改竄した召喚勇者様の圧倒
いつぞや宣言した通り、二度目を読ませるような、そんな二度目の話です。
典触主人公が与えられたチート能力【THE☆HERO】は、☆まで含めて正式名称というダサさに反してどんな物語の主人公達やラスボス達をも凌駕する正真正銘最強最悪の効果を持つチート能力である。
その効果は言うなれば『万象の改竄によるご都合主義展開の実現』だろうか。この力さえあれば自分の戦闘能力を改竄して最強の力を得ることも、物理法則を改竄してアクションゲームのように複雑怪奇な挙動で戦うことも、魔法法則を改竄して存在しないしできない空想上の魔法を発動させることも、さらには他人の記憶や行動を改竄して物語のように都合の良い環境を作り上げることも、何もかもが可能となる。
しかしこの異世界の何よりこのチート能力【THE☆HERO】の恐ろしさが如実に現れているのは、今も少年の隣にいる連れの姿だろう。何せそこにいるのは人間の美少女を基に獅子のような耳と尻尾を生やした、この異世界のどの生物にも該当しない異形の化物なのだから。
現時点で少年のチート能力の一番の被害者はこの少女だろう。少女も元はこの異世界においては普通な獅子の獣人の娘であった。獣人の美醜で言えば美少女ではあったが、だからどうしたということもなかった。人さらいに連れ去られもしたが、獅子は獣人の中でも戦闘能力の高い種であり、少女の家族であれば難なく連れ戻せる相手であった。
ここで少し考えてもみてほしい。愛しい我が子を取り戻さんと般若の如き形相で卑劣な悪党の人さらいが乗る馬車を襲う、獰猛な獅子の獣人である両親とその親族や仲間達の姿。それを『獣人は人間ベースにケモ耳ケモ尻尾』という妙な先入観を抱いた少年が見たら、果たして状況をどう解釈するだろうか。
その残酷な答えを、もう知っているはず。
獣要素の濃いこの異世界の獣人は、少年の目にはオークやリザードマンのような倒すべき魔物に見えたのだろう。だから皆殺しにした。この異世界では倒された魔物は黒い塵となるのに、少年が化物と称して倒した相手は臭いやら血肉やらが辺りに飛び散っていた。
信じられるだろうか。少女は少年の先入観により自分の身体をこの異世界には存在しない異形の姿へと改竄され、自分の記憶を生まれた時から一族郎党この姿であったと改竄され、自分の家族や仲間達を皆殺しにした少年のことを自分を救ってくれた恩人と思い込まされたのである。
さらに恐ろしいことに、このチート能力による改竄は少年が意図せず発動することは決してない。無意識だろうが無自覚だろうが、少年に実行する意思がなければ何も起きないようになっている。
つまり全ては少年の意思によるものである。無意識だろうが無自覚だろうが、自分の思い描く人間ベースにケモ耳ケモ尻尾の獣人が存在しないなら身体を改竄して創り出せばいいと、どこかでそう考えていたからこそ少女の身体は獣人という生物から異形な人形へと変えられた。
人形。そう、もはや少女はまともな生物ではない。いわゆる二次元美少女を基にした外見を実現するために、少女の身体は外側だけでなく中身もかき乱されている。少年がヒロインと性的な意味でも結ばれるために、表現は悪いが地球人の生殖器とは互換性がない異世界人のそれを改竄したせいである。
獣人として必要な器官と少年がうろ覚えな記憶を基に改竄した地球人の内臓の配置が複雑に絡み合い、結果として少女の身体は少年の干渉力がなければ数日と持たない歪に壊れたものとなっている。
そんな少女に比べれば、竜の化物の原材料にされた者達はまだベンジャミンにより救われていた方なのかもしれない。
あの化物も黒い塵とはならずに残骸をまき散らしていた。少年の『ドラゴン素材の装備とか格好いいから欲しい』という意思により、あの化物には死後も残り続ける生物としての肉体が必要だった。そこで利用されたのが少年が直接手を下したりAランクの魔物による被害者としてカウントされなかった獣人達の死体である。
だからベンジャミンは吐いた。死者の肉片を寄せ集めこねくり回したような竜の化物の本質に耐え切れず。
だからベンジャミンは殺した。どうしようもなく手遅れな者達へのせめてもの手向けとして、少年が再利用できないよう干渉力を跳ね飛ばして竜の化物としての形を保てなくした上で。
だからベンジャミンは選んだ。生きて帰れる見込みがなくとも、仲間のアナや孤児院で暮らす獣人の弟分や妹分は間違いなく、さらに他にも大切な者達の存在や尊厳を踏みにじるかもしれない厄災の少年を、野放しにはしておけなかったから。
特に万が一にもピーターに害が及びうるなら、殺さない選択肢はない。
そうして少年に挑むことを決めたベンジャミンだが、その考えはあまりにも少年に与えられたチート能力を甘く見すぎていた。しかしそれも仕方ないことなのかもしれない。ご都合主義展開に満ちた物語。そんな物語に満ちた地球の住人であればまだしも、この異世界の住人にとってはご都合主義という言葉さえ未知のもの。その恐ろしさやおぞましさを正確に把握しきれるものではない。
存在そのものに刻まれた少年のチート能力【THE☆HERO】は死後だろうとその効果を発揮できる。そして分岐点となる過去を改竄し、ボールペンでの誤記を消して修正するかのような気軽さで一度起きた未来を書き換えられる改竄力を誇る。
少年が初めて力を手に入れ終えた時もそうだった。本来なら力がないからと馬車を見捨てて逃げたところを、怪しい姿から人さらいの仲間と勘違いされて獣人の一人に殺されていた。そうならないように過去の少年の戦闘能力が改竄されて、圧倒的な力を手に入れ終えていたのである。
そして今回も同じことが起きた。本来なら死闘の末に敗北するはずの少年は、まるで『最強主人公様には敗北はもちろん苦戦さえあってはならないことだ!』と言わんばかりに過剰な戦闘能力強化をいつの間にか終えていた。
さすがにSランク冒険者パーティーなだけあって《ラピッドステップ》一行の反応は早かった。少年の右手に異常な量と質の魔力が集束し始めた直後には動き始めていた。
アナは武器を取り出しながら誰よりも前に踏み出していたし、
サムエルはためらいなく六つの隠し玉を全て放ったし、
フロウは治癒魔法の発動準備を終えていたし、
ベンジャミンとピーターは存在接続魔法を発動させていた。
「喰らえっ! 《正義による神聖なる光の断罪撃》ぉっ!!」
それでも全ては遅すぎた。改竄により創り出された聖属性とでも呼ぶべき魔法による光線。その光の奔流はサムエルが放った熱線をついでのように軽く飲み込み、《ラピッドステップ》へと襲いかかる。
迫りくる光の奔流を前にして、ベンジャミンはようやく自分が看破した現実を本当の意味で理解した。
少年は言わば半神半人。半分とは言え、人が神様に勝てるわけがない。
ベンジャミンは致命的な勘違いをしていた。人の子である少年は、与えられた分の干渉力を使っているにすぎないのだと。だから干渉力さえどうにかできれば無力化できると。圧倒的に不利な状況でも僅かな勝機くらいは残されているのだと。
理解してみれば何と下らない勘違いか。確かに最初は与えられた分しかなかったのだろう。だが神様が信仰により干渉力を蓄えられるように、少年もまた人々からの称賛により干渉力を得られる、そういう存在と化していた。
しかし理解したところで手遅れであることに変わりはない。最期に何か言ってやる時間さえあるかどうか。たとえ時間があろうとも、今のベンジャミンに何か言う気力があるとも思えないが。
そう、この時ベンジャミンの心は半ば折れていた。どうしようもない状況を前に、死を受け入れていた。
そうとは知らず、仲間達は最期の一瞬まで諦めることなく抗う。
アナは武器だけでなく自分の身体まで盾にしてでも仲間達を守ろうとし、
フロウはそんなアナに全ての魔力を注いだ治癒魔法を施し、
サムエルは少しでも威力を相殺できればと光の奔流へと攻撃魔法を打ち込んでいた。
現状を理解していないからこその無駄な足掻き。誰かにとってはそう見えるだろう。しかしベンジャミンにとっては、諦めない仲間達の姿は何より誇らしかった。失われることに泣きそうになるほど。
現実は残酷で、最期にベンジャミンが一言だけ呟いた直後、ほんの数秒も持たなかった悪足掻きも終わりを迎えた。光の奔流が先頭のアナを、サムエルを、フロウを飲み込み、そして――
アナ・ウィスカー。
サムエル・マライア。
フロウ・ビアトリクス。
ベンジャミン・ポター。
ピーター。
最強たるSランク冒険者パーティー《ラピッドステップ》の四人と一匹、その全員が間違いなく絶命した。
勝ったッ! 第3部完!




