ある日、人の心の声が聞こえるようになった。隣の天使が心の中で弱音を吐いていた。だから、助けたい。
友達ができなかった。
原因は自分でもよく分かっている。
僕は、感情が表情に上手くでない。
話していても、あんまりにも僕が無表情だから話が続かなくなって離れて行ってしまう。
そう考えると僕は口下手でもあるのかもしれない。
友達が欲しかった。
友達とまでは言えなくても、せめて教室で顔を会わせたら軽く会話が弾むようなそんな関係が欲しかった。
でも、今更この鉄仮面がどうにかなってくれるとも思えない。
だから、僕は思った。
自分がうまく感情を相手に伝えられないなら、相手の感情を人一倍読み取れる人間になればいいのではないかと。
毎日クラスメイト達を観察した。
本を読んで、行動に現れる感情について学んだ。
思いつく限りの手を尽くした。
だからだろうか。
ある日、人の心の声が聞こえるようになった。
この力を手に入れてから、一つ気付いたことがある。
人は言葉で発していることと思っていることが違うことがよくあるということだ。
「天音ちゃん! 今日の数学の宿題なんだけどね!」
「天音ちゃんってほんとに髪さらさらだよね~。シャンプー何使ってるの?」
「信道さん! この間、この漫画読みたいって言ってたよね? もし良かったら貸そうか?」
「信道さん。この間、信道さんが教えてくれた映画なんだけどさ、あれ俺もはまっちゃって。もし、良かったらなんだけど、今週あの映画の最新作見に行かない?」
「信道さん。もし、良かったらなんだけど……今日俺らと昼一緒に食べない?」
「天音ちゃん!」
「信道さん!」
例えば、僕の隣の席には人が大勢集まっている。
原因はその席に座っている少女にある。
彼女の名前は信道天音。
たぶん、学校で彼女の事を知らない人はいないと思う。
品行方正。才色兼備。
全国模試では常に上位百位以内。部活動のバドミントンでは個人戦で全国大会出場。
すらりと伸びた背と絹のように繊細な長い黒髪、少し切れ長で知的に光る黒い宝石のような瞳。
そのおよそ人とは思えないほどに優れた容姿とあらゆる面への才能、そして名前に入った〝天〟という漢字から彼女は〝天使〟と呼ばれている。
およそ彼女以上に優れた人を少なくとも僕は見たことがない。
でも……
『…………疲れた』
彼女は自分を取り囲むクラスメイト達を前に笑顔で一つずつ確実に言葉を返している。
その表情は心の底から楽しんでいるように見える。少なくとも疲れを感じているようになんて全然見えない。
でも、心の声は必ずその人の本心だから。
『予習しないと。でも、皆ともちゃんと話さないと。眠い。甘いもの食べたい……』
「……」
僕は、彼女より優れた人を見たことがない。
でも、だからといって、彼女は完璧というわけではない。
完璧じゃないから、人並みに疲れるし人並みに苦しい時だってあるはず。
「……」
それでも、彼女がこの心の声以外で弱音を吐いたのを僕は見たことがない。
それがきっと彼女が彼女に課しているルールなんだと思う。
「……あ、やば。そろそろ次の授業の準備しなきゃ……っ」
一人の女子生徒が時計に目をやってそう呟く。
それを皮切りに天使の周りから人が消えていく。
ほんの一瞬、その様子を見て安心したように信道さんが息を吐きだすのが見えた。
「……あっ、ごめんね音無君。騒がしくしちゃって」
「…………全然気にしてないから大丈夫だよ」
そちらの様子を伺っていたのがバレたのかと思って一瞬焦ったけれど、ただただ信道さんが善い人なだけだった。
でも、それだけにやるせない。
「ほんとにごめんね。いつも迷惑かけちゃって」
『気にしてないってほんとかな? ううん。音無君はあんまり騒がしいのは好きじゃなさそうだし、気を使ってるだけだよね』
「……ううん。ほんとに大丈夫だから」
善い人だ。本当に善い人だ。
心の声を聞くようになって、表面では綺麗なことを言って、心の中で酷いことを思っている人も少なくなかった。
でも、信道さんのこれは違う。
違うから、ちゃんと報われて欲しい。
「……」
「……な、なに? もしかして何か顔についてる……!?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
僕には何もできない。
いくら信道さんが心の中では困っていると知っていてもしてあげれれることなんて何もない。
僕が何をしたところできっと彼女の負担にしかならない。
だって、信道さんは助けなんて求めてないから。
でも……
「……あのさ。信道さん」
「……なに?」
「実は今日、学校に来る前にチョコを買いすぎちゃって。その……一つ貰ってくれないかな? ほら、疲れた時は甘い物が欲しくなるって言うし」
でも……それでもこれくらいの手助けは良いんじゃないだろうか。
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