星のあみ
朝いつも通りに起きていつも通りの道を通って学校へ向かう。私の家は山の方なので山道を通らなければならない。途中、罠にかかっているイタチを発見。あぁ人間って最低だなって思う瞬間。鞄の中からこなたちゃん7つ道具の一つであるペンチを取りだし、罠を壊して逃がす。よし、いいことをした気分だ。人間社会ではれっきとした犯罪行為だが。
野生動物が捕まっているのは珍しくない。ばかな人間が捕まえようとしているのは、人間に危害を加えるだのどーのこーの言っていたが、元はと言えば山を荒らす人間が悪いわけで、結局は共存していくしかない、というのが私の持論だったりするのだ。
「藤森ー。お前遅刻してるなら嘘でももう少し慌てた様子で教室入ってこい。」
「ごめーん、ちゃーりー。」
わが2組の担任、茶甘先生。
4月の“チョコ好き発言”以来、某映画のタイトルからちゃーりーと呼ばれるようになった。
「よし、じゃあ連絡終わり。一時間目の準備しろよー。」
そう言ってちゃーりーは去っていく。
私はその背を見送ってから愛用の枕と夢の中へ落ちていった。
「あ、やっべ。穴空いてるし。どうしよ…」
「それなら、ひなたは裁縫上手だよ。……ひなた、そろそろ起きて。」
起きた、否起こされたのは昼休みらしかった。
辺りからはおいしそうな匂いがしていて、みんなお弁当を広げて食べている。
「………ん。」
お腹が空いた。
食堂へ行こう、そう思って席を立てばそのまま亜季の手によって座らされる。
「亜季、何すんの?」
「新くんのカーディガン、破けちゃったみたいなの。縫ってくれない?」
「えー。」
「せっかくこなたと食べようと思って苺大福買ってきたのになぁ。いらないの?」
「やらしていただきます。」
鞄の中から7つ道具の2つ目、裁縫セットを出す。
何も言わずに手だけだしてカーディガンを受け取り、縫い合わせる。
ていうか新しいの買えよ。
「はい、終了。」
「え、あ、ありがと。」
何故か少し照れている本田新がそれを受け取った。その後ぼそっとすげー、と言ったのが聞こえた。
「せっかくだし、今日はこのメンバーで食堂いかない?」
「苺大福。」
「俺はいいよ、新は?」
「苺大福。」
「あ、うん。別にいいよ。」
「いちご…」
「はい、こなた。」
亜季が持ってきてくれた苺大福を大事に頂きながら私は食堂へ向かって歩き出した。
それに後の3人がついてくる。
「あ、部長ー!」
「おー!ネタ集まった?」
新聞部の後輩が話しかけてきた。
そこで少し話し込む。
「藤森さんって変わってるけど、すごいよね。」
「うん。新聞部と家庭科部、書道部にUFO研究会が部長。あとは将棋部に囲碁部、弓道部かな。」
「そんなにやってんだ……。」
「でも、あの子認識能力がすごいから、誰がどの部に属してるか完璧に覚えてるのよね。」
「へぇ〜。後輩に慕われるわけだね。」
「……全生徒分の、よ?」
「え……。」
「成績もいいし、あの性格も受けがいいからだからみんなに好かれるのよ。」
放課後。
もう誰もいない弓道場。
少し無理矢理、髪を高い位置で結って気合いを入れて弓をもつ。
毎日この時間に射っているので暗さには慣れた。
張り詰めた空気は神聖な感じすらして、私は好きだ。
一射目。
中心から少し右にずれる。
二射目。
大幅にずれてギリギリ的に当たった感じ。
三射目。
見事ど真ん中に命中。
最後の四射目。
……先ほどより真っ直ぐ、三射目の矢を弾いて真ん中に命中した。
さ、帰ろうか。
校門では、本田新が待っていた。
「……ストーカー?」
「違う違う!せめて今日のお礼に途中まで送ろうと思って。後ろ乗って。」
素直に甘えさせて頂くことにした。何せ、今日は無駄に疲れていたのだ。
書道と新聞は締め切りに追われていたし、家庭科は後輩に新しいことをさせてみると思っていたより説明に戸惑った。
自転車の二人乗りは快適とは言えなかったが、歩いて帰るよりはましだった。
何の会話もなかった。
だけどそれが心地好かった。
ぼーっと空を見上げると黒い電線が星を捕まえる網みたいで、家から見える星空とはすごい差だった。
「はい、到着!」
そんなことを考えていたらいつの間にか随分家の近くまで来ていた。
「こんなとこまでありがとう。」
どういたしまして、と彼は照れたように笑った。
「なんか本田新ってかわいいね。」
「えっ……。ていうか、新でいいよ。」
彼の顔は先ほどより赤くなっていた。
それもかわいいと思う。
「じゃあね、新。」
彼は少し驚いた顔をした後、にっこりと微笑んだ。
それにつられて、珍しく私も笑った。その瞬間、彼の表情は凍りつき、私に何かがぶつかった。
「藤森!」
その衝撃で、私の体は宙に浮いた。私が地面に打ち付けるまでの時間がゆっくり、ゆっくりと過ぎていく。あぁ、死ぬってこういう感覚なんだ。残酷なほどはっきりと理解ができた。まだ書道の作品が提出できていないのに。あーあ。
ちらりと見た彼はなんとも言えない表情をしていた。笑ってよ。やっぱり最期は笑顔がみたいじゃん。君の笑った顔は嫌いじゃなかったよ。送ってくれてありがとう。さよなら。
最期に見た空は、やはり黒い網が星を捕まえようとしていて、滑稽だった。