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異世界の異様

 余力を残すように馬車を走らせること二時間弱。いざという時には即時撤退できるようにしていることもあり、今のペースでは目的の町に到着するまであと三〇分はかかるだろう。出発が早朝なので朝のうちには到着できるが、町に到着してからが調査本番なので、その前に昨夜から周囲の警戒をし続けているベンジャミンに一息つかせたいところではある。

 《ラピッドステップ》の仲間達だけでなく御者もそう考えていたが、あいにく当のベンジャミンは一息つくどころか、むしろ少しでも多くの情報を得ようと町から王都方面へと視界を広げていた。


 【看破】の神眼を持つベンジャミンは、知り過ぎた情報に振り回されることはあっても知らないということはほとんどなかった。特にマザーの下で様々な知識を身に付けてからは、ただ情報を知るだけでなく、その意味を理解し、その状況を把握し、その情報を利用するに至っている。

 そんなベンジャミンにとって、未知に対する恐怖は誰よりも重い。だから勇者本人やその連れらしい獣人、どころか町そのものがよく見えないという現状に焦りを感じていた。


 視界が届いていないわけではない。しかし町の中と判定されたらしい範囲内、外壁と呼ぶには少々心許ない柵の一ミリでも内側であればモザイクでもかけたかのように見え辛くなり、一メートルもすれば玉虫色のマーブル模様と化す。

 今回の調査が冒険者ギルドのみからの依頼であれば、この時点で引き返していたかもしれない。付き合いの長い東方支部のギルドマスターであれば神様関係の問題にも理解を示してくれるし、何よりギルドは命をかけてでも情報を得させようとする組織ではない。


 しかし今回の件には様々な組織が関わっている。騎士団はまだしも、王侯貴族にしてみればSランクとは言え一介の冒険者達の命など、この状況で得られる情報の価値に比べれば遥かに安いものだろう。これは別に物語でよくある政治腐敗ではなく、むしろまともな政治が行われているからこその取捨選択である。

 それこそ物語でもない限り、誰一人として犠牲にしないという理想のために全国民に死のリスクを背負えと宣う方が、政治腐敗よりよほど邪悪で恐ろしいものではないだろうか。


 そしてそんな王侯貴族より面倒なのが宗教、すなわち神官達の存在である。

 恐らく追放された勇者様自身が神様と同種の干渉力により何かをしたせいであるとしても、当人達はそんなベンジャミンの推測を知らなければそんな考えに及んでもいない。にも関わらず『彼こそが真の救世主に違いない!』と主張する一派が現れたとか何とか。ちなみにその一派の大半は真の救世主様とやらが追放された時には使徒のくせに神の顔に泥を塗る不届き者扱いしていた。


 そういう面倒な一派が現れたことで、たとえ証拠を集めたとしても勇者が原因だと伝えれば信仰の名の下に強烈な否定が待ち受けている。組織の垣根を超えて対処すべき非常事態を前にしたところで、信仰という牙城を崩すことは容易ではない。件の勇者を殺すしか止める手がないという最悪の場合は、討伐戦より先に内乱が起きるだろう。

 いや、内乱を起こせるならまだ良い方かもしれない。本当に最悪なのは先手を打たれて干渉済みで、東方支部のギルドマスターさえ件の勇者様の信者と化している場合だろう。そうなればもうベンジャミンに生き残る道はないのだから。




 ベンジャミンは別に宛てもなく視界を広げているわけではない。夜中に草原が枯れたあの異常、まさか冗談や暇潰しでもあるまいし、何か理由があると考えるべきだろう。たとえどれだけ下らない、ろくでもない理由だとしても。何せ土地の養分どころか今そこに生きている草を殺してまで養分を逆流させて搾り取ったのだから。


 そう考えたベンジャミンの判断は正しかったが、致命的に間違ってもいた。

「……何だあれ?」

 だから養分の供給先を見付けた時、思わずそう呟いていた。その呟きに瞬時に反応した《ラピッドステップ》の仲間達が臨戦態勢に入り、御者も馬車を止めていつでも引き返せるよう備えてしまうような呟きを。

 意識が視界の先に向いたままなので謝罪や対応が雑になったのはご愛敬、で済ませるわけにはいかないだろう。


 とは言えベンジャミンが思わず呟いてしまったのも無理はない。何せ視界の先では予想外の光景が広がっていたのだから。

 単純に考えて、養分を奪ったのだから植物を、特に農作物を育てようとしたのだろうと誰もが予想するだろう。次点でAランクの魔物が出現したことから何か特殊な植物を、例えば貴重な薬草などを新たに育てようとしたというところだろうか。


 その予想はおおよそ正しい。と言うより土地の養分の使い道が他にあるなら聞いてみたいくらいである。もちろん女に渡す綺麗な花束を作るための美しい花を育てるため、みたいなふざけた理由以外で。

 実際のところ育てられていたのは普通の農作物で、この異世界には存在しないはずの未知の何かということはない。だがそれは育てられている農作物自体に限っての話であり、少し見方を変えるだけで不自然な点に気付けるような有り様である。


 養分が供給されていたのは何ヶ所かの村で、どこも畑の土地を四分割してそれぞれ地球で言うところの大麦、小麦、(かぶ)、そして何故か白詰草(しろつめくさ)に当たる植物が植えられている。この奇妙な植え方の時点でも充分に不自然ではあるが、ベンジャミンが声を上げてしまうほど不自然だと感じた点は他にある。

 そもそもこの地域の特産品は、地球で言うところのトウモロコシに当たる穀物である。にも関わらず畜産農家の召喚勇者である(ちく)農人(のうと)さんと気が合いそうな中年農民達は何の疑いも迷いもなく作業している。周囲の様子から先日出現した魔物に畑を荒らされたので、作物を新たに植え直したのは分かる。養分が必要なのも分からなくはない。


 しかし農法や農作物を変える理由は分からない。いくら召喚勇者達が使徒として扱われているとしても、遣わしたのは豊穣の神ではなく奇跡の神なのだから、こと農業に関しては管轄違いにも程があるだろう。

 確かに神様の干渉力であれば容易に実現可能な思考誘導だが、実はやりたい放題しているようでも露骨な洗脳などはしない。別に神様としての矜持とかそういう話ではなく、精神に干渉しすぎると信仰心による力が得られなくなるという話なのだが、それでも神様であれば洗脳は控える。


 それに比べてこの召喚勇者様、実にやりたい放題である。干渉力を操れず暴走させている可能性もなくはないが、何にしても救世主どころか迷惑極まりない疫病神である。

 あるいはもしこれで暴走ではなくわざとなら、魔王以上の厄災と言えるかもしれないほどに。

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