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支援魔導師の家族

 美形でありながらゴリラのような体格のエルフ。なるほど確かに地球人の価値観で言えば色物扱いは必至。キャラが濃いと言われるかもしれない。

 しかしこの異世界においてはこのゴリラ体型のエルフが当たり前なのだから、それだけでキャラが濃すぎると言われることはないだろう。まさか普段から腕を組んだ仁王立ちという奇抜な姿で空を舞っているわけでもあるまいし。

 つまりマザー=バニーがキャラが濃すぎると言われる理由は他にある。


「……あ、ボクはフロウ・ビアトリクスです。えっと……」

「マザー=バニーとお呼び下さい」

「おいコラ何がマザーだバウンサー神父」


 そう、マザー=バニーことバウンサー神父は、女性用の修道服に身を包んではいるが、れっきとした男性なのである。

 いわゆるオネエ系と言うやつだが、この異世界では王国全土で合わせて一〇人いるかどうかという、地球以上に極めて少数派な存在となっている。そのため行商人でも生涯ただの一度も遭遇したことがない者は珍しくない。そして数が少なすぎるからこそ、逆にオネエ系という枠組みで先入観を持たれずに済んでいる。


 この異世界においては当たり前なゴリラ体型のエルフであり、この異世界においては珍しいオネエ系であり、この異世界においては多数派なナロ=ウ神教の修道士であり、この異世界においては少数派な名も無き神を祀る者であり、とにかくこの異世界においては何かこれという言葉で表すことのできない人物なのである。


 しいて言うなら超人だろうか。ナロ=ウ神教は唯一神を信仰する宗教ではなく、むしろ八百万(やおよろず)の神を信仰する方が近いと言える。そのため祀る神次第では参拝に来る信者がいないこともある。

 そして名も無き神などその最たるものであり、この地の修道院は慢性的な人手不足に悩まされている。にも関わらず修道院だけでなく孤児院までほぼ一人で運営し続けているマザーを、たかがキャラの濃さで嫌えたり馬鹿にできたりする者はまずいない。


 だからと言って女口調で渋いバリトンボイスを響かせる女性服を着用したゴリラ体型の屈強な男性というのは、特に鍛えがいがある意志と将来性の持ち主だからと死なない程度に臨死体験をさせられ続けてきたベンジャミンのような立場の者にとっては苦手意識どころかトラウマになってもおかしくない、恐怖の象徴のようなものである。

 実のところベンジャミンも【看破】の神眼で極力危険な場所を避けながら歩み続けていた時期より、孤児院でマザーに鍛えられていた時期の方がよほど死にかけていた。


「あら、余計なことを言うのはこの口ですか?」

「…………」

「あの、マザー=バニー。何をしたのかは見えませんでしたが、リーダーなら今、貴方が振り下ろした拳の下で声も出せないくらい悶絶しているところです」


 今のように。




「……今まで何度か言ってきたけど、普通は下手したら死ぬからな? と言うか俺でも下手したら死ぬからな? 誕生日を祝おうと呼び出しておいて殺す気か?」

「あなたを鍛えたのはこのわたくしですよ? 殺さない匙加減など充分に心得ておりますとも」


 聖職者の発言ではないが事実である。いわゆる『激流に身を任せ同化する』固有能力である【流体術】という名の固有能力を極めたマザーは、その効果を変性させることで風魔法の気流と同化し空を舞うことも、浸透(けい)より凶悪なダメージを任意の箇所に流し込む攻撃を放つことも、呼吸するように自然とこなす技量を身につけている。

 それこそ今までの誰よりも厳しく鍛えてきたベンジャミン相手なら、生命力が尽きる寸前のダメージを与える程度のことなど眠りながらでもできてしまう。風魔法の使い手だから回復させられないにも関わらず、一切の遠慮(えんりょ)躊躇(ちゅうちょ)も手加減もなく。


「なんかこう、瀕死のリーダーに懐かしさを感じさえするなぁ……」

「治癒術師としては目の前で気軽に瀕死の重傷者を出さないで欲しいんですけどね……」

 《ラピッドステップ》の雰囲気には慣れたフロウも、さすがに初対面のマザーの濃すぎるキャラについて行くにはまだ足りないらしい。ついて行けるようになることが成長に繋がるとは思えないが。

 少なくともパーティーのリーダーが瀕死にされたことに懐かしさを覚えるのはまともではないだろう。


 そんなサムエルとフロウに遅れてついてくるアナの足取りは重い。無理もないだろう。以前サムエルの付き添いでこの孤児院に来たことはあるが、その時はマザーが戦う姿など見てはいない。突風と同化することで術師でありながら魔力燃焼時の戦士職に匹敵する拳打を繰り出してみせたその戦闘能力は、ベンジャミンの身体だけでなくアナの自信にもダメージを与えていた。


 そういう他人の機微(きび)に敏感なところこそが、このキャラの濃さでも善人として慕われる所以(ゆえん)なのだろう。

「気に病むことは悪い事ではありません。その想いを強き意志へと変えることが大切なのです。大丈夫、あなたは我が子が二人も認めた女性なのですから」

 言いながら浮かべた聖母のような慈愛に満ちた微笑みは、なるほどマザーと呼ばれるに相応しいものかもしれない。


 そんなこんなでようやく孤児院に入ろうかという時、ふとベンジャミンが呟いた。

「そう言えば俺が知っている、と言うか俺を知っている奴って今どれくらいいるんだ?」

 ベンジャミンが最後に孤児院に来たのは今から約二年前。冒険者パーティーを組むためにサムエルを訪ねた時である。そしてその前は成人を迎えて孤児院を出た時、もう五年も前のことである。

 何とか思い出した当時の記憶からすれば、まだ孤児院にいるのはもう片手で数えられる程度しかいないはず。なのに祝いの席を用意しても、大半は顔どころか下手すれば存在さえ知らない相手ということになる。何か残念なことになる予感がするのも無理はない。


「そうですね。確かにあなたのことを知っている子は少ないでしょう。多額の寄付金をくれる匿名の誰かさんを知っている子なら大勢いますが」

「……なるほどお前かエリー」

 【看破】の神眼を使うまでもない答えに数秒で辿り着き、即座に犯人にアイアンクロ―の刑を執行する。

「痛い痛い痛い! やめて顔を鷲掴みにしないで!」

 そのままサムエルを引きずるように孤児院の広間に入ると――


『おめでとうございます!!』


 ――二〇人以上はいるだろうか。幼い子供から成人に近い者まで全員が揃ってその言葉を口にした。

 部屋の飾りつけも並べられた料理も、お世辞にも豪華とは言えないものでしかない。しかしそんなことなど気にならないほど、ベンジャミンの顔を知らない子供達まで心から祝いの言葉を口にしていた事実が、どんなもてなしよりもベンジャミンの心には響いていた。


 兄弟のよう、なんて思うには知らない顔が多すぎる。だがそれでも義父(おや)を同じくするのなら、それは『家族』と呼ぶべきものなのだろう。

 生きるために実の家族の下から逃げ出したベンジャミンは、そんな何とも言えない複雑な感情を抱きながらも無意識に小さく笑みを浮かべていた。


 でも次の帰省は最低でも年単位で先でいいと、内心では色々と台無しなことを思いながら。

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