真偽入り混じるハロウィン騒動
薄暗い空間の中に彼らはいた。
耳の先が長く尖らせた美しい少女。
成人男性の半分ぐらいのヒゲモジャの男。
クラシカルなメイド服を着た女。
両腕が鳥の羽になっている少女たち。
鉄かごに入れられた小人たち。
他にもオッドアイの黒猫、虹色の羽をもつ鳥、目と口の部分から炎を吐き出すカボチャ。一本角を生やした白馬。
手錠、もしくは足枷をつけられた彼らの表情は皆一様に暗く、狭い薄暗い空間に閉じ込められ、時折くる衝撃に揺らされていた。
そこは首都圏内を走る大型トラックのコンテナの中であり、彼らは海外から仕入れられた商品であった。
「私たちどうなっちゃうの……?」
耳の長い少女……エルフが不安げに呟いた。
「そりゃ物好きな人間に売られるんだろ」
ヒゲモジャの男……ドワーフが素っ気なく答える。
「つっても、なにせここにいる奴等は全員ワケありだ。ロクな所じゃないだろうな」
「そんなのヤダ……家に帰りたい」
涙を流し、嗚咽するエルフの少女。ここにいる者は皆それぞれ事情があるが、どうやら彼女の場合はタチの悪い人間に捕まったクチらしい。
「お前なんてまだマシさ。見てくれは良いからな。せいぜいスケベな人間の玩具にされるぐらいだろ」
何の気休めにもならないことを言うドワーフに、メイドの女……シルキーは口を挟む。
「そうとも限らないわよ。人間には見てくれの綺麗な子を壊すのに快感を覚えるっていう輩もいるって聞いたし」
「恐怖を煽るようなことを言うな。怯えてるだろう」
「アンタだって大概でしょうに。……はぁ、新しく働ける家を探してただけなのに、どうしてこうなっちゃったのかしら……」
「私たちだってそうです。住処の山を人間の土地開発で追われたと思ったら、この有り様ですよ」
続く、シルキーや小人たちの愚痴を皮切りに、そのまま、やいのやいのと己の境遇を語り始める妖精・妖獣、……いわゆる妖怪・人外・異形と呼ばれる彼らの胸中は絶望と諦観に満ちていた。
自分たちはもう逃げられない。諦めるしかない、と。
「すぴー」
そんな中で、コンテナの隅に一人の女が眠っていた。
古めかしいドレスを着た美しい女だった。
顔の造形は女神を模した彫刻のように整っており、長く伸びた金髪は薄暗いコンテナの中でも淡く輝いている。神秘的、それでいて、どこか魔性のような妖艶さも纏わせた美女である。
ただ、そんな女が涎を垂らして、ロゴのついたアイマスクをつけて眠っているのだ。
ちなみにロゴは『惰眠最高』、日本語である。
それだけで、全ての雰囲気が台無しとなっていた。
「あんた、そろそろ起きなよ! 状況わかってんの!?」
しかし、その暢気すぎる彼女は、まるで自分だけは関係ない。ここにいる者らに言外にそう挑発しているように見えてしまい、ついに我慢できなくなったのか、羽翼の腕を専用の手錠で繋がれたハーピーの娘たちの一人が自由な足で蹴り飛ばす。
「むごっ!?」
ゴンと大きな音を立てて壁に頭を打つ女。しかし、そこでようやく彼女は微睡から目覚めた。
「むにゃ……何よ。もう少しでダブルヒロイン同時攻略して、両手に花ルートが見れたのに……」
「いや、どんな夢見てたのよ」
ハーピーの少女が呆れたように突っ込みを入れる。
現在の自分の境遇がわかっているのか、それともわかったうえで現実逃避しているのだろうか。
女は瞼をこすりながら、辺りを見回す。
「あら、もう朝なのかしら? グッモーニン♪」
どこまでもマイペースな金髪美女の言葉に、見守っていた他の者らもさすがにイラッときた。
「まだ寝ぼけてるの? 外の様子はわからないけど、ウチらが貨物船からここに入れられた時は夕方だったし、それからまだ数時間ぐらいしか経ってないはずだから、まだ夜よ?」
ハーピーはとりあえず律儀に答えてやると、女は納得したように頷く。
「教えてくれてありがとう。それと、私にとってはこっちが朝よ」
目の前の女が何を言ってることが分からず、ハーピーは再度質問しようとした矢先に、彼女は気付いた。
いつの間にか、その金髪美女にかせられていた手錠は外れ、代わりにその手には年季の入った古い懐中時計が握られていたのだ。
「アンタどうやって……」
ここにいる者はここまで運ばれる際に、奴等に何度もボディチェックをさせられた。
ハーピーがそう尋ねようとする前も、女は時計が指し示す刻限を確認して呟く。
「そろそろ時間だけど間に合うかしらね?」
どういうことか、今度は後ろの方にいたドワーフの男が立ち上がり、訪ねようとするも、彼は根本的な事に気付いた。
そもそも、自分たちが船から降ろされ、このトラックに入れられた時、こんな目立つ女性が本当にいたのかと、なぜ自分たちは彼女の存在にさっきまで気付かなかったのかと。
頭に浮かんだ疑問を目の前の女にぶつけようとするが、その前に当の彼女はパチンと指を鳴らす。すると、ドワーフ含めた全員の手錠は一斉に外れた。
一瞬の出来事で喜ぶよりも混乱の方が先に生じる。
だが、今度はそんな暇すらも与えないと言わんばかりに女は続けた。
「とりあえず、皆さんにお願いしたいことがあるんだけど……」
皆、気付いてはいなかった。彼女の足元の影が、コンテナの中の空間を敷き積めるように広がって、自分らを囲い始めていた事に。
「ちょっと私に食べられておいてくれない?」
彼女の瞳は残酷なほどに赤く輝いていた。
◆
月夜の下で高速道路を一台のトラックが走っていた。
運転する男は助手席の相方の男と積み荷の方で何が起こっているのかも知らずに談笑に興じていた。
「しかしよぉ。まだ、こんな連中が売り物になるかね。オークションとやらも潰れちまったんだろ」
「そこはそこ。なんとか生き残ったパトロンの何人かのお偉いさんが懲りずに、残った流通ルートを使って、こうして小規模な競りを開いてんだよ」
「はあ。まあ人間の欲望は際限がねえってか? まあおかげで俺らみたいのが仕事に困らないで済むんだがな」
「違いない」
ケラケラと言い合う男らは今回の商売の為に、雇われた退魔師崩れの男たち。どんな世界にでもこういったあぶれ者はいるし、そういった人間だからこそ回ってくる仕事もあるということだ。
「ところで後ろの連中は本当に大丈夫だろうな? 前に九尾を捕獲しようとした連中みたいになるのは御免だぜ?」
「心配いらねえよ。商品リストを確認したが、みんなレア度は別にしても直接的な戦闘力は無……」
男たちはそこで会話を打ち切る。
さっきから隣の加速車線をピッタリと並走する小型のバンにようやく気がついたのだ。
「……どうする?」
「とりあえず、一度国道を下り……」
男らが決断する前にバンの窓がゆっくりと開く。
そこからメガホンが顔を出した。
『そこの車、止まれ! 運んでいる積み荷の中身はわかっている! 大人しく停車して投降しろ!』
「!?」
あまりにもストレートなその声を聞いた男は瞬時に状況を把握、慌ててアクセルを踏む。
一気にバンから引き離そうとするトラック。
しかしバンは相変わらずトラックに吸い付くように離れない。
『お前らが向かっている会場の方も別口の連中が既に制圧した! 今なら間に合う! 投降しろ!』
「ど、どうする?」
「ハッタリだ! 無視しろ!」
男はさらにスピードを上げようとする。
ザグン
「おい、今後ろの方から変な音が聞こえなかったか?」
「あ? 気のせいだろ!」
コンテナの天井が丸く切り取られた音を気のせいだと切り捨て、闘争に集中する男たち。
一方でコンテナの上穴から颯爽と現れたのは、古めかしいドレスをまとった金髪の美女。
月灯りに照らされる中で夜風に当たる彼女の姿はそれだけで一枚の風景画にもなりそうだが、彼女の腕からは爪の先から細く長い赤い刃が伸びており、背中からは蝙蝠のような翼が生えていた。
しかし、人ではないのは明らかであったが、それでも人外特有の魔性の美しさは健在であった。
「やっぱり夜は良いわ。テンションが上がるわね」
彼女はそのまま翼をはためかせて、トラックの前の方へ移動する。
「はあーい♡ ご機嫌いかが? 素敵な夜ね!」
目の前のフロントガラスの上の部分から、蕩けるような笑みを浮かべる金髪の美女が逆さに顔を出した。
「「うわあああああああああ!?」」
絶叫を上げる二人の男。それにムカッ腹を立てた彼女は露骨に顔をしかめる。
「レディの顔を見て悲鳴を上げるなんて、なんて失礼なのかしら!」
その言葉と同時に、彼女の身体は服ごと黒く変色して膨張。すると次の瞬間、彼女はそのまま蝙蝠の大群となって四散した。
「「だあああああああああああ!!」」
蝙蝠の群れに視界を阻まれ、混乱する男たち。
おまけに、内数匹がどこからか運転席に入り込んで、集まったかとも思えば、すぐさま狼の頭に変身。男のハンドルを握る手に勢いよく噛み付いた。
「痛あっ!」
「バカ! こんな状態でハンドルを離……ぎゃああああああああああ!?」
相方の男が助手席からハンドルに手を伸ばすも、もう遅い。
かくて制御を失ったトラックはそのまま高速道路の側壁へ激突した。
◆
「シェイラ。誰がここまでやれと言った?」
「……」
煙を上げて炎上するトラックを尻目に男が額に青筋を立てながら、シェイラと呼ばれた金髪の女に詰問する。ジーパンにデニムシャツと今風の出で立ちをした青年であるが、彼の隣には甲冑を付けた二体の木人形が控えていた。
彼の操る式神である。
「お前なら蝙蝠化して噛んで操るなり、いや、それ以前に、フロントガラスで目を合わせた時点で魅了して催眠状態にすることもできたよな?」
「……」
男は怒髪天を突く勢いであったが、女……シェイラは俯いたまま沈黙を貫く。
「なんとか言ったらどうだ!」
やがて、シェイラはゆっくりと顔を上げた。
「てへっ! やっちゃったゼ!」
「ぶっとばす!」
男が懐から一枚の札を取り出そうとすると、女は慌てて両手を上げる。
「冗談だってば! 別にいいじゃない。さらわれた子たちは私が今も“お腹の中”で保護しているし、運転してた連中も志藤君が保護したじゃないの」
自分の腹をポンポンと叩くシェイラはチラリと志藤の式神の方へ視線を移すと、彼らの両腕にはさきほどの男らが気絶していた。
「ギリギリだったぞ……」
「別に見捨ててもいいじゃない。敵でしょう?」
サラリととんでもないことをのたまうシェイラに志藤は頭を押さえる。
「悪人とて見捨てていい道理はないだろう……」
「ふうん、人間って変わってるわね。……いえ、変わってるのはアナタかしら?」
おかしそうにケラケラと笑うシェイラを志藤は無視して話を戻す。
「それでお前の中にいる人たちはどうする?」
「うーん。このまま貯蔵しておくと、今晩中に消化しちゃいそうだし、できれば早く吐き出してあげたい所なのだけどね」
「むしろ、俺はお前が今すぐに食ったりしないか心配なわけだが」
ジト目で聞いてくる志藤にシェイラは口を尖らせる。
「失礼ね。私を例の空亡や邪魅みたいなゲテモノと一緒にしないでくれる? 食事するなら相手方に了解を得て、ちゃんと首筋からもらうわよ?」
そう言ってシェイラは口を尖らせるが、その口から長く鋭い犬歯を覗かせていた。
「とりあえず今夜はせっかくのハロウィンなのだし……」
シェイラは高速道路の端にそびえる防音壁に一足で飛び乗り、遠くから見える街に目を向ける。
夜の恩恵を受け、日中の何倍にも強化された彼女の視界には、仮装した人間達が街中を練り歩いていた。
吸血鬼、狼男、魔女、ミイラ……果ては漫画やアニメのキャラクターといったものに仮装した人間たち。
人と異形が交差しているこの世界でも、いまだに人は幻想に憧れその姿を模して興じている。
「この子たちにも楽しんでもらうのも悪くはないのではないかしら?」
そう言ってシェイラは再びお腹を軽く撫でた。
◆
数日後、某霊能関係相談所にて。
「よし! 凌○洗脳バッドエンドはクリア! 次はいよいよ純愛ルートね!」
「公共の仕事場で堂々と美少女ゲームに興じるな! それ以前にそのパソコンは仕事用だろうが!」
志藤たちはいまだこの前の騒動の事後処理に追われていた。
被害もあるが、他にもあの後、シェイラは何を血迷ったか、街中で体内に避難させていた妖精・妖獣たちを一気に解放。
一時は大混乱に陥りかけたが、丁度ハロウィンイベントだったおかげで、彼らは仮装した市民、シェイラの行為もパフォーマンスの一つという事で処理された。
もっともエルフやハーピーらが捕まっていた時の恐怖など忘れてハシャぎ始めて、そのまま日本の観光を開始してしまったのだが。
「割とノリの良い子たちだったわね」
「煽っておいて何を言う!」
ちなみに彼らの上司である所長は今回の一件について、いまだ各方面に平謝りに奔走している途中だ。
当の志藤も、いまだに被害や苦情の件が書かれた書類とにらめっこしてる最中なのだが、元凶であるシェイラはご覧の有り様である。
「エルフのようなさらわれた子たちはどうにか故郷に帰せる目途は立ったが、そもそも帰る場所がない連中の処遇がな……」
「そういう子は例の霊災特区にでも預ければ良いじゃない。あそこ、そういう施設も多いのでしょう?……確かトーゲンシティだったかしら?」
「燈現市か? 向こうも年始の冬の事件の事後処理に追われて、まだゴチャゴチャしてるんだ。そう気軽に頼めんさ」
志藤の言葉にさすがのシェイラも疲れたように(働いてないくせに)ボヤく。
「はあ、やっぱり人手がもっと欲しいわねえ。ねえ、やっぱりアルバイトでも雇わない? どこかにスズシロの坊やみたいな爽やかイケメンでサムライソードを使う子とかいないかしら?」
「そんな都合の良い人材がいてたまるか!」
「きっといるわよ。どこかの並行世界とかで!」
「いや、並行世界じゃ会えないだろう……」
至極、どうでもよい会話を繰り広げる二人、シェイラ・ヴァンローゼと志藤錬次。
これは生真面目な一人の退魔師と変わり者の吸血鬼の物語の一幕である。