《ラピッドステップ》の受難
役立たずの自称治癒術師を追放した翌日、リーダーの青年が以前から声をかけていた優秀な治癒術師を加えた新生《ラピッドステップ》は、Aランクのヒュドラ討伐クエストを受けて都市から北西へと移動していた。
馬車で二日かかる村から更に数時間歩いた先にある大沼。そこに突如ヒュドラが現れたのだと言う。信じがたい話だが、使用コストが馬鹿にならない緊急時通信用の魔道具を使ってまで嘘を吐く意味はない。それに事実であれば早急に対処しなければどれだけ被害が拡大するか分からない。今この都市にいる唯一のAランク以上のパーティーである《ラピッドステップ》が引き受ける他ない状況である。だからこそ、ということはなく、ごく当然のように彼らはそのクエストを引き受けた。
この時は誰も、後に起こる事態を想像すらしていなかった。
一般的な冒険者ではAランクには至れない。そのAランクでなければ倒せないヒュドラという怪物との戦いが新たな仲間との初仕事ともなれば、治癒術師の緊張と恐怖はどれほどのものか。過去にAランクとの戦闘経験がないのだからなおさらだろう。まだ村にも着いていないというのに、そのうち倒れかねない様子である。
しかし元からのメンバーには緊張も恐怖も不安もない。
何のこだわりかフード付きのローブを道着のように着こなすリーダーの青年は、これまた何のつもりかフードの中で寝かしていたウサギを膝の上に移動させて、慣れた手付きで毛づくろいをしている。
幼い魔術師は女戦士の膝の上に座り、仲良くスキンシップをとっている。あまりの仲の良さに二人が恋仲であるかのように見えるほどである。
以前からリーダーの青年に声をかけられていたのに今まで加入しなかった理由の一つに《ラピッドステップ》の実態がリーダーのハーレムパーティーであるという噂を耳にしていたから、というものがあるだけに、治癒術師はこの光景に色々な意味で驚きを隠せない。その驚きも相まって、いつの間にか緊張も恐怖も薄れていた。
だから治癒術師でさえも、この時は勝利を確信していた。
「あ、やっと表情が柔らかくなった」
からかうような声色を隠そうともしない、いたずら好きな子供そのものな幼さの残るソプラノが響く。
若干一二歳にしてSランクパーティー《ラピッドステップ》メンバー内で最高火力を誇る天才元素魔術師、サムエル・マライア。
リーダーの青年が冒険者登録をしにきた時には既に一緒にいた子供で、本来なら今でさえ冒険者登録はできない未成年でありながら、実力により特例登録の史上最年少記録を一年以上も更新した神童である。今でも色々な理由で引き抜こうとするパーティーは後を絶たないが、ただの一度も《ラピッドステップ》として以外でクエストを受けたことはない。
「ビビんなたぁ言わねぇけど、今からビビってもしょーがねぇだろ?」
そして男勝りな荒々しい口調の、どこか呆れたようなアルトボイスが続く。
小柄で素早い種族であるネズミの獣人でありながら、身体も態度も武器もついでに胸も大きい戦斧使いの戦士、アナ・ウィスカー。
御年二六歳。行き遅れと嗤う男がいればそのケンカを即決で買い、ためらいなく特定の内臓を玉砕させようとしてはリーダーに取り押さえられる、そんな程度には繊細な女性である。ハーレムパーティーなどという噂があるにも関わらずリーダーに周囲からそういう意味での嫉妬や非難がないのは、彼女の存在によるところが大きい。
「そもそも怯える理由なんてないよ。リーダーもいるし、私もいるし、アナ姐さんもいるし、ついでに役立たずはもういないし――」
「――あいつのことは忘れろ。二度と口にするな」
瞬間、世界が凍り付いた。
口調も声色も、特別何があるということはない。なのにそう錯覚させるほどの冷たさが、寒さが、そこにはあった。絶対零度のさらに下、あえて言葉にするなら絶対負度。地球の常識では存在さえしないほどの冷たさが。
「……分かったよ。はい忘れました。何の話だっけ?」
軽い調子で返そうとしたサムエルの身体は、まだ少しだけ震えている。
誰も話を変えようと切り出せず、居心地の悪い沈黙が場を支配してしまう。
「ベブゥ」
そんな空気を変えたのは、おそらくギリギリで辛うじてブサカワイイと言えなくもないような気がしないでもないとも思えなくはない――とにかく判断に困る絶妙に微妙な鳴き声だった。
鳴き声の主はもちろんリーダーの膝の上で寝ていたあのウサギである。一応ウサギではあるが、正確には動物ではなく魔物である。トレイルラビットと呼ばれる魔物で、戦闘能力も一対一ならバンプウルフを瞬殺できるくらいに強い。しかし極端に体力がなく僅か一秒しか戦えないことと、戦いを好まない温厚な性格から一部ではペットとして人気がある。
もっとも、冒険に連れていく者など世界広しと言えど一人しかいないが。
「……起こしちまったか? 悪いな」
「ベブッ」
「まだ寝ていてもいいんだぞ? 先は長いからな」
「ベブゥッ」
そのやり取りはどこまでも自然で、優しくて、温かくて、親しくて、飼い主とペットとはもちろん、親友とも、恋人とも、家族とも、他の何とも違うような関係が、そこにはあった。
「……悪かった。空気を悪くして」
「いいよ。私も余計なこと言った気がするし。覚えてないけどねぇ」
居心地の悪い空気は完全に消えて、戦士と治癒術師はようやく一息ついた。
「おいおい、見せつけてくれんじゃねぇか。リーダーはそっちで乳繰り合ってな。アタシゃこっちでエリーを好きにさせてもらうからよぉ」
「ちょっ、アナ姐、さっ、くすぐっ、たっちゃ……あんっ、らめぇっ」
「エロい声出すなよムラムラすんだろが」
「……お前らのことも寝かしつけてやろうか? 拳で」
「ベブゥ」
(……このパーティーに入ったの、早まったかもしれない)
地味に除け者にされている治癒術師には、苦笑いを浮かべる他なかった。
――そして二日後、《ラピッドステップ》はヒュドラ討伐クエストに失敗する。
治癒術師は全身打撲の上に気絶した状態で戦士に運ばれ、
戦士は武器も防具も壊され、片腕の骨まで折られ、
魔術師は魔力が枯渇し、辛うじて自力で歩くも顔面蒼白で、
リーダーは両腕の骨が折られ、右腕は炎で、左腕は毒液でただれ、
満身創痍と言う他ない姿で《ラピッドステップ》の面々は撤退してきた。
何故こうなってしまったのか、分かる者は一人を除き誰もいない。
リーダーだけがただ一人、理解も納得もできないままに把握していた。
全てはシュシン・コウを追放したことが原因だと――
次回、ザマァ回になります。