無双乱武
三階から躊躇なく飛び降りるアレクニールは、笑っていた。
直後に起こった爆発で少し体勢が崩れる。
「きゃああああああああああああああああああああ!」
「おほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ナンバーナインと呼ばれた少女の悲鳴と、酔っぱらったおっさんの楽しそうな声が重なる。
アレクニールは手に持った薬瓶を割ることなく、ずしん、と着地した。
「足が痺れる……」
と、景気づけに『えたのーる』を一口。酒精が喉を焦がし、胃に熱をもたらす。
「ナンバーナイン、平気か?」
「う、うん……でも、次は先に言ってほしい……」
宙へ身を投げ出した時、一瞬だけ竜であった頃を思い出して楽しかったのだが、ナンバーナインは怖かったようだ。
すまんすまん、と陽気なおじさんを見て、彼女はまた耳を引っ張ってやろうかと思った。
「さーて、どこから逃げるか……」
路上にいる人間は今のところまだ少ない。遠くの方から騒ぎが聞こえてくるものの、アレクニールには関係ないことだ。
彼はナンバーナインを乗せたまま、周囲を見渡した。
収容所の出入り口は一つだけ。ならば行くところは一つしかない。
歩き出そうとしたアレクではあったが、見覚えのある顔を発見して立ち止まる。
「てめえ! ここで何してやがる!」
アレクニールをここへ運んだ男。サブロウの上官であるスキンヘッド男だ。相も変わらず取り巻きを二人連れて、こちらへとやってくる。
「おお、君は……ハゲ男、だったかな」
「だ、誰が禿げだ! これは剃ってんだよ!」
ニンゲンは体毛を剃るんだな、とアレクはあさってなことを考えてしまった。
「そんなことよりもてめえ! 今……所長の家から出てきただろ!」
「ああ。それがどうかしたか?」
「ふざけんなよ……この火事はてめえの仕業なんだろうが!」
元・ドラゴンのおっさんは頭にはてなマークを浮かべた。彼は暖房器具の火を強めただけなのだ。火事は事故に過ぎない。
「くそが! てめえのケツモチはおれなんだぞ! 責任を取らされたらどうすんだ! ああ!」
「自業自得だろう。得体の知れないものをむやみに連れてくるからそうなるんだ……ぷくく」
自分で自分の事を『得体のしれないもの』と言ったのが急におかしくなる。
「なにを笑ってやがる! ぶっ殺してやるぁ!」
最初に斬りかかってきたのは、スキンヘッド男ではなく取り巻きの方だった。
アレクニールの記憶では、舌を使って剣を磨いていた男。
先に戦った所長の十分の一もない速さの剣は、届かなかった。
アレクは磨かれた剣を素手で受け止めたのだ。
「大した得物じゃないな。なまくらだ」
力を込めると、剣は簡単に折れてしまった。
異常事態に男たちが数歩下がる。
「なあ、ハゲ男、世話になったよしみだ。何も見なかったことにして通してくれないかな」
「んなことできるか! てめえは切り刻んでやる! 頭に乗せた女は……ひひっ、俺たちが可愛がってやるよぉ!」
アレクニールはむっとした。スキンヘッド男の欲望に歪んだ顔を見ていると、無性に腹が立ってくる。
彼は元々、普段は温厚で知られたドラゴンだった。戦の中であっても昂りこそすれ、怒ったことはない。
所長と話していた時も感じた胸のざわつき。そしてナンバーナインをいたぶると聞いてわきおこるものの正体は『怒り』だ。
くだらない欲望をもって襲いかかってくるのなら、相応のお返しをするべきだろうと思う。
「ナンバーナイン、あそこの木が見えるか?」
「……? 見える、けど」
邸宅から離れた場所に立つ大きな木を、アレクニールは指でさした。
「あそこに避難しているといい。これから少しばかり……忙しくなる」
「……え? ちょ、おじさんっ!?」
彼はナンバーナインをひょいと持ちあげ、木に向けて投げた。
「はわああああああああああああああ!」
奇怪な悲鳴を上げて少女が宙を飛ぶ。彼女はぶつかる寸前、重力を無視した動きで回転しながら太い枝に着地した。
軽い身のこなしを見てうなずくアレクニールは、どう見ても娘の成長に感心するおっさん、といったところだろう。
「ちっ! 女を逃がしてもなあ、てめえが死ぬことには変わりねえんだよ!」
スキンヘッド男はポーチから笛を取り出して、吹いた。
音を聞きつけた兵士たちがやってくる。
彼らは消火作業に参加せず、逃げようとした囚人たちをいたぶっていた者たちだった。
続々と数は増えていき、すぐに二十人を超える。
スキンヘッド男はさらに笛を吹き続け、二十人は三十人になり、騒ぎを聞きつけた者達が駆けつけてきた。
武器を手にした兵士の数は、その時点で百人に達しようかという数となる。
アレクニールはそれを楽しそうに見ているだけだ。
やがて、兵をかき分け、顔に大きな傷を持つ男が前へ出た。
他の兵とは装備が異なることからして、上の地位にある者だとアレクは直感する。
「兵士長!」
「トルードぉ……こいつぁなんの騒ぎだぁ?」
スキンヘッド男——トルードは腰を低くして答える。
「こいつが所長の家に火をつけやがったんで」
「なにぃ……?」
兵士長は軽くアレクニールを見て、指示を出した。
「おい! もっと呼んでこい! このデカブツはなぶり殺しだぁ!」
そしてアレクを取り囲む兵士の数は百を余裕で超え、二百人近い数字になってしまった。
「やれ、殺せ、一斉にかかれぇ!」
兵士長の号令に、兵士たちは嬉々として走る。
アレクニールは最後に残った『えたのーる』を飲み干して、唇を舐めた。
爆発かと錯覚する音がして、先頭の兵士が地面と水平に吹っ飛ぶ。
アレクニールの腰を落としたパンチは、殴った瞬間に兵士を落命させていた。
一瞬だけ静まり返る戦場だったが、狂騒に駆られた別の兵が飛び込む。
迎え撃つアレクは、指を曲げてかぎ爪を作った。
「ぎゅおあ!?」
力任せに振るわれた手が鎧ごと兵士を裂く。
舞う血しぶきは戦であることの証明。
血が燃える元・ドラゴンのおっさんは、手近にいた者にもう一方のかぎ爪を繰り出した。
兵士の顔面が半分吹き飛び、そして倒れる。
「こ、殺せ! 囲むんだ!」
アレクニールは次々と突進してくる男たちを薙ぎ払った。
肉を裂き、骨を砕き、それでもまだ生きている者の頭を踏み潰す。
「なんだ……! 爪が痛いぞ」
爪先に痛みが走り、顔をしかめる。
鎧か骨か、硬い物に引っかかって爪が剥がれてしまったのだ。
「ドラゴンだった頃みたいにはいかないな」
そこで彼は、指をまっすぐに伸ばして手刀を作る。
慈悲の欠片もないチョップは、目の前にいた兵士の頭を兜とともに割った。
脳みそをぶちまけて倒れる兵士は痙攣してその場に力なく落ちる。
「いいな! これ!」
予想していなかった威力を見て、彼は喜んだ。
だが、かかってくる兵士たちの勢いは止まらない。
アレクの手刀は、剣というよりもこん棒に近かった。特にあごを打つと兵士が面白いように崩れ落ちる。
ニンゲンの弱点はあご——と彼はインプットした。
しかし、ニンゲンが持つ剣をイメージした手刀は、どうしてかスパッと斬ることができない。
どうしたらいいかを考えるアレクは、単純な答えにたどり着いた。
「振りを速くした方がいいか?」
所長の技を思い出して、より速く腕を振り抜く。
飛びかかってきた兵士の一人は、手刀によって両断された。空中で内臓をまき散らし、上半身と下半身が別れ飛ぶ。
鮮血を浴びた彼は、見る者を恐れさせる獰猛な笑みを浮かべるのであった。
なかなかの感触、と満足していたアレクだったが、何人かを倒すと手がじんじんしてきたので手刀をやめる。
「さすがに痛くなってきた。慣れないことはするもんじゃない」
次に作ったのは拳だ。固く握りしめた大きな拳は、とたんにすさまじい凶器へと変わる。
殴られた男たちは衝撃が突き抜けて体の内部を破壊された状態となり、その場に崩れ落ちる。
防御しようとしても、鉄拳がその守りごと突き破るのだ。
次第に兵士の死体が山となって積み重なっていく。
「なんだこいつはあああ!」
「バケモンか!?」
数が半分以上減ってようやく異常さに気がついた彼らは、戦慄した。
たった一人。
兵士たちからすれば、よってたかってリンチするだけのことだったはずだ。
いくら強いといっても限度がある。
「ちぃっ! 槍を使え! 串刺しにしろ!」
兵士長の指揮は正しいだろう。
だが、アレクニールは小さく笑って足元に落ちている槍を拾い上げる。
「槍を使え、か。俺も使わせてもらう!」
槍の柄を逆手に持ち、振りかぶった。
物を投げる、という行為をするのは初めてだったが、妙にしっくりくる。
アレクの背筋が膨れ上がり、槍は投げられた。
見えない速さで飛ぶ槍の犠牲者は、スキンヘッド男——トルードだ。
「え?」
短い言葉だけを残し、スキンヘッド男は貫かれる。
投擲された槍の勢いは止まらない。トルードの体は後ろにいた者達を巻き込み、それでもなお吹き飛んでいく。
一本の槍によって十人が命を落とし、死体でできた奇妙なオブジェが誕生する。
呆気に取られる兵士たちの塊へ、アレクニールが突っ込んだ。
拾った武器を折れるまで使い、また別の得物を拾う。
剣は兵士の首を飛ばし、斧が頭を粉砕した。槍は二、三人をまとめて貫通し、防具である盾さえも武器となって血の雨を降らせる。
アレクニールの運動量はいつまでたっても落ちなかった。
むしろ時を追うごとに激しくなる。
「これがニンゲンの武器か。確かに、爪や牙を持たないのなら代わりを作ればいいってわけだ」
この時点で彼に挑む者はいなくなった。
足が竦んで動けなくなっている。
後ろに控えていた兵士長も同じだ。
間抜け面で立つ彼は、なにが起こっているのか信じられないでいた。
「残りはこれだけか?」
すでに兵士の残りは五人。暴力を超えた『なにか』を見せつけられた男たちは石化したように固まるしかない。
「かかってこい。戦で生を散らすのは兵の本懐だろう?」
「う……うああああああああああああああああ!」
兵士長を除く四人が一斉に飛びかかった。
突風が吹いて、兵士たちは倒れる。
統制を欠いた彼らの無謀な突撃は、アレクニールの凶悪な拳によって返り討ちにされたのだった。
どさ、と尻もちをつく兵士長。
蚊の鳴くような声で、一言だけ口にする。
「……お」
尻もちをついた兵士長に向かってアレクニールは聞き返した。
「お?」
「……おまえは……なんなんだ……」
そう聞かれれば、答えは一つしかない。
「俺はアレクニール。ドラゴンだ」
へ? という顔をした兵士長は、アレクニールの巨大な足に頭を踏み潰されて死んだ。
ついに地獄の島の酔いどれドラゴン編は佳境に。
ドラゴンがおじさんになったらどうなるの? の言わば本番でした。
世界観設定が難しく、いまだ苦戦中
終わりまでがんば・・・れたらいいなあ
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