異世界の異変
遅くなりましたが最新話です。
地球から勇者という立場の一般人達が召喚されてから、そして典触主人公が王都から追放されてから数日後のこと。《ラピッドステップ》一行はギルドマスターからの公的な呼び出しを受けて、日が暮れているにも関わらず早足で執務室へと向かっていた。
他の異世界ではどうか知らないが、この異世界においてギルドに登録している冒険者には何かと制約がある。中には何日以上依頼を受けなければ登録抹消される、というような処罰の重いものもある。今回の場合はギルドマスターからの指名依頼、とは名ばかりの面倒事の強要である。もちろんギルドマスターが私情を挟まないよう、令状には複数名のギルド職員の署名が必要となる。
勘違いのないよう補足するが、この手の強要は放置できない案件なのに冒険者から不人気な依頼の消化や冒険者の自由意思など待っていられない緊急の案件に対して行使されるものであり、滅多にあるものではない。
そして今回の案件は後者、緊急事態に対するものであった。
「……実のところ、今回の件に関してはあまりにも信じ難い情報ばかりが錯綜しておる。だからこそ貴様ら以外には荷が重いというのが総意だ」
「いきなり気が重くなる話だなおい」
何とも不安を煽る前置きから始まったギルドマスターの話は、どこぞのネット小説ならまだしもこの異世界においては正気を疑うものであった。
実はこの日、東方から南方にかけての都市や町に拠点を置く冒険者ギルドでは、登録している冒険者達に対して緊急事態による待機命令が出ていた。原因は王国南東のある地域における魔物の異常出現。いつかも軽く説明したが、日本で言うところの龍脈や龍穴のようなものにより、魔物が出現する地域や出現する魔物の強さや数はある程度決まっている。そしてある程度とは言っても、Dランク以下の魔物しか出現しないはずの地域にBランクの魔物が出現する、というくらい大きく外れることはない。
今まで起きたことがない、という意味ではない。この異世界の原理やら法則やら何やらにおいて絶対に起こりえない、という意味である。
だがしかし、起こりえない事態は現実に起きてしまった。Fランクの魔物しか出現しない地域にAランクの魔物が複数体出現するという形で。
初動が遅れればその地域の住民が皆殺しにされてもおかしくない非常事態。しかし異常だからこそ、見殺しにすることになるとしても迂闊に戦力を動かすことはできなかった。当然である。極論を言えば、今にでも都市の中心にSランクの魔物が出現するかもしれないほどの異常。そんな状況でそもそも間に合うかも怪しい援軍を片田舎に向かわせる決断など、そうそうできるものではない。まして組織であれば独断かつ即決など以ての外である。
この時点で異常にも程がある事態ではある。だが勘違いしてはならない。ここまではまだ《ラピッドステップ》一行も待機命令を下された当事者として知っている話であり、また憶測ではあるが魔王出現の影響ではないかという話もあり、正気を疑わなければならないような段階ではない。
狂気はここから始まる。
緊急時通信用の魔道具により非常事態が伝えられてから一時間後。一部の騎士達が出撃命令がなくとも現場に向かおうかと葛藤していたことなど知ったことではないと言わんばかりに、妙に明るい調子の恨み言を交えた事後報告がまず王都に届いた。続く東方と南方の都市の番では自慢するような発言も増え、以降はもう何を伝えたいのか分からなくなっていた。
東方と南方の都市の協力の下、王都でどうにか情報をまとめられはした。あまりにも信じ難いものばかりであり、情報をまとめた当人達でさえ何かの間違いに違いないと思うほどであったが。
曰く、王都に非常事態を伝えてから五分と経たないうちに現れた一人の少年により、出現したAランクの魔物達は討伐されたとのこと。
曰く、少年の攻撃は振るう拳も放つ魔法も、Aランクの魔物を一撃で軽く葬ってしまうほど強力なものであったとのこと。
曰く、ヒーロと名乗ったその少年が冒険者になることを希望したので、近くの町の冒険者ギルドでSSSランク冒険者として新規登録したとのこと。
曰く、連れの可愛らしい獣人奴隷美少女により少年が王都から理不尽に追放された勇者様であると明かされたとのこと。
細かいものまで含めれば切りがないので割愛するが、一つでも情報元である町の住民の正気を疑うには充分な内容がこうも並べられたものだから、王侯貴族も神職も騎士も冒険者ギルドも、あらゆる組織が例外なく混乱の渦に飲み込まれた。
とにかく情報が足りない。混乱を悪化させるだけの理解不能な情報ではない、この異常の原因を探るための正常な情報がない。それが全ての組織の立場ある者達の総意であった。
そして全ての組織の垣根を超えて、この異常な事態を調査できる少数精鋭が求められた。そこで白羽の矢が立ったのが《ラピッドステップ》である。【看破】の神眼持ちをリーダーとするSランク冒険者パーティー。まるで狙いすましたかのようにうってつけの存在である。
東方支部のギルドマスター以外は知らないことだが、何らかの形で神様が関与している案件に慣れているという点が特に。
そう、奇跡の神ゴツゴウシュギーによる干渉は、勇者召喚の儀式を行わせるために下した神託だけではない。運命の神プロツトが描く筋書において魔王を討ち英雄となる者ユーシャ。そんな未来の救世主から英雄の座を横取りするための刺客を用意していた。
その刺客こそが被追放勇者典触主人公。この異世界に存在するあらゆる固有能力を凌駕する効果を持つ、紛れもないチート能力を与えられた少年。無能と思われていたのは、ゴツゴウシュギーが神の御業でチート能力を秘匿していたからに他ならない。
例の平民騎士の師団長からの情報と合わせて、ベンジャミンはおおよその経緯を察していた。と言うより魔石のない魔物もどきな化物と何度も遭遇させられたりしてきた立場からすれば、魔法などが存在するこの異世界においても異常な事態が起きたら、基本的に魔王とかよりまず神様の仕業を疑う嫌な慣れがあるだけである。
だからこそ、ベンジャミンは一つ致命的な勘違いをしていた。
本文の“曰く、~~”の部分ですが、具体的にどこが一つでも正気を疑う内容なのかは
然るべき吐き気をもよおすタイミングで説明しようと思い省きました。
一応これまでに明かされている情報でも分かる部分を説明すると、
“数日前に召喚された勇者だと知らないうちから実力しか示していない謎の人物相手に
有資格者しか登録できない冒険者登録をしている”ところなんかは今まで明言した
ことはありませんが、普通に犯罪です。
それを嬉々として報告する上に疑問も抱かない。正気の沙汰ではありませんね。




