支援魔導師の帰省
明けましておめでとうございます。
三ヶ日に投稿できなかったので遅い気はしますが、今年も本作共々よろしくお願いします。
(第三章で完結予定である)
「わぁ~。相変わらずオンボロだなぁ~」
修道院の前に止まった馬車からいち早く降りたサムエルは勢いそのままに修道院の裏手に回り、いつ来ても変わらない孤児院の有り様に思わずと言った様子で声を上げた。
「いや、リーダーのとエリーの寄付で金はあるんじゃねえのか。何でこんなボロっちいままなんだよ?」
「マザーの性格、かな。必要な補修はしてあるけど、改築や増築みたいな見た目にお金を使うくらいなら、もっと院の子供達のためになることに使うべきだ、って」
「そんなもんかね?」
どこか浮かれているサムエルは、追いかけるように後に続いたアナの遠慮ない発言にも軽い調子で答えてみせる。
傍目には分かり辛いが、善意の寄付金で贅沢をするのは道理に合わないというマザーの方針により、衣食住は農村の一般的な家庭より少し劣るレベルに抑え、その代わりに院を出た後に自分の力でより良い生活を手に入れるための教育に力を入れている。
ベンジャミンとサムエルが冒険者資格試験に受かったのもこの教育によるところが大きい。孤児達に各種教育を施せるマザーの知識量は並大抵のものではない。それもベンジャミンのようにマザーを苦手としながらも尊敬の念を抱いている者がいる理由の一つである。
そのベンジャミンはと言うと。
「Linkage:Stage Ⅲ」
「……いやいやいや、何と戦うつもりなんですか?」
当たり前のように存在接続魔法という切り札をもって臨戦態勢に入っていた。
とは言えいつものようにピーターの身体に意識を移してはいない。戦闘能力という点では現状あれが最強ではあるが、戦場にベンジャミン自身の身体を放置するという致命的な欠点がある。普段は頼れる仲間達も今は味方とは言えないので、いつもとは逆にピーターの野性的な戦闘センスと【跳越者】のフットワークを借り受けているのである。平和な帰省イベントで別パターンの戦闘スタイルを披露する主人公とはいったい。
しかしベンジャミンの対応はある意味では正解であった。環虹状に変色した眼が視界に映したその姿に反射的に視線を移せば、その先には一般的なものより上等な修道服に身を包み、腕を組んで仁王立ちする人影があった。
それだけなら何もおかしなことはないだろう。いや修道服姿で仁王立ちというミスマッチな光景は実際に目にするとおかしなものかもしれないが、さほど驚くようなものではないだろう。
だがこの人影は、宙に浮いている。
魔法や固有能力が存在するこの異世界においても、空中浮遊など容易にできるものではない。確かにそういう効果を持つ固有能力もあるが、使いこなせなければ姿勢を保ちつつ空中で静止することなどできはしない。それこそ固有能力の効果を変性させるために破るべき壁、その手前まで至る程度には極めていなければ話にならないほどに。
固有能力でさえそれほど難易度の高い所業を、風属性の元素魔法の緻密な制御のみで実現させているのだから恐ろしい。修道服も軽くはためく程度に収める技量がありながら、本職が戦闘職ではなく聖職者などと誰が信じられようか。
「……はい?」
ベンジャミンにつられて向けた視線の先にある非常識な光景に思わず零れたフロウの呟きを皮切りに、周囲の思考も理解も置き去りにして状況は動き出す。
人影は何故か姿勢をそのままに、鳥より自在に空を飛んで美しく滑らかな曲線的軌道を描きながら向かってくる。シュールと思うべきかホラーと思うべきか判断に困る光景である。
対するベンジャミンは地を跳ねて速く鋭い直線的軌道を描く。ピーターと違い神速跳躍に耐えられないため、空中戦では機動力の差で押し切られると判断したのである。
だがその判断さえまだ足りない。本家本元のピーターには劣るとしても、固有能力である【跳越者】の跳躍力による高速移動は並大抵の速さではない。にも関わらず直線での最高速度で勝るとも劣らぬ飛行速度で追われている。これでは速度の差で押し切られてしまう。
だからこそベンジャミンは背を向けて一直線に離れることにした。傍目には逃走以外の何物でもないが、本人にそんなつもりは欠片もありはしない。
速度差はそう大きくない。追うためには相手もほぼ直線で飛行する必要がある。つまり機動力のある相手の挙動を制限できる。
視覚情報だけでなく野性の勘まで駆使した完璧なタイミングでの一転攻勢。壁を蹴るように宙で跳ねて天地を反転させながら相手に向かうことで急速に間合いを詰め、この瞬間だけ機動力も速度も上の相手から先手を取る。
そこから繰り出されるのはベンジャミン主体のステージⅢにおいては最強最速の一撃。
【跳越者】の効果により天を蹴り地へ跳び、さらにサマーソルトキックの要領で振るう脚も【跳越者】の効果で跳ね上げるように加速させる。【跳越者】の効果による二段加速に重力を乗せて、当然のように靴も付与魔法で硬化させている。
Bランクの標準的な魔物程度であれば一撃で仕留められるだけの殺傷能力がある、間違っても人間相手に振るっていいものではない攻撃。
だがそれも当たればの話。辛うじて取った先手で繰り出した最速の一撃は、相手の修道服を掠めることもなく空を切る。
回避であれば僅かに間に合わなかった。だからこそ相手は飛行に使用していた風を迷いなく全て最速の迎撃に回し、ベンジャミンの体幹を傾けるように体勢を崩させた。緻密な動作ほど危ういバランスの上に成り立つ繊細なものである。妨害されては当てることも難しい。
相手も飛行用の風を失い墜落したが、ベンジャミンも空中で体勢を崩されたせいで立て直すために隙が生じる。お互いに立て直す必要があるなら、普通は墜落した相手より体勢を崩されたベンジャミンの方が先に立て直せそうなものである。
しかし相手はここでも流れるような美しく滑らかな動きを見せ、ベンジャミンより早く体勢を立て直した勢いそのままに反撃の手を振るう。
ペンペン、なんて生易しい擬音では表現できないような轟音が孤児達の耳にも届いたという。
「及第点はあげましょう。でもそれは満点には程遠いということ。それがどういうことなのかは理解していますね?」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
いくらベンジャミンが術師とはいえ、鍛えた身体と硬化させた衣類の防御を文字通り叩き潰せる物理攻撃など、同じく術師である者が放てるものではない。理由はいくつかあるが、結局のところはこの人物、マザーが規格外というだけの話だろう。
「あら、あなたは初めてお会いする方でしょうか?」
「うぇあっ!? あ、はい。そうですね……」
つい先日ギルドマスターに敗れた時でさえ戦士と術師でありながら善戦していたはずのベンジャミンが切り札である存在接続魔法、それもステージⅢを使用してなお勝てない相手となれば、緊張や恐怖は当然の反応と言えるだろう。
だがマザーのキャラの濃さはその程度では済まない。
「ではご挨拶を。初めまして我が子のお仲間様。わたくしのことはマザー=バニーとお呼び下さい」
貴族顔負けの美しい所作。人並み外れて整っている容姿と合わせて、男女問わず見蕩れてしまいそうな、一種の芸術品にも似た美がそこにある。美しい所作からは内なる優しさや温かさ、それだけでなく芯の強さが滲み出ているかのようでもある。一部の勘違い貴族よりよほど高貴な人物と言えるかもしれない。
人並み外れた美しい顔の横にある特徴的な長さの耳。
術師として優れた魔法制御技術のセンス。
そして何より森の奥深くでの生活や膨大かつ上質な魔力に耐え抜くために進化したゴリラのような屈強な身体。
そう、エルフである。
お前のようなエルフがいてたまるか。
そう思われた方がいるなら逆にお尋ねしましょう。何がおかしいのかと。
容姿は美しく耳長で魔法に長けており基本は森の奥深くに住んでいる。
どう見てもファンタジージャンルでよく見かけるエルフの設定ではないですか。
ちょっと筋肉がゴリラなだけで。




