表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/62

異世界の異形

気が付けば総合評価が五〇〇ポイントを超えていたり、

ブックマークが二〇〇に届きそうだったり、

意図してこんな人を選ぶ作風にしたのに評価が伸びていて

どう反応したらいいのかよく分からない今日この頃。


とりあえずウサギ成分を増量しておこう。

/ (⁎ÒᆺÓ)\<ベブッ

 その後も広げた視界で捉えた情報は逐一伝えて御者を含めた全員で共有しながら馬車を走らせ続け、ついに目的の町を直接視認できるほど近くまで辿り着いた。とは言えまだ常人の視力では判別できない地平線上なので、相変わらずベンジャミン以外には見えないわけだが。

 しかしこの距離にまで近付いたことには大きな意味がある。それまでは千里眼のような能力にリソースを割いた上で、その効果により間接的に町を見ることしかできなかった。それを直接その目で見ることができれば、あるいは少しでも何か新たな情報が得られるかもしれない。

 可能性に賭けるというよりごく当たり前の試みとして、ベンジャミンは周囲に危険の予兆さえないことを重ねて確認した上で、まずほんの一秒だけ試してみるつもりで、馬車から顔を出して町へ直接視線を向けた。


 魔境を見た。


 《ラピッドステップ》がSランク冒険者パーティーに昇格してからもう一年は過ぎている。そして一般人どころか低位の有資格者でも近付くことが禁じられている危険区域にも、クエストにより何度も何ヶ所も足を運んでいる。

 そんなベンジャミンをして魔境と表現する他ないような光景。地球から転生も転移もしていないベンジャミンにはない発想だろうが、確かに間接的に見ようとした時にモザイクでもかけたようになっていたのも納得できるというものかもしれない。


 表面上の様子を普通に見ようとする分には問題なく映るのだろうが、少しでも深く看破しようとすると一変する。その光景をどうにか言葉で説明するとしたら、どす黒い透明な粘液に覆われた町の内側で世界の全てが歪んでいる、とでも言う他ないだろう。

 歪んでいると言っても常人が視認できるようなものは問題ない。言うなれば次元や位相、果ては法則や現実のようなもの。そういう人智を超えた歪みが平然とそこにある。


 あらゆる意味で酷すぎる歪みにより、看破しようとしない視界でも件の召喚勇者の半径五メートル圏内は人影としてしか判別できない。歪みの中心で寄り添う二つの影のうち、尻尾などの影のない方が件の召喚勇者なのだろうと推測するしかない。

 近付けば見えるようになるのかもしれないが、視認するために近付きたいと思えるような者は存在しないだろう。いるとすれば人の域を超えた化物か何かくらいなものか。


「撤退! あれは無理だ! 俺達も手遅れかもしれないけど、あれは関わった時点で終わりだ! 敵対した時点で死が確定する!」

 常識的に考えれば馬鹿な話なのだろうが、悪寒でも走ったのか御者でさえ迷いなくその言葉に従い、大して広くもない幅の道にしては素早く反転して引き返し始めた。

 ベンジャミンの判断にも御者の操縦にもロスはなく、理論上最速とまでは言わなくともかなりの早さでことを終えた。

 それでも、これほど町に近付きすぎた時点で、全てはもうどうしようもないほどに手遅れだったのだが。


 しいて失敗を挙げるとすれば、退くことに意識を向けすぎたベンジャミンが、周囲の警戒に移るのにほんの少しだけ遅れてしまったことだろう。だが既に全てが手遅れな現状において、その僅かな時間があまりにも長すぎた。

 何故ならベンジャミンが周囲の警戒に移った時、それは化物がちょうど馬車の真下から飛び出そうとする瞬間だったのだから。


 それが何なのかを看破し把握しているような余裕はない。どころかベンジャミン一人の回避さえ間に合うかどうか。地面から飛び出そうとしていると言うより影から湧き出ようとしていると言う方が近いその化物は、まだ姿を現してもいないうちから異様な雰囲気がある。先制攻撃を受ければ即死は免れないだろう。

 せめてもう少し時間があれば、どうにかできたかもしれない。しかしこのタイミングではどうにかできる者など誰一人としていない。


「ベブゥッ!!」

 だからこそ唯一どうにかできる一匹が動いた。いざという時のために存在接続魔法と強化魔法を発動させたままにしていたのも功を奏した。ベンジャミンが顔を出していた馬車の窓から跳び出し、瞬時に空中跳躍で切り返して馬車を水平方向に跳ね飛ばす。もちろん自身も反動を利用して反対方向に跳ぶ。

 ちなみにこの間ベンジャミンからの指示は一切ない。だが他ならぬピーターが、ギリギリとは言えベンジャミンが敵を見付けたことを無駄にするなど決してあり得ない。ただそれだけのことである。


 直後に化物が姿を現す。その出現時の余波だけで、馬車馬用の魔物が運良く生き延びた一頭を除いて黒い塵にされた。確かにピーターは《ラピッドステップ》の面々とついでに御者が死なないように調整して馬車を跳ね飛ばしたので、馬車馬には何の配慮もしていない。だからと言って、ただの出現時の余波だけで魔物を殺せる化物などそうはいない。


 ピーターによる跳ね飛ばしと化物出現時の余波により派手に馬車が転倒するが、その頃には《ラピッドステップ》一行は緊急事態につき扉部分を破壊して外に飛び出したいた。吹き飛ばされた御者の下では既にフロウが治癒魔法を使っている。

 治療中の御者以外の誰もが臨戦態勢に入り化物を見据える。その姿を言葉で説明するなら翼の生えた巨大すぎるトカゲ、すなわち西洋における竜の一種と言うべき姿。それはこの異世界における竜とは大まかには似ていても、しかし決定的に似て非なる異端の姿。

 そしてベンジャミンの目には、どうしようもない異形の姿が映っていた。


 そんな竜のような化物はと言えば、まるで《ラピッドステップ》など相手ではないと言わんばかりの様子で、ほんの数秒だけ路傍の石でも見るような興味なさげな視線を向けただけで、そのまま無視して町の方へ向かって飛んで行ってしまった。

 今までは化物と言えば問答無用で襲われてきた《ラピッドステップ》にしてみれば予想外の事態に、仲間達は警戒しながらもベンジャミンに指示を仰ごうと視線を向けた。


「う、ヴォえアッ、か、ゲブぇ、っふ」

 吐いていた。

 東方最強の冒険者であり、王国全土でも最強候補に数えられるほどの男が、片手と両膝を地に着けて、焦点の合わない虚ろな目に幼子のように涙を浮かべながら、昨夜から警戒を続けていたので元々大してなかった胃の中身を、残らず地面に吐き出していた。


 付き合いの長いサムエルでさえ見たことのない弱弱しい姿を前に誰もが驚きを隠せず、動揺のあまり声をかけることも忘れてただ見ていた。

 そんなベンジャミンが何かを探すようにさまよわせていた手を、いつの間にか隣にいたピーターが耳で優しく撫でる。ただそれだけの触れ合いで、少しばかりだがベンジャミンの目に生気が戻る。


「ピーター」

「ベブッ」

 手も声も震えているベンジャミンが、ピーターの耳を撫で返しながら告げた。

「頼む」

「ベブッ」

 横で聞いている誰にも理解できない短いやり取り。それでもこの一人と一匹にとっては充分らしく、存在接続魔法さえ関係なしに何の合図もなく同時に手と耳を離して動き始めた。


Linkage(リンケージ)Stage(ステージ) (フォー)


 そして瞬時に完了した。

 あと数秒もしないうちに町を襲っていただろう竜の化物が、何の前触れもなく一瞬で全身を粉々にされたかのように砕け散った。原因は天高くまで跳ね上がった化物の残骸を見れば察せられるだろう。

「ベブェェェ……」

 実行犯はベンジャミンの足下でぐったりしているが。


 今度は逆にそんなピーターの背中をさすってやりながら、少しずつ調子を取り戻してきたベンジャミンが御者に指示を出す。

「生き残りが一頭いたよな? そいつで都市に戻って今までの情報を伝えてくれ。馬車もああだし、ここからは別行動な」

 ベンジャミンの視線の先には、全壊とまでは言わないが、車輪を含め半壊くらいはしている国内でも最上級の馬車。人的被害がなかったのだからあまり高望みすべきではないのかもしれないが、果たしてこの一台だけで被害はいくらになるものか。失った馬車馬用の魔物も考慮すれば……頭の痛い話である。


 そのせいか苦い表情を浮かべた御者は、すぐに切り替えて答える。

「こっちは構わないが、そっちはどうする気だ?」

「乗り込む以外の選択肢はなさそうだ」

 そう返すベンジャミンの視線の先にある町は、ろくな城壁もないはずのに、ゲームのラストダンジョンのような怪しい雰囲気を醸し出している。


「そうか……ご武運を」

「お互いにな」

 どこか軽い調子で別れの言葉を交わしたベンジャミンは、御者の姿が見えなくなってから仲間達の方に向き直り、やはりどこか不自然なくらい軽い調子で告げた。

「行くぞ」




 この先に待ち受ける最期を、彼らはまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ