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召喚勇者達の待遇

 この異世界において、魔法は万能ではない。より正確に表現するなら、この異世界に現存する魔法だけでは万能には程遠い。この異世界の魔法は大きく分けて攻撃魔法・支援魔法・治癒魔法の三系統しか存在しない。その三系統に属さない魔法はこの異世界には存在しないのだから、万能など夢のまた夢でしかない。

 例えば様々な物語で移動や収納に使われている空間魔法。この異世界にはそれに類する魔法さえ存在しない。特大魔鉈を収容しているアナのマジックパックなどは似たような効果ではあるが、それらは敵を圧殺する攻撃魔法の一種を基に歴史に名を残す魔道具作製の鬼才の狂的な発想により作られているため、厳密には空間魔法とは言えない。あとはピーターが空間跳躍した時のような、魔法ではなく固有能力によるものくらいか。


 さて、現存する魔法、という表現に何人が違和感を覚えただろうか。

 ベンジャミンの切り札である存在接続魔法。支援魔法でも他の二系統の魔法でもない、ベンジャミンが独自に創り上げた系統外の魔法。その存在こそが人の身で新たな魔法を創り出せる証明である。

 しかし、なら先に例に挙げた空間魔法のようなものを創り出せるのかと言えば、答えは否である。この異世界において魔法で起きる事象とは、この異世界で起こる現象の延長線上にしかない。それも固有能力は例外扱いで。なのでマジックパックと同じ要領で圧縮空間を作る魔法は創り出せても、発動状態を維持し続けなければ中身をばらまくはめになる欠陥魔法にしかならない。空間移動なんて以ての外である。


 魔法は大きく分けて三系統しか存在しないとしたが、三系統に属さないその他の魔法も存在するとした方が正確なのかもしれない。しかしその他に属するような魔法は多くても五年に一人程度しか扱えない、それが人の身の限界だと言わんばかりに癖の強いものばかりなので、学会などでは基本的に無いものとして扱われる。

 余談だが、存在接続魔法に関しては今後扱える可能性がある者さえ誕生しないかもしれないほどイカレている。




 とにかくそういうわけで、この異世界には召喚魔法やそれに類する魔法は存在しない。だからこそ『勇者召喚の儀』を行った王族や神官達は、まさか地球という世界からただ条件を満たしただけの一般人達を召喚したなどとは夢にも思っていない。神託を下した奇跡の神ゴツゴウシュギーが儀式を通じて『勇者』という地位だか役職だかの使徒を(つか)わしたのだと考えていた。


 使徒。ベンジャミンにしてみれば主に復讐の神ザ=マァ関連で危険な敵という認識が強いが、常人にしてみれば神に次いで神聖な、文字通り天上の存在である。そんな存在が複数も遣わされたのだから、国王だろうが枢機卿だろうが跪いて尽くすのは当然の反応である。

 宗教に関しては割と自由奔放な日本人には分かり辛い感覚かもしれないが、地球でも宗教が原因となった戦争など数知れず存在する。まして神が干渉することもあるこの異世界では、信仰心は地球のそれを遥かに上回る。ベンジャミンは本当に例外中の例外、特例にも程がある異端なのである。


 そんなわけで地球にいた頃では考えられないほどの、謙遜を美徳とする国民性が発揮されていれば辞退したくなるほどの、と言うより手厚すぎて裏があるのではと怪しくなるほどのもてなしを受けた召喚勇者達の反応はと言うと――全一二人のうち実に一〇人までもがその待遇を当然のものとしていた。

 その反応の裏にあるのは、現実とネット小説によくある展開との混同。かつての屑ニートもといテン・セイシャと同じ、自分を世界の中心たる主人公だと勘違いしている大変危険な状態である。


 しかも厄介なことに、国王達にしても使徒様が人の子に対して尊大なのは不自然なことではないと勘違いしている。実は強力なチート能力こそ与えられていても大半が戦闘経験など無いため、現状では戦場に出てもせいぜい勇者一人当たり騎士団の一個小隊程度の価値しかない。だが幸か不幸かそれを理解し言葉にできる者はその場にはいない。だから勇者と呼ばれ増長している若者達の勘違いも止まらない。

 唯一ネット小説を知らない五〇代男性の召喚勇者(ちく)農人(のうと)さんに常識的反応を期待したいところだが、残念ながらネット小説を知らないからこそ現状への戸惑いが強く、流されずに正常な判断ができるようになるには今しばらく時間が必要となりそうである。


 そんなろくでもない状況をその場の片隅で冷静に観察し、大雑把にではあるが現状の異常性を理解している者がいた。平民でありながら実力をもって師団長にまでなった叩き上げの騎士である彼は、しかしその場においては身分の低さもあって誰に具申することもできず、ただ頭を悩ませることしかできずにいた。


 気付いているだろうか。召喚された全一二人の勇者のうち一〇人が待遇を当然のものとし、一人が待遇以前に異常な現状に戸惑い――残る一人について、まだ言及されていないことに。

 その最後の一人は既にこの場にはいない。今どこにいるのかは本人しか知らない。いや異世界なのだから本人も自分が今どこにいるのかは分からないだろう。


 信じられないことに、最後の召喚勇者は追放された。勇者達の固有能力まで鑑定できる高位の鑑定系固有能力持ちから無能力者の烙印を押された上で。これがよくあるネット小説の一節であれば問題ないが、現状においてはむしろ問題しかないと言える。

 さすがに宗教に関しては割と自由奔放な日本人でも分かるだろう。魔王という脅威に対して神が遣わした使徒の一人を人の身で無能と蔑み追放する。今すぐ他の使徒達を回収されても文句は言えない、罰当たりなんて言葉では足りないほど冒涜的な愚行である。むしろまだ神罰で殺されていないことが不自然とまで言えるかもしれない。


 あるいは既に何かが起きているのかもしれない。そんな恐怖に思わず身震いしながら、師団長は己が師の悪友である頼れる相手、冒険者ギルド東方支部のギルドマスターに私的に連絡を取った。最後の召喚勇者、日本人の男子高校生である典触(テンプレ)主人公(ヒーロー)の捜索を依頼するために。




 もう手遅れだとも知らずに。

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