治癒術師の力
それからの戦いは、一方的とはいかないが、安定して優勢を保っていられる展開となる。
元々少女一人でも戦えていた。どころかこれが魔物との初の戦いでなければ、経験のないほど緊張感に満ちた状況による消耗がなければ、少女は単独勝利も可能なだけの実力者である。まして盾役一人の差は馬鹿にならない。たとえそれが治癒術師が本職だと自称する少年であったとしても。
だから、勝利は必然の結果と言える。
最後の最後にボス個体の攻撃により少年の盾がついに壊れて手痛い一撃をもらうという、何とも締まりの悪い一幕もあったが。
「どうもありがと。助かったよ」
疲労や安堵などの理由によりその場に座り込んでしまった少年に、先ほどまで歴戦の戦士さながらの気迫に満ちていた少女が、年相応の愛らしい笑顔を浮かべながら手を差し出す。
「うぇっ、あっ、その……どういたしまして」
そんな少女を前に、少年もまた年相応の初心な反応を返す。
照れくさくて目をそらしながら、だがしっかりと少年は少女の手を取った。
考えたくはないが、更に非常事態が重なりまた魔物が現れるかもしれない。
なので安全な場所に着くまでは一緒に行動することにした二人は、一休みしてから比較的近い都市部へと向かった。
その道中で、少女が何気なく疑問を口にする。
「ところで、さっきのって君の固有能力?」
「へっ?」
「ほら、最後ボスの攻撃で盾が壊れて、そのまま突進を受けちゃったでしょう? あのままだとやられちゃうかと思ったのに耐えてたから」
何気ない質問。少なくとも少女はそのつもりで聞いたのだろうが、少年は何も答えられずに黙り込んでしまう。
「あ、答えたくないんなら別にいいよ。無理に聞く気はないし」
「えっと、いや、そういう訳ではありませんけど……」
一般的に、他人の固有能力を知ることはできない。と言うより、鑑定系の固有能力の持ち主の中でも限られた者以外は、自分の固有能力でさえ細部まで正確に知ることはできない。
そのため、そもそも他人の固有能力を知ろうとすること自体があまりない。それは命を預け合う冒険者パーティーでも珍しくはない。鑑定系の固有能力の持ち主は数が少なく、パーティーを組もうとしたり仲間を増やそうとするたびに調べてもらうのは現実的ではない。だからこそ嘘を吐く者や自分の固有能力を勘違いしている者がいたとしても、実践で確かめるしかないためである。
他人の固有能力を知ろうとすることは、余計なトラブルの種である。そんな言葉もあるほどに。
とはいえ少年が言葉を濁したのは別の理由からである。
単純に固有能力の名前からして格好悪く、効果もよく分からないものだからである。実際に故郷では何度馬鹿にされ、何度首を傾げられたか分からない。そんな固有能力だからこそ、明かすのをためらった。
しかし少女はそれに気付かず、何てことないように話を続ける。
「ちなみに私の固有能力は【高速移動】って言ってね。効果はそのまま高速移動ができるってだけなんだけど、単純だから使いやすいし、気に入ってるんだ」
よほど演技力があるのだと穿った見方をしない限りは誰もが裏表のない笑顔と評するであろう表情。それを疑うほど少年は捻くれた性格ではない。そして恥ずかしいから隠し通そうとする性格でもない。
「笑わないで――嗤わないで、くれますか?」
「……嗤わないよ。絶対」
微妙なニュアンスから何かを察したのか、少女は先ほどまでとは違いどこか優しげで、かつ真剣な声色で答える。
その答えを信用したのか、少年は覚悟を決めて告げる。
「僕の固有能力は――【死に損ない】って言うんです」
少年が知る自分の固有能力の効果は一つ。即死しないことのみ。
ファンタジーゲームのような魔法のある異世界と言えども、アイテムや魔法による蘇生などできない。である以上、不死身ではなくとも即死しないというのは強力な効果である。それは間違いないし、実際に故郷でも名前はともかく効果を馬鹿にしていた者は少ない。
問題は、その効果を活かせない点にある。
より正確に言うなら、その効果の活かし方が分からない点にある。
即死しない。言葉にすると簡単だが、具体的にどのように効果が発揮されるのかは少年自身も知らない。
例えば首をはねられた場合、地球とは生命のあり方に差異があるこの世界と言えども即死する。だが即死しない効果がある【死に損ない】の固有能力持ちはどうなるのか。その答えは誰も知らない。知るために実践する大馬鹿野郎もいない。
即死に至る攻撃自体を無効化できるというのであれば破格の能力である。だが即死しないだけで致命傷は避けられないのであれば使い勝手は悪いと言える。優秀な治癒術師がいなければ苦痛が長引くだけなのだから。
また、即死しない能力と少年の適性が合っていないという問題もある。
最下級回復魔法しか使えないとはいえ、魔力の質による少年の適正はあくまで術師であって戦士ではない。戦士適正が高ければ筋力の限界を超えた力を発揮することもできるが、少年にはそれができない。例え破壊不能の盾があろうと、使い手が敵の攻撃で吹き飛ばされていては盾役にはならない。
ここでも少年には、才能という絶対的な壁が立ち塞がる。
そもそも少年自身が知らないことが多く、あまり詳しくは話せない。
それでも知っている限りを最後まで話し終えた少年は、どこか開き直ったような曖昧な表情を浮かべている。
少女の方はと言うと、ただ一言「そっか」と言っただけで、良くも悪くも他に反応はない。下手な同情はいらない少年にしても、その反応に特に思うところはない。
きちんと周囲を警戒しながら時に雑談を交えつつ街道を歩き続け、二人はようやく都市の城壁が見える辺りまで辿り着く。
城壁が見えたことで、少年も否応なしに現実を見ざるを得なくなる。
ここで少女と別れること。
もう会うことはないこと。
当然だ。一人では危険だから一緒に行動していたが、元々少年は冒険者を続けることを諦め故郷に帰る途中だったのだから。少女は一人でも充分に強く、どこのパーティーにもいれてもらえないということはありえないのだから。
だから次の乗合馬車に乗ればもう、少年と少女が再会することはない。
そんな後ろ向きなことを考えていたせいか、歩みの遅れた少年とそのまま進んだ少女の間に、手を伸ばしても僅かに届かない程度の距離があいてしまう。
(まるで、何かの暗示みたいだ)
自嘲するかのような仄暗い表情であいてしまった空間を見ていた少年は、だから反応が遅れてしまう。
いつの間にか振り向いて差し出されていた、少女の手に。