改竄された一羽の祈祷
因幡の白兎にまつわる話をご存知だろうか。あるいは詳細を知らずとも言葉を聞いたことくらいはあるだろうか。
本と言えば漫画やネット小説しか読んだことのない典触主人公は言葉さえ知らなかったが、少年でなくともこれが神話であると知る者はどれほどいるものか。
そして鰐(鮫という説も)を騙して海を渡ろうとして鰐の怒りを買い毛皮を剝がれ、痛みに泣いているところに通りかかった大国主命から治療法を教わり救われたという逸話から、現在も皮膚病にご利益のある神様としても祀られていることを知る者が地元民以外にどれほどいるものだろうか。
本来であれば日本の神話と異世界の間に因果関係などあるわけがない。しかし神様やらウサギの魔物やら、果ては日本から召喚された少年という異物までもが揃えられた特異な状況においては、正常など期待する方が難しいのかもしれない。
たとえ日本のそれとは無関係なのだとしても、結果としてそこに現れたのは紛れもなく、白い兎の姿をした一柱の神様だった。
それもいつかの復讐の神ザ=マァのような依代を用意しての降臨とは違う。三次元の領域に生きる人間が二次元の領域に移れないように、高次元の領域に存在する神様はそのままでは人の世という低次元の領域に降臨することはできない。だからこそ依代に宿る必要があるのだが、本来の身体ではない以上はどれほど上等な依代を用意したところで限界がある。ザ=マァが一つで一羽の最強相手に後れを取ったのはそのためである。
しかしこの白兎神は今この瞬間ベンジャミンとピーターを糧として吸収している最中にある。完全に吸収し終えた後ではないからこそ遺灰と遺体は半ば自身の身体として機能し、歴史上類を見ないほど最高の依代と化している。ただの依代では一割も力を発揮できないとすれば、この場合は九割は力を発揮できる。それほど大きな差がある。
そして何より、この依代に宿っている状況に限りベンジャミンとピーターの固有能力を使うことまでできる。まさにベンジャミンが夢見て失敗した神様の力を扱う戦闘スタイルを体現した存在と言える。
だからこの白兎神が少年を殺せない道理はない。そもそも現状の少年の戦闘能力はまだ一つで一羽の最強と同程度でしかない。実際に戦闘が起きれば余波や流れ弾でベンジャミンの身体が持たずに敗れるだろうが、ある意味一つで一羽の最強にとって最大の弱点とも言えるその身体はもうない。
ましてそれ以前の問題があるのだから、少年にはできることさえない。つまりそもそも戦いが成立しない。それほど絶対的な戦闘能力の差が存在する。
そしてまだ誰もその名を知らない一柱の白兎神は、ベンジャミンとピーターが自らを生贄として捧げてまで叶えたかった最期の祈りを、願いを叶えるために力を振るう。名を得てなお有り余るその力の量はベンジャミンとピーターが今日まで積み重ねてきた努力そのもの。たとえ最後は神頼みになったとしても、全てはその努力があってこそ。
だからだろうか。振るわれた一撃は蹴り。一つで一羽の最強が何よりも得意とした攻撃方法。
しかしシンプルな攻撃方法であるはずのその蹴りは、文字通り全てを一蹴する人の世において実現しうる極限の一撃と化す。
人類には届かない。
魔物にも届かない。
神様にも届かない。
人と魔物と神様とが最適なバランスで混ざり合ったような、奇跡的な状況にある今の白兎神だからこそ実現できる力。
※WARNING!
生命活動ヲ脅カス攻撃ガ確認サレマシタ。
チート能力【THE☆HERO】ヲ起動シマス。
改竄ニヨル戦闘能力強化ヲ実行シマスカ?
>YES
NO
改竄ニヨル物理現象遮断障壁展開ヲ実行シマスカ?
>YES
NO
改竄ニヨル魔法現象遮断障壁展開ヲ実行シマスカ?
>YES
NO
改竄ニヨル固有能力遮断障壁展開ヲ実行シマスカ?
>YES
NO
改竄ニヨル神性現象遮断障壁展開ヲ実行シマスカ?
>YES
NO
現時間軸ヨリ活動ヲ再開シマスカ?
>YES
NO
チート能力【THE☆HERO】ヲ終了シマス。
その絶対的な力の前に、たかが人間用に調整された神の力もどきを振るうだけの少年のチート能力が抗えるわけもない。
ベンジャミンの固有能力たる【看破】の神眼が全ての壁を看破し、
ピーターの固有能力たる【跳越者】が全ての壁を跳び越え、
神様の力が実現に必要な量と質のエネルギーを担い、
物理現象も魔法現象も神性現象も時空も次元も位相も全てが障害とならず、何もかもを跳び越える一撃が炸裂する!
そしてその一撃は与えられた力でしかないチート能力を少年という存在から跳ね飛ばすという、神様の力でもなければ実現不可能な結果を掴み取ってみせる。意味するところは少年の完全なる無力化。残るのは努力という力さえなく殺す価値もない無力な少年。
虹色に輝く瞳でベンジャミンとピーターの最期の願いが叶ったことを看破した白兎神は、役目は終えたとばかりにその姿を形作っていた白い粒子を霧散させて消えていった。
無力と化した少年がどれほど無様な死に様を迎えるかなど気にせずに。
――これが少年による過去改竄がなければ歴史上の事実となっていた、ボールペンでの誤記を消して修正するかのような気軽さで塗り潰されてしまった一幕である。




