召喚勇者様の醜悪
『誰もが皆、自分の人生という名の物語の主人公である』という言葉がある。
なるほど何と素晴らしい――綺麗事にもなれない戯言だろうか。
説明するまでもない。誰がモブの立場で主人公を気取りたいというのか。そもそもどれほど語り部として優れていたとしても、視点の主がモブでは誰も主人公とは認めない。地球で世界的に有名な推理小説の語り部である医師とて相棒として人気だが、物語の主人公としては扱われない。まして名も無きモブがいかなる物事を人に語れると言うのか。
しかしこんな戯言にも感銘を受けてしまう者は少なからず存在する。典触主人公の両親がそうであったように。
現代日本において主人公と書いてヒーローと読む名前など、物語の登場人物としても笑い者にしかならないだろう。そんな名前を付けられた少年の人生がどれほど悲惨なものだったのかと言うと、大方の予想に反して実に当たり障りのない平凡なものであった。
もちろんそれは当然のことでも自然なことでもなく、酷すぎて逆に馬鹿にし辛かったというわけでもない。少年が異世界に召喚されるその日まで、少年の身近にはただの一人も名前を笑う者がいなかったのである。
だからこそ、少年にとってはそれが当たり前のことになっている。中学生の頃に紳士的イケメンとして有名だった隣のクラスの聖騎士君が名前のことで小馬鹿にされているのを見ても、そんな経験のない自分と比較して、彼にそうされる原因があるに違いないと考えていた。
つまり無意識のうちに彼を下に見ていたのである。他クラスや他学年では名前以外に特徴のない少年の方こそ、ある意味主人公らしいと大いに馬鹿にされていたとも知らずに。そんな心無い言葉が少年の耳に入らないようにしていたのが優しいクラスメイト達であり、そして紳士である聖騎士君のような善人達であったとも知らずに。
そんな少年ではあるが、自分のことを物語の主人公のようだと感じたことは今まで一度もなかった。何故なら自分が物語の主人公ほど異常に恵まれた境遇にないことを理解していたから。傍目には都合よく善人に囲まれて名前のことを意識せずに過ごしてこれただけ恵まれているように見えるが、少年にしてみれば名前以外に特徴のない自分が変にもてはやされたりしない平凡な日常は、主人公的なものではないらしい。
だからと言って自主的に行動するわけでもない。世代のせいか少年の主人公像はネット小説の影響が色濃く出ており、能力も女も地位も名誉も環境も何もかもが都合の良い神に与えられて然るべきものらしい。例えば知識チートがしたいのであれば知識を身に付けるのではなく、知らない物事でも検索できるよう通信回線が繋がっているべきだというように。
まさに不正改造。そこには自ら勝ち取ったものなど何一つ存在しない。しかし少年にとってはそれが当たり前のことであった。少年の中での主人公像がという意味ではなく、そもそも少年の日常が物語のように都合よく物事が運ぶという意味で。
顕著になったのは高校進学後、いや高校入試の時点だろうか。成績が良いわけでもないのにろくに受験勉強もせず挑んだ高校入試において、選択問題はもちろん数学でも解き方を間違えているのに計算ミスにより正解するという非常識な流れで合格した。入学後も似たような流れで赤点を回避していた。
ついでに言えばラブコメ展開が始まる機会もいくらでもあった。ただ少年がそうと気付かず回避してしまっていただけで。
地球にいた頃から主人公的な巡り合わせの下にあった少年。異世界に召喚されたことで今までのご都合主義的、主人公補正的な巡り合わせは影を潜めているが、奇跡の神ゴツゴウシュギーに与えられた干渉力とチート能力により相変わらず恵まれすぎた環境で生きている。
比喩ではなく確かな現実として、町は異世界の中においてもさらに異なる別世界と化している。もはや少年のための世界と呼んでも過言ではないほどに、常識から何から全てが歪められている。
少年のための世界なのだから、もちろん生殺与奪も少年の意のままである。念のために明言しておくが比喩ではない。竜の化物という獲物を横取りされてしまった少年だが、あの化物はもちろん少年の干渉力により生み出された存在であり、何なら町への先制攻撃を許す予定でもあった。
別に町の住人達に思うところがあったわけではない。そもそも犠牲者を出す予定はなかった。単に魔法障壁のバリエーションとして、全方位を守るドーム形以外に攻撃反射効果を持つ盾形も使えるようになってみたいと思ったから都合よく口から火球でも吹きそうな化物を用意したに過ぎない。
ただしその際、運悪く町外れに誰かいたりしないか確認などしていない。運悪く予定外の犠牲者が出たとしても、少年が助けられない場所にいた方が悪いということになるだけである。あるいは美しい女と見なされれば、法則を無視して蘇生魔法でも発動させるのかもしれないが。
さて、そろそろ話を戻そう。
時間は現在、少年と《ラピッドステップ》一行との開戦の時へと戻る――




