召喚勇者様の正義
時間は数日前に遡る。
王都から追放された召喚勇者の少年典触主人公は、まるで運命に導かれるかのように迷いなく南東方向へと歩いていた。若干南南西寄りにある南門から追い出されたはずなのに。振り返れば門が見えるうちから道沿いでも真っ直ぐでもなく斜め四五度に移動する者など普通ではない。よほどの変人か、何か妙な力でも働いていたのだろう。
「身勝手な理由で人を召喚、いや誘拐しておいて『弱いから追放』って何だよ。何て理不尽な話なんだ、ちくしょうめ……」
どこかの物語で読んだことのあるようなありきたりは愚痴をこぼしながら歩く様子からは、召喚されたことも含めて理不尽な扱いが続いている現状に対する不満が見て取れる。それ自体は自然な反応だろう。そしてその反応の裏にある、これまたどこかの物語で読んだことのあるような『先にやりたい放題されたのは自分の方だから、自分にはやりたい放題し返す権利がある』という歪んだ発想もまた、自然なものなのかもしれない。
幸か不幸か、少年自身にはそんなことを考えている自覚はないが。
それから歩き続けること少年の体感で一時間。妙な表現になっているのは、移動距離から考えれば陸上一万メートルの世界記録を上回るペースで歩いていたことになるからである。少なくともこの時点での少年の身体能力は召喚前と同じ一般人レベル、より少し低いくらいなので、時空の歪みでも生じていたのだろう。
とにかく少年が歩き続けた先で、襲われている一台の馬車を見付けた。
だからと言って少年が何をすることもない。そもそも弱いから、無能だからという理由で追放された身で何ができると言うのか。そんな便利な言い訳を胸に、力があれば助けたのかという都合の悪い話から目を背ける。
別にそれが悪いとは言わない。むしろ当然の反応だろう。ただその当然が一般人としてのものであり、勇者や正義という言葉からは程遠いものであるというだけで。
しかし少年がその場から立ち去ろうとした時、奇妙なことが起きた。より正確に言うなら、いつの間にか起きていた。何故なら少年はその時、既に手に入れ終えた後だったのだから。
まるで初めから自分のものであったかのようによく馴染む力に、少年は物語でよくある眠っていた真の力が覚醒する展開か何かなのだろうと適当に納得した。
「……うん、やっぱりここは見捨てちゃ駄目だよね!」
そしてどこか晴れ晴れとした調子でそんな言葉を口にした。しかしその眼には爽やかさなどは欠片も存在しない。ただ手に入れていた力に浮かれて、それを振るうのに都合の良い状況を利用したいだけなのだから。
「そういうわけで、喰らえ化物共めっ!!」
武術や格闘術など心得どころか観戦したこともない素人丸出しの動き。それでも超人的な身体能力と物理法則を無視できる動きにより、馬車を襲っていた相手を次々と拳一つで粉砕していく。比喩ではなく文字通り粉砕しているので臭いやら何やらが辺りに飛び散り大変なことになっているのだが、平和な現代日本人であるはずの少年には気にする様子が微塵もない。
それこそが奇跡の神ゴツゴウシュギーが勇者という名の一般人達を召喚する上で設けた唯一の条件。生物を殺すことに対する忌避感の無さである。人に害をなすと聞いた魔物だから。そんな軽い理由で目の前の相手を殺せる者はどれほどいるものか。相手の姿形次第ではあるだろうが、少なくとも一般的な高校生は一クラス全員が殺せて当然、ということはあってほしくない。
それはさておき、少年がやたら殺気立っていたリーダー格らしき個体を仕留めた頃には、相手は散り散りに逃げた後だった。見晴らしはよくないが少年の目には遠い個体で三〇メートル以上は離れているのが見えている。
「ここで逃がしたらどこかで誰かが被害に遭うかもしれないもんな」
もちろん言い訳である。本音はただ格闘だけでなく魔法も試してみたいだけ。
「ハアッ!!」
少年が特に意味のない叫び声を上げただけで、魔力弾と呼ぶべき何かが手から放たれて逃げた相手を追尾して全滅させた。ちなみに元素魔法による火球などはあっても無属性の魔力弾というものはこの異世界には存在しない。
「いやぁ~助かりましたよ旦那ぁ」
そしてちょうどいいタイミングで馬車からどこか胡散くさい商人らしき男が降りてくる。どこの誰とは明言しないが、この時点でぶちのめす者がいてもおかしくないほどに胡散くさい。
「いえ、当然のことをしたまでですよ」
もちろん嘘である。あるいは本人は本心のつもりかもしれないが、見る者が見れば少年の『いいから早く謝礼をくれ』という内心がはっきりと表情に出ている。どこその神眼など必要ないくらいに。
「んっん~そうですねぇ~。謝礼をしたいのはもちろんですが、あいにく今お渡しできるのもは商品くらいしかないものでしてねぇ~」
男は何故かこの状況で辺りを気にするように素早く視線を巡らせると、少年に近付いて声を潜めて告げた。
「実は私、奴隷商人ってやつでしてねぇ~。旦那が感謝の気持ちだからと受け取って下さるってんなら、一番の上玉だろうがお譲りするんですがぁ~。いえ旦那がどうしても人じゃ受け取れないってんなら私も渋々引き下がらせてもらいますがねぇ~」
「感謝の気持ちと言われたら、受け取らないわけにはいかないかな」
説明するまでもないが受け取る気満々である。どこぞのネット小説に感化されたのか、どうにも美少女奴隷ヒロインの獲得を当然の権利だと考えている節があるらしい。それも各種能力値より何より容姿を優先する感じで。
とにかくこうして少年はこの異世界において初の奴隷所有者となった。
……説明は必要だろうか。
正確に言うならこの異世界においても現代日本で言うところのブラック企業社蓄や外国人労働者のような厳しい労働環境にある人はいるが、いわゆるネット小説的な奴隷は存在しない。と言うより成立できない。
例えば奴隷化魔法。他者を強制的に支配、隷属できる魔法がただの奴隷商人に扱えるとしたら……そんな世界は想像するまでもなくどうしようもなく終わっている。一番上手く奴隷化魔法を扱える者が独裁者になる未来以外には行きつかないだろう。
例えば奴隷用魔道具。あえて魔法と差別化して語るなら、安物とは思えない高性能な魔道具を奴隷一人一人に着けなければならないコストを考えれば、商売として利益を上げるのは難しいだろう。
なら男は何者なのかと言えば、干渉力により主人公様が美少女奴隷ヒロインを手に入れるために自分を奴隷商人だと思い込まされた人さらいである。奴隷とは違うが、どこぞの娘をさらっては裏で公にはできない趣味の持ち主に売り渡す犯罪者やその被害者は存在しているのである。
もちろん少年がその気になればその程度のことは簡単に見抜けるが、合法的美少女奴隷獲得という状況を崩さないために無意識に男の胡散くささから目を背けているので気付かない。
この時より、正義の主人公様の伝説が幕を開けたのである。
完結までの構想の中でもここから数話が、焦点となるキャラがクソすぎて気が乗らない……
更新が遅れたら典触主人公って奴の仕業なんだと思って下さい。




