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《ラピッドステップ》の最期

しれっと本日二話目。

この書き溜めが思ったより少しは早く終わってよかったです。

 チート能力【THE☆HERO】の力により、時間は再び開戦の時へと戻る。

「喰らえ悪党共!! ハアッ!!」

 少年が気合を込めて叫びながら突き出した右手から――特に何が出てくるということはなかった。

「……はあっ!? 何で何も出ないんだよ!?」


 何とも情けない姿を晒す少年。もちろん何が起きているのか理解できたのはこの場にベンジャミンしかいない。

 少年が過去改竄を行ったことにより、今この瞬間のこの町に限り時空に大きすぎる歪みが生じている。それこそ歪みを利用すれば神様の力を借り受けたとしても実現できないはずの【跳越者】による時間跳躍さえ可能となるほどに。

 そしてベンジャミンは【看破】の神眼で把握していた。自分とピーターだけでは不可能な、神様の力が入り混じったような力が時空の歪みを観測した直後に少年を襲っていたことを。他でもないベンジャミンだからこそ理解していた。これは自分が名も無き神との契約に基づき自らを生贄として捧げた結果なのだと。


 少年のチート能力を『ボールペンでの誤記を消して修正するかのような気軽さで一度起きた未来を書き換えられる改竄力を誇る』と称したのを覚えているだろうか。この時チート能力をボールペンで例えたことには意図がある。修正液やテープはもちろん消えるボールペンであろうとも、修正前の痕跡まで綺麗に消し去ることなどできはしない。

 それこそメタフィクションな例を挙げるなら、少年の改竄により書き換えられた出来事が白塗り黒塗りにされただけで部分削除はされずに残り続けているようなものである。だからどれだけ改竄したところで、一度でも起きてしまった未来を完全に消し去ることなどできはしない。


 いや、そもそもこんな面倒な説明はいらないだろう。この程度のこと、今まで散々示し続けてきたことと何ら変わりはしない。ただ少年の立場が一転したというだけで。


 少年は言わば半神半人。半分とは言え、人が神様に勝てるわけがない。


 元々少年が扱う干渉力は神様と同種であっても同等ではない。たかが人間にも扱えるようにと奇跡の神ゴツゴウシュギーが調整を加えた簡易版の力である。だからこそ少年は言わば半神半人なのである。身も蓋も無い言い方をしてしまえば神様の劣化コピー。名を得た直後とは言え、正真正銘の神様に勝てるわけがない。


 そしてベンジャミンはこの後に起きることも理解していた。たとえ未来が変わったとしても、たとえ書き換えられる前の話だとしても、自分は契約に基づき自らを生贄として捧げた身。その出来事も消え去ることなくやがて起きるのだと。

Linkage(リンケージ)Stage(ステージ) (フォー)

 だからその時のために準備だけはしておく。


 自分のことだからこそ、ベンジャミンは理解していた。そもそもいくら時空の歪みが生じていようと、少年のチート能力をも跳ね飛ばす攻撃を時間跳躍で過去に飛ばす必要はない。次元も位相も跳び越える攻撃なら、その時間になれば書き換えられた後の世界にだって届いただろう。

 つまりあの一撃は少年を倒すためのものではない。そして少年がその一撃を喰らう直前、時空の歪みを観測したと同時に把握した少年の戦闘能力から考えれば、答えは簡単に看破できる。


 ただ、神様に祈りを捧げたのだろう。大切な仲間達を救って欲しいと。


 そして今この瞬間、仲間達は全員健在である。誰一人として欠けてはいない。それが自らを生贄として捧げた結果なら、悔いがないとまでは言えないが充分に納得はできる。

「……ありがとう」

 ベンジャミンの口から思わず感謝の言葉が零れた直後、それは始まった。


 ベンジャミンとピーター。一人と一匹。一つで一羽。神様の領域に足を踏み入れるに至る存在が有するエネルギー。

 それだけの量のエネルギーを余剰分まできっちりと吸収した名も無き神は、当然存在の格を上げ名を得ることに成功した。

 そしてベンジャミンとピーターは――




「…………ん?」

「…………ベブッ?」




 ――特に死ぬこともなくそこに生きていた。

 別に名も無き神が何か手心を加えたわけではない。現にエネルギーは確かに吸収された。ただ少しだけややこしい事態が起きたに過ぎない。


 そもそも契約したのはベンジャミンはまだ冒険者になってもいない頃。当時のベンジャミンとピーターとの契約のため、契約により名も無き神が吸収できるエネルギー量は、純粋にベンジャミンとピーターだけで用意できるエネルギーの最大量となっていた。

 つまりベンジャミンとピーター以外の何者かが関与して生み出されるエネルギー量は対象外となる。そしてそんなエネルギーをベンジャミンとピーターの命の代わりに名も無き神に捧げたなら、名も無き神が吸収できるエネルギー量は変わらないので死は免れられる、かもしれない。


 しかし疑問は残る。そんな都合よくエネルギーを用意したのは何者なのか。

 その答えは《ラピッドステップ》の仲間達であり、少年の改竄により書き換えられる前の世界において名を得た神様自身である。

 格を上げたことで名だけでなく縁を司る神としての座も得た神様の力により、いわゆる絆の力のようなエネルギーが生じた。未来の自身が生み出したエネルギーなだけあって名も無き神にはベンジャミンとピーターのエネルギー以上に相性がよく、そちらが優先的に吸収されたことで一人と一匹は生き延びることができた。


 とは言え何事もなかったとはいかない。絆の力のような、と称したように、この神様が司るのはあくまで縁であって信頼などとは異なる。ベンジャミンとピーターというどの組み合わせよりも特異で特別な繋がりが無効なため、生き延びられただけでも奇跡なのである。

 そして結果として、吸収されたエネルギーの分だけベンジャミンとピーターは弱体化している。筋力も体力も魔力も軒並み今までを遥かに下回っているし、何より固有能力が使えなくなっている。


「まだだ! 魔法が駄目でも身体能力がある! 行くぞ悪党共めっ!」

 そんな自分の現状を感覚的に把握しようとベンジャミンが悪戦苦闘している間も格好つけて魔法を発動させようとしていた少年が、ようやく魔法を諦めて他の手段に移る。

「くっ、身体の動きが鈍い!? いったいどうしゅぉぶべっ!?」

 だが改竄により得ていた身体能力は言うなれば自分に強化魔法をかけていたようなものだったので、こちらも召喚前の素の状態に戻されている。それを分からずに無理に激しい動きをしようとして、身体がついて行けずに無様に転んでしまう有様。


「……………………よし、帰るか」

「賛成」

「同じく」

「行きましょうか」

「ベブッ」


「逃げるのか悪党共めが!」

「それでいいよ。もう関わる気にもならん」

 背中を向けて去ろうとする《ラピッドステップ》一行を何故か呼び止めようとする少年の言葉は、当然のように彼らの歩みをほんの一瞬さえ止められはしない。


「逃がしちゃ駄目だ! またどこで悪さをするか分からないぞ!」

 そもそもまだ何もしていないのだが、白兎神の攻撃対象ではなかった衛兵達はまだ干渉力の影響が残っているため少年の言葉に反応して一行を取り押さえようと一歩踏み出す。

「エリー、足下に威嚇射撃」

「当てればいいのに」

 物騒なことを言いながらもベンジャミンの指示には逆らわず、衛兵達の足下を隠し玉の一撃で吹き飛ばす。威力がありすぎて地面もろとも衛兵達も吹き飛ばされているが、その程度のことは気にしない。


「よくも……よくも僕の力をおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 負け犬の遠吠えを背に受けながら、何とも肩透かしな幕切れに呆れながら、徒歩ではあまりにも遠い帰路を行く。

 あるいはこの物語としては出来損ないな幕切れこそが、改竄により物語のようなはた迷惑な展開を実現させてきた少年に対する一番の罰となりうるのかもしれない。






「あ、詳しい説明は後でするけど、俺とピーターはもう戦えないから。あと資格も失うから戻ったらパーティー解散な」

「はーい……はい?」

「おう……はぁ?」

「分かりま……いやいやいや!?」

 そしてこれが、Sランク冒険者パーティー《ラピッドステップ》最期のクエストとなってしまった。

あとエピローグ的なもの一羽で完結です。

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