元素魔術師の過去
移動は当然のように馬車。と言ってもこの馬車を牽引しているのは馬ではない。戦闘能力が低く温厚な性格で移動速度と持久力に優れているという、まさに馬車を牽引させるのに都合の良すぎる魔物である。長距離移動に特化した能力のため並大抵の者には捕獲できず、その希少性からこの魔物が牽引する馬車は値段も相応の額になる。
もちろん値段に見合った働きはしてくれる。以前ヒュドラもどきの化物を討伐しに行った時も、東方都市から北西に、王国全体からすれば北北東の辺りにある村まで二日で移動してみせた。その途中にある北東部の孤児院までならそれより早く到着できる。
「楽しみだなぁ~久しぶりに院の皆に会うの」
幼さの残る声でそう呟くサムエルの表情は底抜けに明るく、言葉にするまでもなく今回の帰省を楽しみにしていることが分かる。対面で今からでも引き返したそうにしているベンジャミンとは真逆である。むしろ何がここまでの差を生んでいるのか。それはサムエルの過去に由来している。
天才元素魔術師サムエル・マライア。その過去について語る前に、この異世界における冒険者というものについて説明しておかなければならない。
そもそもこの異世界に冒険者という職業はない。俗に冒険者と呼ばれる有資格者達がいるというのが正確である。そしてここで言う資格とは日本で言うところの公的資格に相当する。そして国家資格ではないが、その登録証は広く公的身分証明書として扱うことができる。
ちなみに冒険者という俗称の由来は、有資格者達がその資格で危険な魔物の生息地として国が封鎖している区域へ立ち入り、魔物の討伐や薬草などの採取を行うためである。
それだけに冒険者登録は誰にでもできるわけではない。身を守るための最低限の戦闘能力や知識、そして何より武装が許されているからこそ安易にそれを振るわない人間性が求められる。普段のベンジャミンの様子からは想像できないかもしれないが、実はあれでも処罰の対象となるような行為はきちんと避けている。
そして資格試験は受けるだけでも両親あるいは公的、社会的に信用のある身分の者の許可証が必要となる。生まれ故郷から逃げ出したベンジャミンの場合は件のマザーが該当する。
考えるまでもなく当たり前の話である。仮にネット小説でよく見るような受付で用紙に自称する名前を書くだけで冒険者登録が完了してしまうようなシステムが実在したとしよう。そんな能力の保証のない未知の相手に何を依頼しろと言うのか。
極端な話、例えば日本で害虫駆除を業者に依頼したとしよう。すると翌日ジャージ姿の学生が市販の殺虫剤を両手に現れたとしよう。普通はこの時点で業者に即クレームを入れるだろう。極端な話ではあるが、誰にでもなれる職業ということは、そういう事態まで起こりうるということでもある。
話を戻そう。名称まで俗に冒険者資格と呼ばれるこの資格の試験、実は受けるだけなら年齢制限は存在しない。なので騎士志望の者が腕試しに受けることもある。だが冒険者ギルドに登録するとなると話は別で、原則的にはこの異世界における成人、つまり一五歳以上でなければ登録できない。
原則的にとあるように、何事にも例外は存在する。当時一〇歳という若さ、どころか幼さでありながら特例による冒険者登録を成したサムエルのように。
さてこの特例だが、実力は不可欠として、それだけで認められるほど単純なものではない。そもそも実力がありさえすればいいのであれば、初めから冒険者登録に年齢制限を設ける必要がない。この特例として認められる条件こそが、サムエル・マライアの過去に大きく関わる部分である。
かつてサムエルは未知かつ不治の病に侵されていた。誰にも知られることなく歴史上類を見ない恐ろしい被害を出し続けてきた最強最悪の症状に、命を奪われる寸前まで追い詰められていた。
そんな我が子を孤児院の、というより修道院の裏に捨てた親がいる。だが誰がそれを非道と責められようか。日に日に上がり続ける体温。高い診察料を払い有名な医者に診せても原因不明な症状。ついに体温は肌に触れれば反射的に手を引きそうになるほど高すぎる温度まで上がり、人とは思えない体温になってから半月が過ぎても衰弱し続けてはいるがまだ死んではいない異常。我が子は魔に憑かれたのか、はたまた魔の子なのか。心が折れる親がいたとしても、責めるのは酷ではないだろうか。
結果論とは言え、その行為がサムエルを生かしたのだから。
その病に正式な病名はない。医者さえ原因を知らない病なのだから当然と言えばそうだろう。なので適当に仮称を付けるなら、魔力暴走症とでも呼ぶのだろうか。その仮称の通り、身体に比べて魔力の量と質の成長が著しく上回っており、かつその魔力の扱い方を知らない子供に現れる症状である。
火属性の元素魔法に適性のあるサムエルの場合は、魔法として体外に排出されることのない魔力が全身に焼けるような熱量を与えた。これが例えば魔力の質が筋力強化に適性のある戦士職であれば、暴走する力に耐えかねて身体が壊れていただろう。
実のところ、この症状の劣化版のようなものであればその存在も原因も知られているし、対処法も確立されている。要は上質な魔力が身体に有り余っているのが問題なので、適度に発散させてしまえば済む話なのである。
そんな発散の場の一つが、特例での冒険者登録である。戦闘方面の才能があるからこその症状なので、ただの子供であれば調子に乗って失敗し死にかねないからと年齢制限で登録を禁じているところを特例として認め、幼いうちから経験を積ませようということである。なお特例での登録では最低一年間はソロでの活動を禁じている。
と、ある程度の才能であれば天才として世に名を残すこともできるのだが、度が過ぎればそうもいかない。ベンジャミンの場合は付与魔法の燃費の悪さを逆手に取って魔力を発散させていたが、サムエルの場合は元素魔法で発散しようとすれば、最下級魔法でも大事になるほどの規模を行使しなければならない。それこそ毎日家を焼くようなことになりかねないほどに。
誰にも知られることなく歴史上類を見ない恐ろしい被害を出し続けてきた最強最悪の症状。天才を天災に変える症状。強大な才能を持つ天才がそうと知られることなく死に至るか、暴走する力で周囲に厄災をもたらし悪魔憑きのようなものとして討たれるか。どちらにしても救いのない話である。
だがお忘れだろうか。サムエルの固有能力は魔力を蓄える【魔力貯蔵】であり、それをどう使えば助かるかを【看破】できる神眼を持つベンジャミンが孤児院にいたことを。
そこから先を詳しく説明する必要はないだろう。有り余る魔力を体外ではなく貯蔵庫内に発散することを覚えたサムエルの容体は順調に回復したが、幼さと熱にうなされていたことで元の家族についてほとんど覚えていなかったため、そのまま孤児院で暮らすことになった。
孤児院での生活こそが世界の全てであったサムエルにしてみれば、いくら一般常識で言えばマザーのキャラが濃すぎるものであろうが、ただ当たり前のものでしかない。だからベンジャミンのように変に苦手意識もない。
理由なんて、その程度のものである。
時間がかかってしまいましたが、何とか年内に投稿できました。
良いお年を。(残り一〇時間未満)




