいく。
「や、やめろぉ! し、しぬ……」
「他者の命を奪おうとする者は、奪われる覚悟があってのことだろう。いまさらなぜ?」
平然と言った彼は、ドレークを地面に押し込んだ。
ごぎい、と肩が外れて、両者の額がくっつく。
少佐は間近で見るアレクニールの紅い瞳の中を覗き込んでしまった。
そこに映ったのは見たことのある怪物だ。
「ど、ど、ドラゴン……?」
「よくわかったな」
と、ドレークを引き立たせて頭突き一発。
顔を陥没させた男のうめきを無視し、手を握ったまま振り回す。
「飛んでけ!」
おそらくは最大の敵であったろう少佐の体を、まるでおもちゃのように遠心力をつけて天高く飛ばした。
着地した先は、炎に巻かれた収容施設。
落ちた高さからいって助からないし、助かったとしても炎で絶命するだろう。
それでもなお命を拾ったのなら、それはもう天運としか言いようがない。
「さーて、邪魔者は片付けた。あとは」
出るだけだ。
アレクニールは、閉じられた門に拳を叩きつけるのだった。
燃える収容所に残されたのは、わずかな生けるニンゲンと大量のエルフの死体。そして、二百を超える戦死者だった。
たった一人の男が引き起こした出来事であるなど、信じる者はいないだろう。
無双も3つ目
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