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治癒術師の過去

 簡素ながらも量だけは祝いの席に相応しいほど用意されていた料理の数々がなくなる頃には、もう馬車を走らせるような時間ではなくなっていた。と言うよりマザーは初めからそうなるよう計算していたらしく、とんとん拍子に一泊することが決まってしまった。

 規則の都合で部外者であるアナとフロウは孤児院には泊まれないとのことで、二人は慢性的な人手不足のため空き部屋だらけな修道院の方で一部屋ずつ借りることになった。


 慣れない環境だから、なんて理由で寝付けなくなるほど冒険者稼業は生易しくない。馬車移動の場合でも道中の様々な環境の村々で寝泊まりするものだし、そもそも資格試験の時点で野営の技術は必須項目の一つである。

 にも関わらずフロウが寝付けないのには、また別の理由がある。


「あら、眠れないのですか?」

「ぎゃあぁっ――!?」

 プライドの問題か時間帯を気にしてか、思わず漏れた悲鳴を何とか押し殺しながらフロウが窓の外から声のした方へ視線を向けると、いつの間に部屋に入ったのかマザーが立っていた。

 首を傾げて片頬に指先を当てた、今にも「あらあらうふふ」とか言い出しそうな姿勢で微笑んでいる。これが客人を泊めた部屋に音もなく侵入した人物の所作だと言われても誰が信じようか。


 オネエ系に対して偏見のある地球人男性であれば、尻を押さえながら逃げ出していただろう。だがフロウは驚き警戒しながらも、そういう意味での危機感は抱いていない。詳細は省くがこの異世界の生物全般がその手の欲求や快感が地球の生物に比べて格段に弱く、その手の事件が起きること自体がまずない。いつぞやの屑ニートの時のように、別の世界から有害な外来種を引き込みでもしない限りは。


「驚かさないで下さいよ。ただでさえ寝付けなかったのに、今ので目が覚めて余計に眠れる気がしませんよ」

 フロウのどこか恨めしそうな視線を受けてもマザーは柔和な微笑みを崩さず、本当に「あらあら」と口にしながら物理的にも一歩踏み込む。

「それではお詫びも兼ねて少しお話しをしませんか? 初めてお会いしたのですから、あなたのことをよく知りたいのです」


 相対していたのがフロウではなくベンジャミンであれば、その言葉の真意を見抜いてみせただろう。知りたいという言葉に嘘はないが、その裏には我が子を心配する親心と見知らぬ者への警戒心が隠されている。

 もちろんベンジャミンの人を見る目を疑っているわけではない。【看破】の神眼を持ち、そのせいで人間不信気味なベンジャミンが選んだ仲間なのだから、疑う余地などなさそうなものである。

 だが人の心は理屈だけでどうにかなるものではない。たとえ固有能力に劣ろうとも、自分で確かめなければ安心できない。特にベンジャミンのような危ういところのある子では。


 そんなマザーの本心には気付かず、話と言われたフロウはつい寝付けずにいた理由である思いを漏らしていた。

「……いいところですね、あの孤児院は。人種の区別はあっても差別はない。どころか誰も人種の違いなんて気にしてさえいないんですから」

 喜ばしいことだと思いながらも素直に喜べない、羨望を中心とした複雑な心境を表情に浮かべながら。


 王国内でも建前の上では人種差別はなく平等とされている。だがそれは決して容易なことではない。人種の違いと言っても地球のように肌の色やら何やらという程度ではない。ただの人間種からエルフのようなゴリラ体型の者は生まれないし、獣人は某夢の国の住人達のように獣要素が濃い容姿をしている。

 またこの異世界ではいわゆるハーフエルフのような存在は生まれない。他種族間では子供が生まれないということではなく、母親と同じ種族に生まれる生態なのである。まるで他種族とは種として決して交わらないと、遺伝子に深く刻み込まれているかのように。


 だから現実には人種差別など、ない土地を探す方が難しいほどにありふれている。むしろ建前でも平等としている王国は世界的に見ればかなりマシな部類である。

 そんな王国でも差別意識のせいで他種族の友達を()()()()()()()()()()()フロウにしてみれば、鼻で笑ってしまえるほど微々たる差にしか見えないのだが。


 何か難しいことが起きたわけではない。ただ差別意識など知らない無知ゆえに無垢な子供同士が友達になり、ある日片方が事故で大怪我をして、もう一方の覚えたての下級治癒魔法と固有能力なら救えたかもしれない中、()()()()()それを妨げて片方の子供の命がそのまま失われた。ただそれだけのことである。


 いくらマザーの人生経験が豊富だろうと、そこまで詳細な事情を読み取れるものではない。それこそベンジャミンのような神眼持ちでもない限りは不可能である。

「……そうですね。わたしくの自慢の孤児院であり、誇らしき我が子達ですので」

 それでも何かあったということくらいは察せるもので、マザーも安易に踏み込まないように言葉を選びながら答える。


「命がかかっていますから、冒険者同士なら人種より実力を重視する人は少なくないですけど、それでも他種族とは組みたくないっていう人は多いですし」

「……そのようですね。悲しいことですが」

 命がけなのに何を馬鹿なことを、と思う人もいるかもしれない。しかし命がけだからこそ信用できる相手を組みたいと思うのは当然のことだろう。一方がどれだけ歩み寄ろうとも、他方がそれを受け入れられなければ連携もおぼつかないし、力を合わせるべき窮地で相手に裏切られる前に裏切ろうとする地獄絵図が繰り広げられることにもなりかねない。


 だからフロウにとって《ラピッドステップ》のあり方は特別なものである。もちろん種族混成パーティーはSランクに限定しても他にもある。だがここまで気安いパーティーは他にない。

 種族が違えば生態にも違いが出るため、余所では他種族間で私生活まで共にすることはまずない。だが孤児院で慣れていたベンジャミンとサムエルの二人はもちろん、差別されてきた側である獣人のアナも、種族の違いを気にすることなく行動を共にしている。特にサムエルとアナは色々と危ない感じになっている。


 もし孤児院や《ラピッドステップ》ほどではなくても、そのほんの一欠片分だけでも、種族の違いを気にしない世界であったなら、何もさせてもらえずに友達を失うこともなかったのに。

 どうしてもそんな考えが頭から離れないフロウは、しかしそれだけで寝付けずにいるわけではない。

 その頃になってようやく気付いたのは、我が子を思うあまりマザーが少し冷静さを欠いていたからだろうか。何にしてもマザーは窓の外に、部屋に侵入した時にフロウが見ていた先にある光景に気付いた。


「ベブェエェェェ……」

「死にそうなところ悪いけど、もう一回いけるか……?」

「……ベブッ」

「おし。Linkage(リンケージ)Stage(ステージ) (フォー)


 紛れもなく東方支部最強の冒険者であり、王国内最強の冒険者との呼び声も高く、王国最強の騎士とどちらが強いか議論が絶えない。そんな世界最強候補の一角が、ベンジャミンとピーターのコンビである。実のところマザー相手でも、本気の殺し合いであれば一つで一羽の最強が辛うじて上回る。手加減ありきの手合わせであればマザーの必勝だが。

 とにかく、そんな最強格の存在である一人と一匹が無理をしてでも更なる強さを求めて抗うのは、世界中の誰よりも理解しているからである。


 理不尽なんてありふれていて、不条理なんて前提条件で、たとえば今の実力では決して勝てない強敵に遭遇したとすれば、修業期間なんて与えられずにそのまま殺されることを。いつか勝つなんて競技の中の話で、実戦はいつでも今この時に勝たなければならないことを。


 子供に気付けと言うのも無理な話だが、結局のところは子供の頃のフロウが気付いていなかっただけのことである。他種族の友達自身も、その友達との友情も、守りたかったのなら誰にも踏みにじらせまいと抗わなければならなかったのだと。

 現に目の前にいるのだから。今なお抗い続けている者が。


「……でも変な話ですよね。ここで一番違いを気にせず仲良くしているのが、人種どころか人と魔物っていう大きな枠で違う一人と一匹なんて」

 そう言いながらフロウが浮かべる表情を見たマザーからは、最初の警戒心など綺麗さっぱり消え去っていた。

「そんなあの子達がケンカした時の話、お聞かせしましょうか?」

「ぜひお願いします」

次回からいよいよ完結編宣言している第三章の幕開けです。

《ラピッドステップ》最期の時。果たして生き残れるのは誰か――

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