治癒術師の仲間
少年には分からない。
今まで何度も馬鹿にされ、嗤われ、傷付けられてきたから。
少年には分からない。
今まで自分でも挫折して、失望して、傷付いてきたから。
少年には分からない。
今まで誰からもされた覚えのない、自分に向けて笑顔で手を差し出すという行動に出た少女の考えが、少年にはまるで分からない。
ただ、その手を安易に取ってはならないと、そう思うことしかできない。
「……あれ? もしかして私、振られちゃった?」
「えっ?」
そんな想定外の言葉を受けても、少年の思考はまだ分からないと思い続けるばかりで、何を考え始めるにも至らない。
「いや、改めてこれからよろしくってことなんだけど……駄目、かな?」
不安げな声色や表情。上目遣いに見つめてくるその姿は、普段の少年であれば照れ焦り驚き慌て挙動不審になるだけのものがある。しかし今まで他人からろくに好評価を受けたことのない少年は、ただ混乱するばかりで他のことを意識も認識もできずにいる。
なのにどうしてか、引っ込めようとしていた少女の手を、少年は確かに取っていた。
少女以上に驚いた少年の表情から、意識しての行動ではないと分かる。なら何故かと問われれば、その答えは本人にさえ分からないだろう。ただ当事者二人は理屈抜きで感じていた。ここで少年が手を取らなければ、以後どれだけ少年が手を伸ばそうと、二度と少女に届くことはないと。
今ここで、二人が互いに手を伸ばさなければ、届くことはなかったと。
「……それで、この手はどういうお返事なのかなぁ~?」
変に待たされて不安にさせた仕返しだと言うように、あるいは今なお不安を抱えているのをごまかすように、少女はおどけて少年をからかおうとする。少年は挙動不審になりながらも何とか答えようとするが、何も言えずに時間だけが過ぎていく。
挙動不審になれる程度には少女のことが見えているとも言えるので先ほどまでよりはましな状況だが、話が進まないことに変わりない。
そして少女が痺れを切らし始めた頃――少女が不安に押し潰され始めた頃――ようやく少年が覚悟を決めて口を開く。
「……本当に、僕でいいんですか……?」
この期に及んでまだそんなことを言うのかと、少女に限らず誰もが呆れてしまうようなことをようやく口にした少年に対して、呆れた様子は隠さず、しかし優しい調子で少女は答える。
「君“で”いいんじゃない、君“が”いいの。だから私は君を誘ったの。それは誰にも、君自身にも文句を言われることじゃない」
それはありふれた陳腐な言葉なのかもしれない。だとしても、紛れもなく少女の本心であるその言葉は、確かに少年に届いた。
「だから後は君がどうしたいかだけ。誘われたから受けるんじゃなくて、今日一緒に過ごした縁じゃなくて、君自身が私と仲間になりたいかどうか。それだけなの」
少女の言葉を受けて、少年はようやく今考えるべきことが何かを理解する。
理解してから答えを見付けるまで、自分の本心に気付くまで、今日の何よりも時間がかからなかった。それほどまでに、考えるまでもない答えだった。
「僕の方こそ、お願いします。僕とパーティーを組んで下さい」
少年が初めて見せた晴れ晴れした表情に、少女の方が照れながら答える。
「よしっ! じゃあこれからよろしくね、コウくん!」
「こちらこそよろしくお願いします、ロインさん」
最下級回復魔法しか使えない最弱な治癒術師の少年、シュジン・コウ。
田舎から出てきたばかりでろくな武器もない戦士の少女、ヒ・ロイン。
二人に今日、お互い初めての仲間ができた。
ちなみに仲間になった二人の初めての戦いは、都市に入る際に二人を兄妹と勘違いした衛兵の発言を撤回させようとしたロインをコウが宥める撤退戦となってしまったことをここに記しておく。
二人とも王国東端に住む種族の特徴である黒い髪で、成人を迎えたにも関わらずロインの身長がコウより頭一つ分低く、そして何より悪い意味でよく知られているコウと親しげにしていることからの勘違いなのだが、ロインが兄妹扱いの何に不満があったのかは――本人のみぞ知るところである。
そして翌日、ロインの冒険者登録と二人のパーティー登録を行うために冒険者ギルドに来たコウは、信じがたい話を耳にすることになる。
Sランク冒険者パーティー《ラピッドステップ》。
数日前まで所属していたパーティーが、今まで順当にこなしてきたAランクの討伐クエストに失敗したという話を。
次回、場面はSランク冒険者パーティー《ラピッドステップ》に移ります。
余談
シュジン・コウとヒ・ロインの名前ですが、王国東端に住む種族の特徴として姓・名の順となります。
そして今後登場するキャラの名前は基本的に名・姓の順となります。